初恋。または溺愛の始まりーー静留
タイトル通り始まりまでです。溺愛は次話で!
俺は小さい頃からなにやら達観した子供だったらしい。
子供らしい我が儘もろくにしない、他人が見たら「あら、おりこうさんね」と言われるようなおとなしさだったようだ。
実際は気になったもの以外に興味を示さない、極端な性格だったのだが。
両親にしてみれば、まあ可愛いげのないことこの上ないことだったのだろうが、そんなことおくびにも出さずに育ててくれた。
優しさと厳しさと、そして恥ずかしいが愛情を注がれたのだろう俺は、大分偏ったがまっとうに育ったと思う。
まわりはどうあれ、本人と親がそれでいいと思っていたから、なんの問題もなかった。
俺、間中静留の子供時代はそんな感じで流れて行く。
転機は小学4年。クラスに転校生が来た。
時期外れもいいとこなその転校生は、俺の父親の会社にヘッドハンティングされて入社した期待の星ーー笑うしかないが、当時の父親はそう発言したーーの娘だった。
社宅のマンションも隣、クラスも一緒。当然面倒を見ろとばかりに組まされるようになった。
誤算は転校生、小堺真桜が手のかからないやつだったこと。
なにからなにまで面倒見てやらないとできないタイプではなく、一度説明すると難なくこなす。ただ、会話が少ないことだけが問題といえばそう。
話しかけられれば話す、それ以外は読書。女子で固まらないと生きていけない奴らとは違って、よく言えばマイペース、悪く言えばコミュ障。
転校してきてすぐは、クラスの奴らが男女混じって話しかけていたが、終始そんな感じなのであっという間に散っていった。
最後まで話しかけていたのは、クラスのムードメーカーのーームードメーカーであって優等生でもヒーローでもない。はっきり言えばお調子者だーー城田。
まあ、あいつのそれはパフォーマンスなんだが。
城田はクラスメイトの鎌田が好きらしい。みんなにはバレバレで、知らないのは本人だけだ。鎌田でさえ知ってるのに、幸せなおつむだ。
城田は、鎌田へのアプローチ的に「転校生に優しい俺、いい奴だろ?」作戦を展開。超地味なアプローチに周りは飽きれ、俺は失笑。
それも長くは続かない。マイウェイをマイペースで歩く小堺に、とうとう城田も諦めた。
やっと静かになったとばかりに、読書に集中する小堺をなんとなく見ていた俺は、くるくる変わる表情に気づいた。
読んでいるのは、小学生が読むような本ではなかった。ハードカバーで大人向けの冒険物語。冒険好きな二人の少年が、生まれた村を飛び出し旅を始める話だ。シリーズ化していて、小堺が読んでいたのはさらわれた子供を探して竜の住処にたどりついた二人が、竜を悪者だと勘違いして闘いを挑み敗北。匿われていた子供から真実を知り、素直に謝罪。その心根や良しと竜と友達になるという内容だ。……俺も好きで読んでる本だった。
それを知ってから改めて小堺を見れば、あのキラキラした瞳は竜のとこか? とか、ハラハラと力が入ってるのは竜との闘いのとこだろうか? とか、気になってしょうがなくて。
楽しげな表情に目が離せなかった。
話をしてみたいと、初めて思った。今まで誰にも抱いたことがない感情だったが、思ったよりもストンと心に落ちたことに驚きはなかった。
むしろ誰とも話が続かなくて良かったとすら思った。
だから、小堺が本を忘れて帰った時はチャンスだと思った。届けて、話をしてみたい。どこがおもしろかったかとか本の話も聞いてみたい。
次の日の土曜日、俺は小堺の忘れた本を持って隣のインターホンを押した。
出てきた彼女は、なんだか顔色が良くなかった。
「忘れ物……どうした?」
声をかけると、急に泣きそうな顔をした。
「あ……おか、お母さん、が」
「!? 入るぞ! お邪魔します」
