避暑。または執念ーー駄犬(颯真) 1
駄犬君です。さらっと流すつもりがガッツリ語ってくれやがりましたので、しばし続きます。
俺には幼馴染みがいる。いや、いた。
父親が同じ会社で、社宅の隣に住んでいた女の子。おとなしくて、ヒマがあれば読書しているような子だった。
俺は読書が苦手だったから、外で走り回っていた。気になっては、時々無理矢理誘って連れ出して、一緒に遊んだ。
あいつは俺がいないとすぐ一人になってしまうから、といつも見ていた。ナイト気取りで、あいつを守っているんだと、根拠もなく思っていた。
だから、彼女が転校してきた時も変わらないと思っていた。俺達は幼馴染みで、いつまでも一緒にいるんだと。
彼女は俺の隣に越してきた。仲良くしてね、と美少女に言われて悪い気がするやつはいないだろう。それくらい、彼女は可愛かった。
ふわふわの髪の毛を見た女子がプリンセスみたいだと騒いでいた。
隣の可愛い子が笑ってる、儚げな雰囲気で俺を頼ってくる。それだけで、なぜか俺は有頂天だった。姫とナイトって言われたからもあるし、彼女が頼るのが俺だけだったから。
意気揚々と俺は隣のクラスに向かった。もちろん、うわさを聞いているだろう幼馴染みに会うためだ。嫉妬して怒ってるだろうと顔を見ると、本に視線を固定したまま動かない。いつものことだけど、すごい集中力だ。
「真桜」
「…………」
「真桜」
「…………」
「……わかった」
声をかけるけど、聞こえてないみたいだ。俺は少しがっかりした気分で教室を出る。後からイライラしてきたのは、多分真桜が俺に関心がなかったから。
俺は真桜にヤキモチとか嫉妬とか、そういうのをしてほしかったんだと思う。
真桜は本以外にあまり関心がない。家族以外で話す唯一といっていい存在が俺だった。へたしたら一言も話さないまま一日を終える真桜とクラスメイトをつなぐのは俺だったし、みんな真桜関係のことは俺を頼ってきた。
真桜のマイペースは今に始まったことじゃない。帰りにでもまた声をかけよう。
そして俺は後に気づくことになる。なんで有栖のナイトにはなれて、真桜のナイトにはなれなったのか、と。
有栖は俺にベッタリだった。ちょっとさすがに困るというか、なんというか。さりげなく離れてくれるように言うと、「私なにかした? 嫌いになった?」と涙目で訴えてくる。
そうされると、それ以上言うのはまずい。俺が悪者にされる。まわりの男から嫌われない、有栖はそんな不思議な子だった。
「あれだろ? あざといというか、演技上手というか、敵には回せないタイプだよなぁ。男子にモテすぎて女子に反感買わないように、自分以外に悪役を作りそうな」
友達は、俺は中立な、と立ち位置を宣言。誰も聞いてないとこではヤバイ本音が駄だ漏れだ。
「お前気をつけろよ? 小堺なんて格好のエサだろ」
「は? まさか」
おれの返事に友達はあきれた顔をした。
この時。もう少し俺の危機管理能力が優秀だったら。
真桜をあんな目にあわせずにすんだだろうか。
あいつは今も俺の隣で本を読んでいたのかな。
毎日隣のクラスに通う俺に、有栖が真桜に会ってみたいと言い出した。
その頃、すっかり学校に馴染んだ有栖はアイドル並の人気者で、逆らうやつなんていなかった。
俺は姫の護衛役、ナイトだと認識されていて、有栖のワガママを叶えるために苦労することも多かった。
「あいつはマイペースだから、有栖に会ってもしゃべらないと思うよ」
有栖には想像もできないだろうけど。無視されたことなんてないだろうし。
「そんなことないわ。女の子同士でのおしゃべりは楽しいでしょ?」
「あいつの楽しみは読書だから」
「読書? 恋愛小説かしら。楽しみね!」
「違うと思うよ」
あいつは活字中毒だ。恋愛小説も読むかもしれないけど、確か愛読書は二人の少年冒険者が旅をしなから成長していく話で、ハードカバーの大人向けの本だったはず。ファッション誌を読むというより見る有栖とは合わないと思う。
渋々隣のクラスに向かうと、安定のマイペースで読書している真桜がいた。
「あの子?」
「そう」
有栖は真っ直ぐ真桜の机に歩いて行った。気づいた周りがざわざわと遠巻きに見るけど、真桜も有栖も気にしない。というか、真桜はそれにも気づかない。有栖は知ってても気にしない、むしろ視線を浴びて満足みたいだ。
「あなたが真桜ちゃん? 私は有栖! よろしくね!」
可愛らしく首をかしげて、にっこりと有栖が笑う。
真桜には聞こえない。有栖が同じことを繰り返すのを三回見ていた俺は、真桜の肩をたたいた。
「悪い、真桜。隣に転校してきた有栖だ。少しいいか?」
俺の声にようやく本から視線を上げた真桜は、俺を見て有栖を見た。
