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27.生命(レーベン)の魔女との戦い 其の弐

「…………」

 突然の展開に唖然とする俺たち。果物を割ったら人が出てくるなんて、ファンタジーの世界と言うより、日本昔話の世界じゃないか。

 それと目の前のきれいなおねいさんには見覚えがある。あのウェーブしたベージュ髪と波打つ話し方は……。

「あなたは……テラスさんじゃ……」

「やぁやぁ、剣士ちゃんと少年くん。まさかほんとうにここまで来てくれるなんて感激だわぁ」

 ふふふ、と笑みを浮かべるテラスさん。その笑顔は天使のようなんだけど――頭と服に果物の汁が付いているのが台無になっている……。

 いやまてよ、これは――水分を含んだ服、つまり透明度アップということだ。つまりだ、テラスさんのその豊満な胸を透過率50パーセントぐらい、つまり半分ぐらい見えるんじゃないのか――

「せ、先輩は! なにテラスさんの身体に釘付けになっているんですか!」

「いや釘付けではない。これはただの玉筋魚いかなごの釘煮だ」

「ぜんぜん言い訳になってないじゃないですか!」

 ユーカが怒りを現し怒っている。なにをそんなに怒っているのか、女心はわからない。

「そんなことより……テラスさん、どうしてあなたは果物から誕生したんですか。そもそもあなたはテラスさんなんですか。それとなんでこの部屋にいるんですか。あなたはトイレに行っていたんじゃないんですか」

「そんないっぺんに言われちゃあたまがぐぅるぐぅるしちゃうわぁ。ちょっと待って、今汁を拭かないといけないから」

 純白のハンカチーフを使ってごしごしと服と体を拭いていくテラスさん。その動作を俺たちはしばらく眺めておく。

「えぇとねぇ、まずはこの植物から誕生したのは、私のちょっとした遊び心といいますか、壮大な演出みたいなものだからー、大した意味はないから安心してねぇ。私はあなたの知っているテラス・コーネリアよぉ」

 そう言ってテラスさんは脇に置いてあった粉砕された果物の一部を手に取る。そしてパクっとかぶりつく。

「うぅん、なかなかみずみずしくておいしぃわねぇ、ジャムにしてもいいかもねぇ。あなたたちも召し上がるかしらぁ」

「えーと……」

 別に俺は潔癖症ではないのだが……中に人が、テラスさんが入っていた果物を進んで食べる気にはなれなかった。

 しかし隣のユーカはそんなことは構わないようで。

「いただきまーす!」

 ユーカが食いついてきた。なんの警戒心もなくテラスさんから果物をいただいて口に放り込む。

「うむ、この甘酸っぱさとぐじゅぐじゅ感なかなかいいですねぇ」

「そんなことよりユーカ、今はテラスさんのことについて……」

「はい、少年くんもどうぞ」

「あ、どうも」

 と果物をいただいてしまった。

 頂いたものなら……ちゃんと食べないなぁ、なんて理由ともいえない屁理屈をつけて、その果物にかぶりつく。なかなかみずみずしくてイチジクのような酸味のある果実だった。

「じゃなくてですね、テラスさん、あなたは……」

「私はぁ――十人十色の魔女の一人、そしてサバト会の会員でもある、『生命レーベン』の魔女、テラス・コーネリアよぉ」

「『生命レーベン』の魔女だと……」

 たしかに俺はテラスさんについて疑っていた。

 何故テラスさんは……俺たちに対して『十人十色の魔女デカラフルウィッチ』のことを話さなかったのか。それは単に忘れていたということも考えられたが、もう一つの考えとして、『テラスさん自身が十人十色の魔女デカラフルウィッチ』というのもあった。

 つまり、テラスさんの正体は俺たちの敵となる――サバト会の十人十色の魔女デカラフルウィッチ……。

「テラスさん、あなたは十人十色の魔女でサバト会の会員って……」

「うん、そぉよぉ」

「そんなこと、一言も言っていなかったのに……」

「ごめんなさいねぇ、二人をだましちゃったみたいな感じになっちゃってぇ」

「だ、だますって……」

 つまり……この人はスパイだったのか。

「あなたたちを案内したのも、あなたたちを魔女の餌食にしようと思ったからなのよねぇ。あなたたちが魔女と戦えば、負けるか、死んでしまうかになるから、サバトちゃんの計画が護られると思ったの、でも、あなたたちは結構奮闘したみたいねぇ、すごいわぁ」

「テラスさん……。あなたは、友達のサバトを止めたかったんじゃないんですか?」

「あれは、あなたたちが同情するかなーって思って言っただけなのよぉ。そしたら案の定、少年くんが乗ってくれたじゃないのぉ」

「俺はただ、金のために頑張っているだけですよ」

 俺は突っぱねるようにそう言った。

「ふふふ、まぁいいわぁ。なんにせよ、あなたたちはここまでやってくることができた。どんな幸運があったか分からないけどぉ、でも、ここまでよぉ。ここからは、進めないわぁ」

 いつもの陽気なテラスさんの口調に、影がかかる。

「私はサバト会の人間、サバトちゃんの親愛なる友であり、親愛なる同志であるのよぉ」

「同志って、あなたは魔王復活には反対じゃなかったんですか」

「それはまぁ、(ホラ)だわぁ」

 と何の気なしに言うテラスさん。

「さぁ、少年くん、剣士ちゃん、あなたたちがサバトちゃんを倒すというのなら、私は立ちふさがらざるを得ないわねぇ。じつのところいうとぉ、私はあなたたちが気に入っていたからぁ、こんなことはしたくないんだけどねぇ、でもまぁ、それはそれ、これはこれよねぇ。二人ともぉ、逃げるなら今のうちよぉ」

