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31.魔王復活の儀 其の参

 あの水色の長髪の、小さな女の子の魔女。

 この城の入り口で出会った、お人形さんのような女の子。俺たちを足止めした女の子の魔女。

「イージス、なのか」

 あの無表情の魔女のが、やぶからぼうに現れていた。

 そして目の前に円形の文様の描かれた、盾のような魔法の障壁(バリア)を展開していた。

「よく来たなイージス。任務を失敗してもなお、私のために命を懸けるとは、すばらしい忠誠心だ。どこかの負け犬魔女とは月とすっぽんだなぁ」

「ぎくっ」「ぎくー」マルスとウラノは顔をしかめている。

「こんなこともあろうかと、私は我が盾(イージス)を呼んでおいたのだ。地上から、浮遊魔法を使って、そこの窓から来れるようになぁ」サバトは後ろを指さす。そこは見晴らしのいい窓際であった。

 窓から小さく見える荒廃した地面。そこから、はるばるイージスは主を守るためやって来たのか。

 イージスは俺たちを、ウラノ以上の冷めた目で見てくる。完全に敵対している。病的なまでにサバトを慕っているようだ。

「な、なにはともあれ――敵が増えようがなんだろうが、倒すまでですよ! 行きますよ先輩!」

 そう言ってユーカは一人走り出す。

「おいユーカ」

 ユーカは一心不乱に走っていく。

「血迷ったか下等生物! 聖光砲【カノンキャノン】」

 現れた光の柱。それが発せられる直前、ユーカはスライディングして光の柱の下へと潜っていく。

「どんな攻撃だろうと当たらなければへっちゃらだい!」

 ユーカは地面を滑りつつ進行し、光の柱が途切れるとすぐさま立ち上がり、サバトに向かって木刀を大きく振り下ろす。

「てやぁああああああ!」

「英雄の盾【アキレウス】」

 だがそれは、現れたイージスの障壁によって防御された。

「くそぉ、砕けろ! こんな障壁、壊してやる!」

「英雄の盾は砕けない。どんな攻撃が来ようと、どんな波動が来ようとも、どんな魔法が来ようとも、この盾は、砕けない、破けない」

「ちぃ!」

 ユーカは押し付けていた木刀を引いて、くるりと後方へと飛ぶ。そしてイージスの脇へと飛び込む。そこには障壁がない、スキになっている――

「甲殻【シェル】――」

 突如、イージスとサバトから半径1メートルの空間を透明度の高いガラスのような障壁で覆われる。その形は半球で、四方八方360度、そして3次元空間的にも360度、障壁に覆われている。隙間のない鉄壁の障壁だ。

「なんじゃこりゃー。てやぁ!」

 ユーカはそのスケルトン色の障壁に木刀を叩き下ろす。だが障壁はびくともせず、ただユーカの方だけに、叩いた時の衝撃が返ってくるだけであった。

「こなくそぉ!」

 ユーカは幾度も木刀を振り続けるがそれは無駄であった。障壁には傷一つつかず、ただユーカの体力が無駄に浪費されていくだけだった。

「はっはっは! 無駄だ。無意味だ。お前は私たちに触れることさえできないんだ!」

 高らかに笑うサバトと、冷酷なまなざしのイージス。

「はぁ……はぁ……。何があっても、私はあきらめないぞぉ」

 俺は障壁の中のイージスを眺める。掌をただぼうっと突き出している。

 果たして、あの子は何のために俺たちと敵対しているのか。

 果たして、あの子は何でサバトなんかを慕っているのか。

 強固なる壁、しかし、そんな高く立ちふさがるものにも、どこかに、何かしらの突破口があるはずだ。360度の、ドーム状の盾。ドーム状なら、向かう攻撃どれも防げる。いや、否――