「……悪いけど、知らない人に名前を呼ばれるのは不愉快。颯真の友達でも、私の友達じゃないからよろしくはできない。私は邪魔しないから、そっちで好きにやって?」
おお、真桜が長くしゃべってる。驚いてる俺とは別に、有栖もまた驚いていた。読書に戻った真桜の前で、俯いて震え出した。
「……私、嫌われてる、の?」
「有栖、真桜は誰にでもこうだから気にしなくていいよ」
「私なにかした……?」
ポロポロと涙をこぼして俺を見上げる有栖は、俺の話なんて聞いてなかった。自分の涙に酔ってるだけだと、今ならわかる。でもあの時は、真桜の言葉に有栖が傷ついたという認識だった。
「真桜、有栖に謝らないと」
俺は真桜が有栖に謝ればこの場は収まると、とにかく真桜に話しかけた。真桜が悪い訳じゃないけど、有栖は言い出したら聞かないし周りもそれが正しいと煽るから、それが正しいと思ってるみたいだ。
一言謝ってしまえば、有栖の興味もなくなるだろうから。だから。
俺は真桜の読んでいる本を無理矢理閉じた。
バタン、と音がして机に置かれた本は、昨日発売された最新刊だった。
真桜は珍しく怒りをあらわにした表情で俺を見た。
「……颯真。私は正しくないことはしない。それを知っててもそう言うの?」
「……一言謝まればすむんだ」
「……残念だね」
そう言って真桜は教室を出ていった。
「……私、私が悪いの?」
確信犯的な呟きに反応したのは、俺じゃない。周りのとっくに落とされてる男子達だ。
「有栖ちゃんは悪くないよ!」
「そうだよ! 小堺さんが悪いんだよ、有栖ちゃんにあいさつしないなんて」
「前から暗いやつだと思ってたけど、性格も悪かったんだね」
有栖をちやほやするためなのか、真桜を酷い言葉で貶していく。
そんな男子達に囲まれた有栖は、嬉しそうに俺の腕に抱きついて笑った。
「ありがとう、嬉しい!」
その日から、真桜は有栖をいじめたと言われるようになった。他ならぬ本人である有栖が肯定ーー思い込みによる誤解だーーしてしまったために、真桜に味方する生徒はいなくなった。
有栖を敵に回して無事ですむとは誰も思えなかったからだ。
そして、「いじめた」は「いじめている」にかわった。噂なんてそんなものだよなぁ、と友達は他人事だからのんびりと呟いた。目は笑ってなかったけど。
俺は真桜に、有栖に謝って和解すべきだと訴えた。有栖のプライドを満足させれば、こんな噂はすぐなくなるだろうと。
そんな俺を見る真桜の瞳は、冷たく蔑んでいるような色をしていた。
真桜のために、有栖の機嫌をとる俺を間違えてると指摘したのは友人だ。
「俺は言ったよな。気を付けろよって。小堺が悪役にされるぞって」
「だから、有栖に謝れば」
「お前、バカ?」
「は?」
「なんで悪いことしてない小堺が謝るんだよ。あの時お前は小堺を守らなきゃいけなかったんだよ。だからこんなことになってるんだ」
俺は真桜を守ろうとして、守れてなかったのか?
「今のお前を小堺派だと思うやつはいないだろうな。むしろ完璧に有栖派だと思うだろうよ。最後にこれだけは言っとくぞ」
「え? 最後?」
「ああ。よく聞け。お前の流されやすい性格も嫌いじゃなかったけどな、たった一人の幼馴染みの女の子も守れない、そんなやつの友人なんてやってられないね。もう俺に話しかけんな」
じゃあな、と言うだけ言って去っていくその姿は、とても怒っていた。
俺はなんとかしようとして、焦ってさらに真桜も怒らせた。
真桜は学校に来なくなった。親に全てを話したらしい。
誤解を解こうと家に行っても会ってもらえない。真桜の母親に玄関で追い返される日が続いたある日。
真桜は転校した。
話を聞いてももらえず、誤解を解くこともできずに、もう会うこともないだろうと父さんに言われた。
俺が真桜と距離を置くのが当たり前だとばかりの周りに流されなかったら、真桜は今も隣で本を読んでいたのかな。
幼馴染みも友人もなくした俺は、流されるまま有栖の下僕認識をされた。
どうでもいいとばかりの俺を、遠くから友人……いや元友人が苦々しい顔で見ていたが、どうすることもできなかった。
学校は有栖を女王としてピラミッドが形成され、カーストのトップに立った有栖に恐れるものはなかったし、先生ですら逆らえない勢力がそこにはあった。
転校はある意味正しかったよ。真桜。俺は抜け出せそうにないけどな。
そんな風に、俺の初恋は終わり、下僕生活が幕を開けた。
この時の俺は知らない。
高校に入って真桜に再会することも。その真桜が俺の名前を覚えてないことも。女王の駄犬なんて呼ばれていることも。
なんにも知らない子供だったんだ。
なんか不憫君を越える不憫っぷりに、ちょっと反省。いや、こんな予定じゃ……ねぇ?