言うなり入っていく。勝手知ったる間取りはうちと変わらない。リビングに向かうと、小堺の母親が倒れていた。大きなお腹の様子からして陣痛か、別のなにかか。クッションを持ってきて楽な体勢を整える。
「救急車! 落ち着け、大丈夫だから!」
指示をだすと、うなずいて電話をかけた。何度もかみなが説明しているうちに少しは落ち着いたのか、顔色は少し戻ってきていた。
救急車はすぐ出動してくれたらしい。母親の隣で震える彼女の手と母親の手を握りながら、二人を励まし続ける。
涙目の彼女から目がそらせなくて困っているとチャイムが鳴った。
救急車が来たと、慌てて走っていく姿を見送る。サイレンの音がしなかったが、早かったなと思っていたら、今サイレンの音がした。
「真桜まお! サイレンだ、下行ってつれてこい!」
「う、はい!」
救急隊の人達の邪魔にならないようによけて、状況を説明していると、入院準備のキャリーケースとバックを持ってくる彼女に気づいた。。重くて引きずってるから手伝う。あまりの重さに二人で顔を見合わせた。なにが入ってるんだろう。
救急隊の人に運ばれていく小堺母に付き添う。荷物は呼ばれた運転手さんが持ってくれた。
保険証とか、かかりつけ医とか産婦人科とかのやりとりをしながら、小堺母の手を握りながら声をかけて一緒に歩いていく。
後は鍵をかけた小堺がくれば、と振り返ると俺達と同年代の男女が立っていた。見覚えはない、知り合いじゃないからスルーする。
「彼らも家族かい?」
「違います」
「そうか。じゃ、急ごう」
さらっとしたやりとりの後、荷物と小堺を抱えた救急隊の人が来て、俺達は救急車に向かう。
小堺父には連絡はしたそうなので、病院で会えるだろう。
小堺母は緊急手術で、男の子を産んだ。弟だ、と喜ぶ小堺に素直におめでとうと伝える。
うん、やっぱり笑ってる方がいい。
手術室に入った小堺母を待つ間、ずっと彼女の手を握っていた。
緊張と不安の中、ぽつりぽつりと自分のことを話す表情は冴えない。正直話の内容もヘビーだった。
本人はなにを話したかいまいち分かってないようだが、聞いた俺は一度理解したら忘れないタイプだ。
その転校前の奴らにはいつか報復をと誓う。
俺が小堺、いや真桜を自分の内側ーー身内とかそんな感じな、まぁいつかそうなるしーーと認識した頃、小堺父は廊下を転がるように、いや、なにもないとこでつんのめって転がってきた。動揺しすぎだろう。
「真桜? お母さんは!? 赤ちゃんは!? それとその手、なんでつないでるの!? 君隣の間中さん家の?」
支離滅裂に疑問を並べている小堺父は少し落ち着いたらいいと思う。それと額から出血、手当てしてもらって。
「間中静留です。真桜の忘れ物届けに来たら、真桜のお母さんが倒れてたので、真桜と救急車呼んでつきそいました。真桜一人では心細いだろうと思って」
理路整然と説明する。後でもう一度言わないと今は理解できないだろうな。
「間中君のおかげで無事産まれたよ。今」
「今!? ……いや、間中君ありがとう。助かったよ」
そのガックリと下がった肩に、立ち会いたかったんだな、とわかる。うん、あとでがっかりしてくれ。
「間中君ありがとう。ほんとにあなたがいなかったら、私だけじゃどうすることもできなかったよ」
ほやん、と笑う真桜に自然と頬が緩む。
「静留でいいよ」
「え、いや」
「静留」
「でも」
「呼ばないなら、お礼いらない」
その笑顔で俺の名前を呼んで欲しかった。
「……し、静、留君?」
「静留」
「…………しぃ君、とかどう?」
「……わかった」
こうして真桜との関係は始まった。
10歳、小学四年生のことである。
しぃちゃんも大人びたーーひねくれた?ーー子供です。あの後小堺父は間中父に愚痴ったのでしょうねぇ。