「ユーカ、下だ! あの壁はおそらく、サバトたちの立つ床のところががら空きだ!」

「下! なるほど、床下から潜っていけばいいんですね!」

「そうだ!」

 実際のところ、モグラか切削機でない限り、普通の人間では床なんか潜れない。でも、ユーカには常識はずれの馬鹿力、バカ体力がある。

 その体力を糧にユーカは床を木刀の先をドリルみたいにして削っていく。もろい床だったからなのか、床にあっさりと穴が開く。ここは地面ではないので穴を掘った後は下の階になっているが、ユーカはその下の階に落ち、そこからハイジャンプしてイージスたちの立っているであろう床――の裏に位置する天井に向かって木刀のドリルを突き上げていく。

 その間わずか数秒、気づいた時にはユーカはイージスたちのいる床よりひょっこり顔を出す――

 とうまいこと行かなかった。

「なんですかこれは……。下の方も、障壁になっているじゃないですか!」

 そう、イージスの作り上げた障壁は360度、三次元的にも鉄壁だったんだ。

 ユーカの崩した床によって、イージスの作り上げた障壁の全貌が明らかになる。それはおおよそ球体の形をしたガラス玉だった。シャボン玉のようなそれの中にイージスとサバトが入っていた。

「はっはっはっは! 存分に絶望するがいい! お前は、そこから私たちを見上げるがいい!」

 サバトがユーカに向かって手を突きだす。

 ユーカは瞬時に反応し、階下からこちらにジャンプしてやってくる。

「先輩、なにか策はありませんか」

「一つだけ策はある。でも、その策は……危険だ」

「どんな危険な策でも、先輩の言うことなら信用しますよ!」

「ユーカ……」

 俺は今頃になって、凄惨な現状に直面して震えていた。何か、嫌な予感がする。

 それでも、今は戦わないといけない。そう言い聞かせて、自分の身を懸けることはできるけれど、でも……。

 考えている時間がない。

「ユーカ、あの障壁はおそらく、攻撃する間は解除されるはずだ。だからそのタイミングを見計らって攻撃すれば何とか……でも」

「なんですか先輩! 煮え切れない言い方して!」

「だって、この考えは危険なんだ。もし間違っていたりしたら」

 したら。どう転ぶか、どう傷つくか。

 ユーカが、星となってしまうかもしれない……。

「とにかく先輩、敵が攻撃してくるタイミングを見計らって突っ込めば、あの障壁が消えていて、なんとかなるんでしょう!」

「だからユーカ!」

「やぁーい、サバトのあほぉ!」

 とユーカは、俺の気持ちと裏腹に、呆けた言葉を相手に投げかける。

「血迷ったか、狂ったか、下等生物はわめくように吠えるがいい!」

 サバトはユーカに向かって手を伸ばす。

 サバトが手を出そうとする――その瞬間、刹那の間にユーカはサバトの前に移動していた。

 サバトが、スゥっと僅かに息を吸ったところを見て、ユーカは障壁に突っ込む。

 魔法が発動する少し前に、障壁は解かれるであるはず、なんだろうけど。

 突撃するユーカは障壁より向こう側に行けなかった。

 ただ障壁に体を押さえつけているだけ。

「聖光砲【カノンキャノン】」

 サバトの呪文が唱えられ――しかし、障壁は一向に解除されない。サバトの手に光が収束し、一つの球体になる。まだ障壁は解けない。ユーカは壁に木刀を押し付ける。ユーカ、もうそれは――障壁は解けない。そしてちょうど、その光の球から、光の柱が生えるとき、いまかいまかと待ち望んでいたその障壁(シャッター)が開かれる。

