38.魔王復活の儀 其の拾
「Si――len night, Ho――ly night……」
耳に響くのは、パイプオルガンのような高貴な振動。
その浮世離れした雰囲気は――おそらく夢の中、なんだろうが。
どこかそれは、懐かしい、過去の記憶の再生のように見えた。
「All is calm――, All is bright――」
これは――サイレントナイト、『きよしこの夜』の一節だ。
その天使のような歌声は俺の頭の上から聞こえる。その声にも、どこか聞き覚えがある。
どうやら俺は眠っている、というか誰かに解放されているようだ。
頭が柔らかい。だれかに、ひざまくらをされているようだが。
「ふふふ……」
笑い声が聞こえた。
俺は長い長い眠りから覚める。まるでコールドスリープでもしていたかのような、重い覚醒。
目を開いた後、正面に見える菩薩様のような笑顔の主は――
ゆるふわウェーブの、あのきれいな魔女。
「テラス……さん」
光り輝く世界の中、俺はテラスさんの身体に抱き留められていた。
◇◇◇
「ん……」
なぜか、俺はそんな夢を見ていた。
目をさまし、辺りを見回し状況を確認。そして思い出す。
俺たちは、あのサバトと戦っていた。
サバトのイタチの最後っ屁の攻撃を、イージスの防御魔法とユーカの『愚者の剣』で無理やり抑え込み、暴走を誘ったのだけれど。
あたりがあの世ではなく――石造りの部屋であることを鑑みるに、俺はかろうじて生きている。
「あれ……」
先ほどの夢のように、なぜか俺の頭にやわらかな枕があった。しかしそれは、あの夢にいたテラスさんのものと比べて小さいものだったけど――
「マスター」
「イージス……」
抉られた天井を背景に、イージスの無表情の顔が現れる。
「どうやら、お前も無事だったようだな」
「マスターも、生きている」
「ああ。俺はこんなところでくたばるわけにはいかないからな」
イージスは俺の顔をじっと見ている。そんなに見つめられるとどう反応すればいいか困るものだ。
「無茶をさせて悪かったな。お前に頼ってばかりですまないな」
「私はあなたに従う。だって、あなたは私を救ってくれた」
「別に能動的に救った、ってわけじゃないんだがなぁ」
「あなたは正しい人。勇者ウルスラのように、まっすぐな人。だから私は、あなたを信じる」
「……俺は勇者のような聖人君子じゃないぞ。でも、まぁ、ありがとうなイージス」
俺はゆっくりと、イージスの膝から起き上がる。
あたりを見回すと、正面に――あおむけに倒れるサバトの姿があった。
サバトは見るからに満身創痍。巨大なダンプカーに蹂躙されたみたいな、やつれた姿となっている。もうさすがにこれでは、サバトも戦えないであろう。
「とりあえず、俺たちの勝利ってことかな」
魔王復活を阻止できて、そしてサバトを改心――したのか分からないが、とにかく力でねじ伏せることができたのだ。
「って、あれ……ユーカの野郎はどこに行ったんだ」
あたりを見回してもユーカの姿が見当たらない。
あいつのことだから――ヤラレチャッタなんてことはないと思うが、しかしどこか遠くへぶっとばされたというオチはあり得る。そうなっていては厄介だ。厄介者を排除できる絶好のチャンスとも成り得るが――
「せんぱーい!」
後ろからユーカの声が聞こえた。
ユーカは瓦解した瓦礫の中から飛び出てきて、こちらへとやってくる。
すっかり身体も服も、俺の貸した学ランもボロボロであるが、顔はいつもの無邪気な笑顔を浮かべている。
「ユーカ、やっぱり生きていたか」
「そーですよ先輩! 私は不死身なんですから!」
ほんとうに頼りがいのある幼なじみである。
「それより先輩! サバトのほうはどうなったんですか!」
「ああ。ご覧のありさまだ」
俺は指を差し、ユーカにサバトの哀れな姿を見せる。
「これでようやく魔王復活が阻止できましたね先輩! 私たちは世界を救ったんですよ!」
「ああ。これでテラスさんからルビーを頂ける。そして俺はその資金を元手にこの世界の成功者に……」
「先輩はまだそんなことを言ってるんですか!」
「まぁ……。雨降って地固まるだ。とにかく俺たちは勝てたんだ。これでこの世界からの脱出方法でも分かればバンバンザイなんだがな」
さすがにそこまでうまくいく保証はないだろう。なにせ、魔王復活のための魔法陣は破壊され、消滅したんだ。
あのサバトに拷問でもして話を聞きだせば何とかなるかもしれないが。
「そーいえば先輩……私たち、なにかを忘れているような気がするんですが」
「ん? なんか忘れてたっけ?」
「いえ、なんかどーでもいいことだと思うんですけど…………えーと、なんでしたっけ」
ユーカの言葉に、俺も頭をかしげる。たしかに、なにかをすっぽり忘れているようだが、なにかあまり大したことじゃないと思うのだけど。
「ぐへー。なんか私たち忘れられてなーい」
「あ」
後ろからマルスのミイラを抱きかかえたウラノがこちらに声をかけてきた。




