避暑。または執念ーー静留
しぃちゃん視点です。
なにかは起こるとは思っていた。
高校最初の夏休み。真桜と友人達との泊まりがけの海水浴。
あの脳内花畑自称ヒロインなら、なにをしてもおかしくはないだろうと。そして、あのバカ達は自分達の行いを反省しないことも想定内だった。どこで俺達の情報を仕入れてるかは、鋭意捜査中だ。
ただ、あいつらはそれによって真桜になにかあった場合の俺の怒りが、どこに向かうかを知らないってことだ。どんだけ愚かなんだろうか。
ホテルにチェックインするためにいたロビー、わざわざそこから絡んでくるとはご苦労なことだ。
「しつこいな」
驚きとあきれで固まった真桜を抱えてエレベーターに乗る。脱力した真桜は、疲れたように俺の肩にもたれた。うん、可愛い。
コンシェルジュに連絡ついでに、もう一件連絡を取る。忙しいだなんだとごねられたが、優先的に調査してくれることで合意。貸しは作っといて損はない。さらに別の場所に電話をし、早急な対応の言質をとる。こっちは有言実行な人だから、夕方までには来るだろう。
この日はコンシェルジュの機転でーーホテル専用のプライベートビーチがあったんだがーー少し離れた一般のビーチに行くことにした。
男の準備は早い。待ち合わせ場所で真桜の浮き輪に空気を入れてると、様子を見に行かせていた城田ーー言わずと知れた不憫君と真桜が呼ぶ男だーーが、砂に足を取られながら走ってきた。
「間中! 女子の着替え場所の前にチャラい男達がいる!」
まさかとは思うがあのバカ女王、とうとうなりふり構わなくなったのか。
「限りなく疑わしいけど、証拠はないよね」
早足で急ぐ俺の隣で、中里の恋人の松川先輩が呟く。城田は焦って転ぶたびに、差が開いていくので当然放置する。
「証人ならいくらでも出そうだけど、もみ消すの上手らしいからね。これからどんどんやらかすんじゃないかな」
「シャレにもなりません、先輩。今までだって犯罪そのものだったのに、本人自覚なしなんてタチ悪い」
「六花のお友達だしね、協力は惜しまないよ」
「ありがとうございます。先輩、あれ」
「先行くね」
城田の言うチャラ男達らしきのの影に、真桜をかばう中里の姿が見えた。
行動の早い先輩が奇襲をかけて中里を回収する。先輩はあれでなかなかだからーーなにが、とか聞くか? 決まってるだろう、中里はかなり愛されてるってことだーー中里の腕をつかんで引きずろうとした男は命乞いをした方がいいと思う。
俺は俺で、残りの二人にアイアンクローをしかけながら真桜の無事を確認する。言った通りにパーカーを着て水着姿を隠している。うん、可愛い水着姿を見るのは俺だけでいい。
やっと追いついた城田は鎌田に適当にあしらわれている。いつも思うんだが、鎌田は本当に城田が好きなのか? ペットを構ってるようにしか見えないんたが。
チャラ男に説得という名の説教をかまし、ストレスが溜まった俺は真桜の水着姿に癒された。リア充爆発四散しろとばかりのおひとりさま男の鋭い視線もなんのその。たっぷり目の前でイチャついてやった。当然、水着姿は見せてやらんがな。
もちろん、夜には水着を着てない真桜に癒してもらうつもりだ。そして誰にも見せるつもりはない、一生。
こっちが奴らを避けに避けた二日目の夜に事は動いた。
女王と駄犬はいないのでぜひ、とすすめられレストランへ。安心して食事を終える頃、真桜が手を洗うと立ち上がった。すかさず中里がつきそってくれたので任せる。
戻ったら部屋に行こうかと話してると、コンシェルジュの女性の困った声が聞こえた。
「ストーカーだね、あれはもう」
先輩の言葉にみんながうなずく。知らぬは本人ばかりなり。……ふざけんな、と言いたい。
「あら、間中君。奇遇ね、ご一緒にどうかしら?」