 ようやく開かれた障壁より躍り出るユーカ、そのユーカに対して、サバトはわずかに手首を捻る。直線上にユーカ。捕らえられた。蛇ににらまれた蛙。

 俺は、とんでもない間違いを犯していた。

 確実性のない策なんて、そんなの策でもなんでもない。それはただの博打打ち(ギャンブル)、博打打ちに、ユーカの命を懸けるなんて。

 ユーカは霊長類最強であるが、しかしそれは霊長類界での話で、魔法相手に正攻法では挑めないのだ。それは何度も身を持って分かっていたことだ。

 放たれる骨のように白い光の柱に、それでもなお立ち向かうユーカ。木刀と言う、剣のまがい物であるそれを、ただしっかりと握りしめて、『光』に立ち向かう。

「てやぁああああああああああ!」

「ユーカ!」

 ユーカの目の前には光の柱の円の面がある。ユーカの底力により、木刀によってなんとかそれを押さえている。

 いまにも折れそうな、木刀で。

 いまにも吹き飛ばされそうな、小さな体で。

「ユーカ――」

 俺は何もできない。戦えない。

「ぐっ……」

 ユーカは体が倒れそうになりながらも、後ろ脚を踏ん張って光を押さえていた。それは背後に立つ俺を助けるための行動なんだろうか。どちらにせよ、ユーカは倒れることもできないし動くこともできない。

「あ――――ぁああああああああ!」

 ユーカが吹っ飛んだ。あたりに嵐のような暴力的な風の力が押し寄せる。

 吹く風に顔を押さえてしばらく後、ゆっくりと目を開けてあたりを見回した。

「ユーカ!」

 ユーカが、床に倒れていた。大の字になって、目を閉じていて。息をしているのか、生きているのかさえ分からない。

「ユーカ――!」

 応急処置だ。肩を叩き意識があるか確認、反応がない、次に息をしているか確認、胸が微動だにしない、気道確保、だめだ、心臓マッサージ、ユーカの胸に手のひらを重ねて押さえつける。一定のリズムで。これでだめなら人工呼吸で――

「ぐは、はぁっ……」

 まるで俺との人工呼吸を回避するかのごとく見計らったようにユーカが起き出した。

「ユーカ、大丈夫か! 生きているか!」

「ええ、大丈夫ですよ先輩。私は、生きています。でも……」

 ユーカはゆっくりと体を起こす。そしてゆっくりと右手に持っていた木刀を――

 木刀が半分の長さになっていた。

「折れちゃいました。もう使い物にならないです」

「そんな……」

 いや、むしろ今まで魔女の攻撃を押さえられていたのが奇跡だったんだ。所詮は木刀で、折れる時には折れてしまう。木偶の坊だ。

「ハーッハッハッハッハッハ! 愚かだ愚かだ! 私に立ち向かおうとするから痛い目を見るんだ! どうだお前たち、白旗を上げる気になったか?」

「わ、私は……あきらめない!」

 そう言いながらユーカは立ち上がろうとするが、痛みを感じてバランスを崩して中腰になる。もう立ち上がることすらもままならない。あんな光の柱を生身の身体で受けてしまったら、生きているだけで奇跡で、そのあと戦うことは不可能だろう。

 ユーカはこの状態ではもう戦えない。

 後に残ったのは俺だけだ。俺は立ちつくす。実のところ、俺には何の力もないんだ。相手をひれ伏せさせることなんてできないんだ。

 俺は考えるしか能がない。いや、もう考えることすらもできない。この現状を打破するための策が一向に浮かばず、ただ時間が刻々と残酷に過ぎる。

「ユーカ……」俺は倒れ込むユーカの手を握る。

「先輩……。私のことはいいですから、先輩だけでも逃げてください」

「な、何を言っているんだ……」

「私はもう、動けません。これじゃあ……魔王復活を阻止することも、先輩を守ることもできません。だから……。私は最期に誰かの役に立ちたいんです。私がなんとか盾になって、先輩を守ります!」