「逃げるですってぇ! そんなことするわけないじゃないですか!」

 ユーカが威勢よく言った。

「やっぱり魔王復活は止めないといけませんから、テラスさん、俺はあなたと敵対しますよ」

「あらぁ、あなたはまさか、『正義』のために戦うっていうのぉ?」

「いいや、俺は金のために働くまでです。あなたと約束した、サバトを止めたらルビーをもらえる約束は、まだ反故になってませんからねぇ。言っておきますけど、ちゃんとそのときの声を録音してありますから、いまさら反故にすることはできませんけどねー」

「ふふふ、あくまでお金のために頑張るのねぇ。私は端っから、サバトちゃんを止めようなんて思っていなかったけど……まぁいいわぁ、おねいさんが優しく遊んであげるわぁ。さぁ、れっつばとるよぉ」

 と言うと、テラスさんは掌を床に向かって突き出して――

「森々気鋭【ユグドラシル】ゥ!」

 刹那の時間のあと、床が震える。大地が震える。地震か……と、ぐらつく体をバランスとりながら、ユーカの方は揺られて奇妙なダンスを踊りながら、そんな俺たちをしり目に、床から……にょきにょきにょきって、芽が生えて――草が生えて――木が生えた。

「なんだこりゃああああー!」ユーカが絶叫する。

 部屋から木がにょきにょき生えて部屋を埋め尽くそうとしている。木々がただ、天井を目指して伸びている。

 なんだ……木がなんかこっちに向かってきているような、ていうか来ている。木が俺たちをとらえようと伸びてきて、枝を伸ばして蔦を伸ばしてがんじがらめにしようとしている。その速度はめちゃくちゃ早く、考えるスキもない。

「先輩危なーい!」

 ユーカが俺の前に立ち、俺の盾となる。

 そのユーカの身体に、にゅるにゅるとツタが巻かれていく。ツタは意思を持った生物のように振る舞い、巻き付いたユーカを高く持ち上げる。ツタというより触手と言った方が適当だろうが。

「い、いやぁああああ! そ、そんなところ巻き付かないでくださぁーい! これじゃあお嫁に行けなぁーい」

 もはや亀甲縛りとか言うレベルじゃないくらい、ユーカの全身がくまなく拘束されている。あんなの、男でも女でも性別関係なく失神してしまうほどの拘束プレイだ。ユーカ並みの精神力がなきゃ耐えられないだろう。

「離せ! 離せぇ――!」

 ユーカはじたばたするがどうしようもない。これが自然の驚異というやつか。

 何の変哲もない木と思っていた。でも、植物っていうのは下手をすれば何千年も生き続けてしまう、偉大なる生命なんだ。亀の甲より年の功と言うけれど――とにかく、もしかしたら、人間なんかよりも、植物のほうが最強なのかもしれない。だって植物は考えなくたって繁栄しちゃう生物なんだから。

「テラスさん、ユーカをいったいどうするつもりなんですか」

「そうねぇ、やっぱり木の栄養になってもらったら、エコロジィだと思わないかなぁ」

 たしかに、地球のため人間が犠牲になれば一番のエコロジーたりえるかもしれないが。そのあとに人間が残らなければ誰がそれをエコロジーと称するんだろうか。

 所詮エコロジーってのは人間のための人間によるビジネスなわけで。とどこか話が脱線しているようだけど。

 その間にもユーカは木にいろんな意味でおかされていた。

「さぁ、木々さん、愚かなる人間たちをほふってやりなさい」

 木の蔓がにょろにょろと蛇のようにやってくる。

「くぎゃぁああああああ!」

 ユーカの叫び声が部屋中に響く。俺も恐怖のあまり叫びだしそうになる。

「さぁ、少年くん、剣士ちゃんをひどい目に遭わせたくなかったらぁ、いますぐ撤退してくれないかしらぁ。私はサバトちゃんの魔王復活を守り、そして見守らなければならないの。だから、お願いだわぁ」

 テラスさんは朗らかな声で、そんな残酷な選択肢を与えてくる。

 しかし――俺は悩むことなく返答する。

「だが断る」

「えぇ?」

「きっぱりとノーと言ってやる。俺は戦わないが、負けるわけにはいかない男なんでな」

「どぉいうことなのかしらぁ。まさか、まだお金のことを言っているのかしらぁ」

「そうだ。俺は一旦契約した仕事は怠らないのさ。たとえクライアントと敵対しようとも、通すのは己の意思だ。それに、俺の仕事はまだ終わってもいないし、始まってもいない。俺――というより、ユーカがまだ終わっていないからなぁ」

「終わってないですってぇ? ユーカさんならもう濃縮された森の中にいますけどぉ」

 ユーカは身体全身がツタに巻かれて、もはやツタが繭のように纏われていた。ユーカの原型は見えず、それは一つの豆のような形になっていた。

「ユーカはこんなところでくたばるやつじゃない。あいつは道端の雑草並の、いや道端の雑草以上の不屈で強靭な魂を持っているんですから」

 俺がそう言うと、ガサガサガサ……とユーカの入っていたツルのが揺れた。その振動はしだいに大きくなっていき、そして――

「てやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああー!」

 ツルの玉の中からユーカが現れた。

 まるで日本昔話のように。元気に生まれ出た。

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