「北川さま、お席にご案内致しますのでこちらに」
「私は彼とお話してるのよ。……ああ、あなたも彼女の嘘に騙されたのね。彼もなのよ、可哀想だから私が助けてあげるの。だから邪魔しないでくれる?」
俺は話なんてない。顔も見たくないんだが、早く消えてくれないだろうか。
「真桜と中里と合流して出よう」
席を立ってみんなをうながすと、女王が満面笑みでこっちを見た。
「あら、彼女なら大学生の男性に声をかけていたわよ? 地味な割にそういうことは積極的なのね。私には真似できないわ」
間中君がいるのに、信じられないわね。にっこりと笑うその顔がとても醜いと、この女は気づいてるだろうか。
俺は無言で隣を抜けようとしたが、腕をつかまれた。……気持ち悪い。
「待って、間中君。言ったでしょう? 彼女はあっちで楽しむのだから、間中君は私につき合って? あなたを救いたいの」
「離せ」
「彼女は私のことを嫌ってるの。颯真君が私を選んだから。間中君は信じてくれるでしょう? 彼女は恐ろしい人なのよ。私怖くて」
「離せ」
「間中君?」
「離せ、と言ったからな」
聞いてないとは言わせない。俺は2回繰り返した。バカの戯言につき合う時間はない。どういう思考回路をしたら、真桜を悪者にしたあげく自分本意のシナリオを作れるんだ。自称ヒロインは伊達じゃないってことか。マジふざけんな。
ぱしん、とその手を振り払う。驚いた顔にさらに苛つく。なんなんだ、さも被害者ですと言わんばかりの態度は。そんなことされるわけないとでも思ってたのか? つくづく残念な脳みそだな、花も枯れるぞ?
「真桜が自分から声をかけた? 寝言は夜布団に入って熟睡した上一人で言え。俺は真桜以外いらないし、もちろんお前みたいな自分至上主義で崇め奉れな女なんて論外で眼中にない」
「……え? 自分至上主義? 誰のこと?」
「「「………………(自覚なしか)」」」
救いようがないな。
「今度真桜になにかしてみろ。同じやり方でそれ以上のことを返してやるよ」
いわゆる倍返しだな。もちろん倍どころで済むわけはないが。
「間中君? なにを言ってるの? ねぇ、これから一緒、に」
「有栖」
「颯真君?」
「もうやめよう。部屋に戻ろう」
「颯真君? なにを」
「間中は本気だし、正しいことを言ってる。真桜になにかしたのなら……有栖は謝るべきだ」
「颯真君!? どうして私が謝らなきゃならないの!! 私は悪くないわ!」
「でも、今迷惑をかけてるのは有栖だ。わかってるだろう?」
驚いた。駄犬がまともなことを言ってる。なにがあったんだかは知らないが、この場はあいつに任せよう。
「イヤよ!! 私はお姫さまなのよ!? 間中君に愛されるのは私なのに!!」
「有栖。話は部屋に戻ってからにしよう」
「颯真君!?」
駄犬に引きずられるようにレストランから出ていく女を、俺達が見送ることはなかった。
松川先輩を先人に真桜達の所に向かうと、チャラ男に絡まれてる真桜をかばう中里を助ける晴の姿があった。
間に合ったか。
従兄弟の晴は刑事だ。警視庁所属だが、親父さんに頼んで来てもらった。
バカ女王を罪に問うのは難しいらしいが、真桜達が無事でよかった。てか、本当にやらかしといて自分は悪くないとは……うん、まあ知ってたけど。
部屋に戻ってから、こっちにおきていた出来事を話して聞かせる。真桜はあきれたように笑ったけど、俺はそっちの出来事にあきれるやら怒れるやら……どうしようもないな、あのバカ。
「しぃちゃん?」
俺は1つ決意して、スマホを取る。
「駄犬と話してくる」
今なら、いや。今しかあいつの話は聞けないだろうと、そう思った。
しぃちゃんは頭脳派だったはずなのに、もしかしなくても強いみたいです。晴と一緒に鍛えてたのかもしれないなぁ。
次回痛い少年、駄犬君視点です。