「そんなこと言うなぁ――!」

 俺は叫んだ。その叫びはユーカに対して、そして途方に暮れていた自分に対して。

 どうしようもなく、力なくうなだれていた自分に喝を入れるように叫んだ。

「いいか。俺はお前が負けるところなんか見たかねぇんだよ。俺の盾になるなんていうな。俺の考えに不可能はないんだ。だから無茶をするな」

「な、なにを言ってるんですか! 私は霊長類最強なんですよ!」

「最強とか魔女とか魔王とか、そんなことはどうでもいい! 俺はただ、誰かの盾の後ろにいることが許せないんだよ。もう俺は、失いたくないんだよ……」

 失った大切なもの。不甲斐ない自分。過去との決裂。ここで、自分が生まれ変わらなければ、俺が生きてきた意味がない。

 たとえ、この身が塵となろうとも。

 俺は戦わない。だけど守ってやる。どんな手を使っても、卑劣な手を使ってでも。専守防衛だ。

「ユーカ、俺が盾となる。だから、体が痛いだろうが、なんとか頑張って逃げてくれ」

「そ、そんな先輩、駄目ですよ! 丸腰で魔女になんか立ち向かったら、それこそ消し炭になっちゃいますよ!」

「安心しろ。俺は、諦めない。あきらめたらそこで試合終了だ」

「先輩――!」

 俺はゆっくりと歩き出す。前に立つサバトとイージスに向かって。向こうのサバトはこちらを冷笑していた。驕っているのか、こちらにとどめを刺そうとはせず止まっている。いつでも俺たちを消し炭にできる――そう余裕をこいているんだろうか。

「ん? なんだ下等生物。わざわざ殺されるために歩いてきたのか? どうやら、さっきのチビ剣士は……向こうでくたばっているようだが。もしかして死んだのか?」

「ユーカは生きてるさ。でも、もう戦えない」

「ははは、そうか。じゃああとはお前を倒して……お前とチビ剣士、仲よく焼き尽くして、灰にしてやろうか」

「ははは。俺とユーカを仲よく昇天させようなんて、敵にしてはいきなはからいだなぁ。だが、ユーカだけは昇天させない。あいつには俺への借金があるんだ。俺はそのためにここに来たんだ!」

「なんだお前、まさかあのチビ剣士の盾となるためこちらに来たのか」

「そうだ。なにか文句があるか!」

 そう俺が叫ぶと、サバトは大きく口を開けて腹を抱えて笑い声をあげた。

「なにが盾だ。そんな生身の身体で盾になろうなんて片腹痛いわ。そんなもの、私の盾に比べれば障子紙のようなものだ。小指一突きで突き破ってやるぞ」

 盾――そう言われて、わずかにイージスがぴくりと顔を動かす。その瞳は死んだような、生気のないものであった。

 イージスは棒のように突っ立っていた。さきほどのサバトの魔法によって頭の上の三角帽が吹き飛んでいたが、まるでそれに気付くことなくぼうっとしていた。

「イージス……」

「…………」

 イージスはしゃべらない。口を棒にして、冷めた目で睨み付ける。

 いままで不思議に思っていたことがある。目の前のイージスがどうしてサバトに付き従っているのか。

 それに対し彼女は「サバト様に従うだけ」と機械的に返答した。

 はたして、それは彼女の本当の言葉だったんだろうか。イージスはもしかしたら、サバトにうまいように利用されているのかもしれない。どのようにして? なんで? イージスに対するプロフィールはスリーサイズでさえ不明である(なお、胸部のサイズは計測済み)。だから判断材料が少なすぎる。

 だから、聞いてみるしかない。

「イージス、お前は、どうしてサバトなんかにしたがっているんだ?」

「さ、『サバトなんか』とはなんだ! 舌に穴開けてやろうか!」

「……私は、サバト様に従うだけ」

 棒読みでイージスが答えた。その言葉に、欠片も自分の意思というものが見えなかった。

「お前は、どうして『防御魔法』しか使わないんだ? どうして、敵たる俺に対して攻撃を行わないんだ?」

「…………」

 それに対してはイージスは黙秘で答える。俺は言葉を考える。言葉をつながなければ、退屈となったサバトが攻撃を始めるかもしれないので。

「お前は、どういう理由で、何のためにサバトに従っているんだ?」

「……私は、サバト様に従うだけ」

「お前のご主人さまは誰だ?」

「……サバト様」

「お前は、そのご主人様を守ろうとしているのか」

「私は、サバト様を守る」

「お前の大切なモノはなんだ?」

「サバト様」

「お前の大好きなものはなんだ?」

「サバト様」

 すべての回答が『サバト様』で埋め尽くされていた。ほんとうに病的なまでにサバトを慕っているようだ。果たして、人をこれほどまでに慕う、なんてことはあるんだろうか。

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