解放。または永遠
本編完結です。……です。
「大丈夫か?」
ドアを閉めた途端に身体に巻きつく腕。言わずと知れたしぃちゃんだ。
「ん。ありがと、しぃちゃん。無理聞いてくれて」
一人でなんて会わせられないと言うりっちゃん達を説得してくれたのはしぃちゃんだ。ほんとは自分も止めたいだろうに、私が納得するようにと送り出してくれた。カッコいい、惚れ直した。
「なに言っても無駄だからな」
「だけど、あの人には無駄じゃなかったよ」
誰も教えてはくれないだろう、唯一知りたい彼女の真実。彼はこれから先ずっと、それを抱えて生きていく。……なーんてね。てか、私に彼のその後を知る術はないしむしろどうでもいい。好きにしたらいい。
ぶっちゃけ、女王の母がなにをしてもそれさえ知ったことじゃないんだけど、一応関係者だからさ。
あの娘にしてこの母あり。彼女は壊れた女王を心配するより、夫の関心が自分に向けられないーー北川父曰く関心を向けた覚えはないそう。……深く追求しちゃダメなやつだね、これーーことに焦ったそうだ。
で、なにをしたか。
自分が妊娠すれば、また子供を産めば、夫の心は自分に向くに違いない。彼女はどこの誰ともわからない男との子供を妊娠したのだ。うん、マジドン引き。
矯正とかいうレベルじゃなかったよこの人! そうだよね、女王の母という時点で、倉吉氏の想い人が凡人なわけないんだよ。かなりイッちゃった人だった、マジで。
しかも怖いことに、彼女は堂々と北川父の子供だと報告したとか。なにそれ怖い。強力な電波が飛んでる模様。電磁波にやられたとしか思えん。
倉吉家と北川父との話し合いで、北川真理亜は北川父と離婚して倉吉家に引き取られた。2度とやらかさないように厳重に隔離されることになった。もちろん子供は産まれたら引き離す。かわいそう? 彼女に育てられるよりは幸せになれるよ。そう倉吉奥さんが約束してくれたもの。
北川父は最初は断った。自分にも責任があると。いや、ないっしょ? 確かに放置気味っぽかったけど、あの中身は北川父と出逢う前から形成されたものだろうし。その責任までとったら、自分が壊れるだろう。
倉吉奥さんは鬼畜じゃなかった。ちゃんと、北川父を説得して北川真理亜をつれていった。騒いで暴れて大変だったそうだが、自業自得と倉吉奥さんの一言にみんなが納得したらしいからこれでよかったのだろう。
北川父はこれでやっと自由になれたよ、と笑った。晴れやかさはない、苦々しい笑みだった。女王はなにも知らないまま、北川家の全ては終った。
「納得はしてないみたいだが」
顔をのぞきこまれて、図星を指された。
「納得もなにもさぁ、結局私なにもしてないというか、踊らされただけというか、さ?」
結局巻き込まれて収拾つけただけじゃん? 主にしぃちゃんが。みんなにも助けてもらったし。
外は秋晴れが広がっていた。拘置所の白っぽい壁に雲の影がかかる。青空が薄くなって夏が遠ざかったんだなぁ、とぼんやり思う。ほんとに全てが終ったのか、実感もない。
「……ねぇ、しぃちゃんはなんで私を選んだの?」
初めて逢ったあの頃、私は今より行動範囲が狭くて面倒な子供だったはずだ。私がしぃちゃんを好きになったのはまぁ、当然の成り行きだとしても、しぃちゃんは私でなくもっと相応しい子がいたんじゃないのか。
もちろん愛されてる自覚はある。それは疑いようもないし疑うつもりもない。でも、はじまりがわからない。
「……今? 今か、今さらじゃねえの? つか、今まで疑問に思わなかったのか」
「いや、思ってはいたんだけど。なかなか聞けるもんじゃないじゃん、ねぇ?」
ガックリしてるーー場所が場所ならorzしてるだろうなぁーーしぃちゃんに、視線を逸らす私。落としていた肩を戻して髪をかきあげたしぃちゃんは、ため息をついて、こっちを見た。
「最初は読書してる時の顔、表情か。笑ったり怒ったり泣きそうになってたり、くるくる回るそれに、なんだ無表情なんかじゃないじゃん。むしろ生き生きしてたあれはかわいかった」
「へ?」
顔? え、そんなに動いてた?
「俺が読んでた本だったことも大きかったな。どこであの反応なのかがわかって楽しかった」
「う、えぇえ?」
「それからよく見てた。人の噂があてにならないのがよくわかったよ。人が言うほど無口じゃないし無表情でもない。話しかけられれば普通に会話する」
「人をなんだと。つか、噂?」
「強さも弱さも、なにも変わらない。なぜ自分達から外そうとするのかわからなかった。外された方の気持ちを誰も考えない」
それは、確かに。だからイジメは簡単に起こって終わらない。負の連鎖のようだ。ちょっと気に入らないから、という「ちょっと」で誰にでも起こり得るのだから。いつか自分にも降りかかるかもしれないとは、考えもしないで。
「みんな同じじゃないといけない、そこから外れれば仲間じゃない。人それぞれ違う個性の持ち主だろう? それを自分の考えに従えとばかりに群れる奴らと仲良くできるとは思えなかったよ」
どれだけ自分に自信があるんだか知らないが、イジメっ子のリーダーは大抵嫌われていたりする。影で文句を言われているのに気づかない、幸せなおつむなのだ。
「好きだな、と思った。隣にいたい、いてほしい。全部丸っとの真桜がいい。それじゃダメか?」
「……ダメじゃない」
むしろそれがいい。理由をいくつも並べられるよりも、シンプルな答えはストンと心に落ちる。
気にしないふりをしてたけど、私だってイジメに傷ついていた。転校して、またそうなったらどうしようと悩んだりもした。だって、急には自分を変えるなんてできない。私にも悪いところがあったのだろう、それはわかる。でも、だからと言って私だけが悪かったの? 狭く深くはいけないの? なんでも話せる友達をつくらずに広く浅くつきあえばいいの? なんでなにもかもみんなと同じじゃなきゃいけないの? なぜ?
「まぁ、天然というかボケというか、そういうところも含めてだけど」
「最後に落とした!」
「愛だ愛」
「なんと!!」
頭の中がこんがらがってる時に出逢ったのがしぃちゃんだった。ごちゃごちゃの感情をめちゃくちゃに説明した私が落ち着くまで、見捨てたりしないでつき合ってくれた。惚れないわけなかろう? 気づいたのはずっと後だけどな!
「誠意とか誠意とか誠意とか!?」
「見せてやろうか? 今すぐ」
「イイエ結構です!?」
外でなにを致そうとしてるのかね!? だから鬼畜とか外道とか言われるんだよ!! 主にりっちゃんと不憫くんに!
「ほら、行くぞ」
ふ、と笑って差し出すその手がとても温かいのを知ってる。からかうのに優しい瞳をしてるのも。
「うん」
好きな人と手をつなげるのは、ある意味キセキだと思う。
しぃちゃんの手を握って、強く握り返されて歩き出す。
願わくば、いつまでも一緒にいられますように。
なーんてね!
いくつか番外編を予定してますのでまだ完結表記はつけません。
まだ読んでいただければこれ幸いです。




