18.火炎(フランメ)の魔女との戦い 其の弐
「ユーカ、あの火炎の魔女と戦うならこれを着ておけ」
俺は上に羽織っていたカラスの濡れ羽色した学ランを脱ぐ。それをユーカの肩にかける。背の小さいユーカには長いマントのように伸びている。一応ユーカはセーラ服の上にもマントを着用しているのだが。
「おお! 学ランですか! 私一度着て見たかったんですねー。どうですか先輩! 私番長っぽく見えますか? おらおらー!」
中身の荒々しさだけは番長に匹敵するだろうが、容姿はやはり幼児体型なので、いわずもがなだ。
「ユーカ、その学ランは耐火仕様だから、いくらか炎の攻撃が当たらないようになっている」
「おお! それはとっても便利ですね! ……って先輩! じゃあどうしてあのマカロンちゃんと戦っているときこれを着せてくれなかったんですか!」
「あのときは俺の身が最優先だったからな」
「せ、先輩! 私がクロコゲになっていたらどう責任とるつもりだったんですか!」
「まぁユーカ、過ぎたことをとやかくいうな。いいかユーカ、とにかくお前はあのマルスとかいうやつをかく乱しておいてくれ」
「かく乱ですか……。なんだか先輩、私をオトリに使って時間稼ぎするパターンが定着している感があるんですけど!」
「お前はどうせなにも策が思い浮かばないんだろうから、せめて馬車馬のように働け」
「馬車馬って! 先輩は私のことをどう見ているんですか!」
「いいからかく乱だ。あのマルスは火炎の属性を極めた十人十色の魔女だから、炎の魔法を放ってくると思われる。あのマルスの炎の魔法を出来るだけ乱発させてやってくれ」
「魔法の乱発? ま、まさーか先輩、RPGでよくある『MP切れ』をしようとか考えているんじゃないでしょうねぇ」
「まぁそれもあるんだが……。とにかく俺のほうも手を打っておくから、お前はとにかくかく乱に専念しておいてくれ」
「まぁーかく乱でもなんでも、先輩のためなら力の限り戦うまでですよ!」
「俺は戦わないがな」
セーラー服の上にマント、その上に学ランを羽織った重装のユーカは以外と軽やかな足取りでマルスの元へと向かう。
木刀を正面に構えてマルスと対峙する。
「さぁ行くぜちびっ子!」
「ちびっ子はそっちだぁ!」
売り言葉に買い言葉、そのあと双方は正面に剣と拳を突き出した。
「てやぁ――!」
ユーカが木刀を振りかぶる中、
「焔蜥蜴【サラマンダー】――!」
マルスの突き出した拳から――炎の渦が柱状となってユーカへ向かって放出される。
あの炎に当たれば、ユーカはあっさりとこんがりと丸焼きになってしまう。
「ユーカ、避けろ」
「とやぁ!」
俺がいうまでもなく、ユーカは反射的にその炎の柱を床に伏せて避けた。
「な、逃げやがったなぁ! こなくそぉ!」
「やーいこっちですよーだ」といつもの煽り攻撃。
「言われなくても――消し炭に! 焔蜥蜴【サラマンダー】――!』」
「ユーカ、左だ!」
ユーカは返答する間もなく一瞬にして移動した。炎の柱は横を通り過ぎる。
「焔蜥蜴【サラマンダー】――!』」
今度は間髪入れず炎が来る。
「ユーカ右――」
「わわわわっ!」
ユーカは俺の言葉を瞬時に受け取り判断し移動したのだが――移動のさい、炎の柱のフチが学ランの縁に当たり、そこが焦げてしまった。
「ふぅー間一髪ですよ! 一歩遅かったらまっくろくろすけになっていましたよ!」
「ああそうだな」
俺は空返事をする。こっちもこっちで忙しいのだ。
「せ、先輩はなに覇気のない返事をしているんですか! 私のことどうなってもいいんですか!」
「なーにを話しこんでいるんだぁ!」
そこにマルスが拳を突き出して割り込んでくる。
「『焔蜥蜴【サラマンダー】――!』」
見計らったように、マルスの炎の柱が来る。それを電光石火の速さでユーカは避けていく。
マルスの炎の柱は絶え間なく発せられる。しかしその攻撃は、マルスの性格を映し出すように直情的で少しも作戦やひねりがないものだった。おそらく、マルスはいつも『実力』『根性』『熱血』で事を乗り越えていたんだろう。並の相手なら、それでなんとかなっていただろう。
しかし、ユーカは霊長類最強だ。何人たりとも敵わない。
「私には――効かないですよ!」
「はぁ、はぁ……このぉ、ちょこまかちょこまかとぉ!」
マルスは見た感じだいぶ疲れているようだ。魔法を見境なしに連射したせいだろうな。
「ぐへぇ、はぁ……。アシガボウノヨウデスヨ……」
まぁこっちのユーカの方もお疲れのようだけど。
「そろそろ、決着をつけてやるぞ! ちびっ子野郎!」
そう言ってまたマルスの手から炎の柱が発せられる。
右、左、右――とユーカ避けていく。
するとユーカは気づいた時には部屋の隅に追いやられていた。
「あ――」
「そこなら袋のネズミだぁ!」
後方は2つの壁のぶつかる隅。逃げるためには左か右の斜め前に移動しなければならない。でも少しでも前方に移動したら、相手から近い距離になってしまう。わずかな距離によって相手の攻撃が当たるか当たらないかの状態なのに、そんな危ない真似はできない。
ユーカは窮地に立たされていた。




