40.摩天閣にて 其の弐
「さーて、みなさん。どうやらみんな怪我だらけのようですからぁ、私の治療魔法でぇ、みんなを癒してあげるわぁ」
そういうわけで、傷ついた俺たちはテラスさんによって癒されていく。
はじめにユーカがテラスさんに抱き留められ、治療魔法をかけられる。治療魔法をかける際に負傷者を抱き留める必要性はあるのか疑問であるが――そこは突っ込むべきではないんだろうか。
「ぬわー。なんだかカラダがほわーってしますー」
ユーカが光に包まれると、傷痕がすっかりとなくなっていた。そういえばユーカはここに来るまで何度かテラスさんに治療をされていたんだった。まったくテラスさんに世話になりっぱなしである。
「次はイージスちゃんねぇ」
イージスがちょこんとテラスさんの膝の上へと座る。
そして小さな子供をあやすみたいな感じでイージスもテラスさんに癒される。
「きもちい……」
表情ではわかりづらいが、どうやらイージスも気分がよろしくなったようだ。
「さぁて、お次は二人の魔女さんねぇ」
そう言って二人の魔女――ウラノとマルスへとテラスさんは目を向ける。
「テラスさーん、まずはマルスさんお願いしまーす」
「はいはい」
そんな軽い感じでウラノはマルスをテラスさんに押しやる。
そんなこんなで、ベルトコンベアのように順々に負傷者が癒されていく。
そして最後に俺の番となる。
「さぁ、少年くん、こっちへいらっしゃいぃ」
「ええと……」
この流れから考えると、俺もテラスさんに癒されなきゃならないのか。
「わわわわわわっ……! 先輩がオトナの階段を上ってしまう!」
なぜか俺以上にそわそわしているユーカ。俺も内心そわそわせざるを得ない。
「テラスさん、その……治療のほうは、もうちょっと離れた間隔でできないものなんですか」
「それだと時間がかかっちゃうわぁ。うふふ、どうやら少年くん、恥ずかしがっているようねぇ。これは治療行為だからぁ、恥ずかしがることはないのよぉ」
「そうか。治療行為だから問題ないのか」
そうだ。これは治療行為なんだ。そう自分に言い訳するようにしてテラスさんの元へ向かう。
ドギマギする俺の身体をテラスさんは笑顔で迎え、そして抱き留める。
正直な気持ちを言うと――気持ちい。
いや、別にいやらしい意味で言っているんではない。例えるなら温泉に入って極楽極楽と思うような、そのたとえもどこかおかしい感じがするけれど……
なにか、心が退行していくような、幼い自分に戻っていくような。
例えるなら、母親に抱き留められている感じ――といったところだろうか。
俺の母さんは……俺が幼いころに亡くなった。
俺を犠牲にして亡くなった。
俺は母親のぬくもりというものを、すっかり忘れてしまっていた。思い出そうにも、その母親はいないものだし、思い出ははるか過去のものである。
テラスさんの手が――俺の足へと向けられる。
俺は別段、運動少年ではなかったものの、足はそこそこ長く太いものである。鍛えればサッカーやバスケットボールに応用できたかもしれないが、その自らの足はすっかり“逃げ足”のためのものに成り下がっている。
足もすっかり、筋肉痛になっていたが――テラスさんの魔法でそんな疲労も――
「あれ――」
一瞬、俺の視界がぼやけた。
俺の膝から先――の足が、明滅するように、消滅――存在を繰り返していた。
膝から下の――足が消え、現れ、消え、現れ、消え、現れ、消え――
そこから、大量の鮮血が、輪切りになった太ももから零れ出る。
なんなんだこの情景は。
これはいったい――どういうことだ。
「や、やめろ……」
俺の足がなくなっている。
すっぱりとレーザー光線で切断されたみたいに。膝から先の神経が消滅している。
地に足がつかない。
心もとない。
止まらない。
身体だけじゃない、己の意識さえも横転してしまいそうな、不思議な酩酊感。
波打つ情景のなか、俺は絶叫する。
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおー!」
「少年くん! しっかりして少年くぅうううううううん!」
「ん……」
俺は目を覚ます。
そこは――相も変わらない、北の荒城の最上階の魔王の祭壇だ。
俺は――いったい。
「せ、先輩!」
見ると正面にユーカの険しい顔がある。
「ユーカ……」
「も、もう先輩! いきなり叫びだすからびっくりしましたよ!」
「叫びだす……って」
そうだ。俺は……
俺はすぐさま自分の足元を見た。そこの膝から先は、ちゃんと存在していた。
俺はどうして……膝から先の足がなくなる幻覚を見たんだろうか。
「少年くん……」
「うわっ……と、テラスさん」
ふよん、と頭に柔らかいクッションが押しよせる。
いろんな意味で身体が硬直してしまって動けないが、振り返るまでもなく背後にいるのはテラスさんだと判断できる。テラスさんに抱き留められるのはいいものだが、抱き留められるたびにユーカの機嫌が悪くなっている。心なしか、イージスの機嫌も悪くなっているように見えるのは気のせいだろうか。
「ごめんなさいねぇ、少年くん、剣士ちゃん……。私はぁ、あなたたちに隠していたことがあるのよぉ」
「か、隠していたこと……ですか」
「ええぇ。ずっと言いそびれてしまっていたというか、言う必要がないと思っていたから言わなかったんだけどぉ、じつは私、あなたたちがこの荒城に来る以前から、あなたたちと出会っているのよねぇ」
「えっ……。それって、どういうことなんですか。俺たちは、テラスさんとずっと前に出会っていたんですか」
まさか、テラスさんはこの世界の人間ではなく、別の世界、俺たちの居た世界の人間だったということなんだろうか。しかし、テラスさんのような人と出会った覚えはさっぱりない。この世界に来た以降も、こんな波打つ口調の人間なんて、テラスさん以外にいなかったが……
「もっとも、出会ったと言っても、あなたたちは気絶していたからぁ、顔を合わせてお話ししたのはこの荒城で初めてなんだけどねぇ」
「気絶していた……。俺たちが……」
「そうよぉ。あなたたちがぁ、荒城の前にある森の中でぇ、満身創痍の状態でぶっ倒れていたのを、私が見つけたのよぉ」
俺たちがこの世界に落とされた意味。
テラスさんはなんとその手がかりをつかんでいたようだ。




