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6.亀退治

「らんららんららーん」

 ユーカとともに大自然を駆け巡る。

 しかし駆け巡るってレベルじゃない。らんらんらーんってレベルじゃない。

 時速100キロ。高速道路を走る自動車レベルの速さで走っている。

 とてもそんなスピードのやつと手をつないで走るなんてことできないので、ユーカが「本気で(100Km/h)走るから準備してー」という言葉を合図に俺はユーカの肩に乗り、ユーカ自動車、通称ユーカーに乗って大平原をドライブしていた。

「風が気持ちいですね先輩!」

「ああ、まるでオープンカーに乗っているみたいだ。乗ったことないけど」

「先ぱーい、このまま真っ直ぐですかー」

「おう、とりあえずそのまま北に100キロだ」


 “ユーカー”は順調に進んでいた。途中で昼食を挟み(おじいさんの家からちゃっかりくすねてきた食糧を頂いた)数時間ほどで目指す街が見えるくらいまで進行した。

「おお! 街が見える!」

 遠くに見えるのは壁に囲まれた街。ファンタジーを絵にかいたような街だ。

「ヤッホー先輩! 街にようやく到着しましたよー」

「ああ」

 それから数分後、俺たちは街の入り口に到着した。

 石で形成された絶壁。その一辺に造られた門。門の前には二人の衛兵がいた。

「さぁ、さっそく中に入りましょう!」

「ああ。そうだな」

「街に来たらなにをしよっかなー。人家に入ってツボとかタンスとか調べようかなー」

 こいつはすっかりゲーム脳になっている。

「ユーカ、くれぐれも勝手な行動は慎めよ」

「はーい、先輩!」軽い口でユーカが返事する。

 とにもかくにも街へ行ってみよう。


「ここは通せん!」

 そりゃそうだよな。

 街の門の二人の衛兵は俺たちの前に槍を構えて立ちふさがった。

「どーして通してくれないんですか!」

「このカールの街に入りたくば許可証を提示しろ!」

「え、きょうかしょー?」

 ちんぷんかんぷん状態のユーカの襟首をつかみ衛兵に対し「出直してきます」と告げ、俺たちは踵を返して門から少し離れたところで停止した。

「どうやら許可証がないと街に入れないようだな」

「そんなー! それじゃあまるでチョウセンミンシュシュギじゃないですか!」

「中世の都市ってのは城塞都市が基本だからな。こんなふうに城壁で囲んでならず者を拒んでいるんだ。なにぶん、この世界はさっきの“魔物”とかがいるみたいだから防衛に徹するのは必然なんだろうな」

「くそー! 街に入れやがれー!」

 ユーカは拳で石の城壁を叩くが、さすがのユーカの力でも高くそびえたつ城壁はびくともしなかった。

「ユーカ、とりあえず俺が何か策を考えておくからお前はそこで休憩して」

 おけ、と言おうとした瞬間。

「きゃー!」

 城壁の向こうから小さく、悲鳴の声が聞こえた。

「な、何事だ!」

 先ほどいた位置を向くと、悲鳴を聞いたのか衛兵たちは槍を持ち上げて声のする方を眺めた。そのあと顔をひきつらせて、二人は街の中へと走って入っていった。

「一体何があったんだ……」

 俺とユーカは衛兵のいなくなった門のところへ歩んだ。門には誰もいない。

「先輩! これって街の中に入れるチャンスじゃないですか!」

「許可もなく人の土地に入るのは不法侵入だと思うが……」

 といいつつ俺は衛兵の行方と悲鳴が気になったのでおそるおそる門を通って街へと入る。ユーカも後ろからついてくる。

 するとそこにはとんでもない光景が待ち構えていた。

「なんだありゃ」

 と呆けた言葉を投げかける先には――

 巨大な、岩のようにごつごつとしたザクロのような赤の甲羅。それを背負った黒くぬめりとした爬虫類の肌、何を考えているのか皆目見当のつかない野生的な顔立ちの亀が、街の通りの真ん中に存在した。

「うわー。なんでしょーかこりゃ、特撮の世界ですか。ガメラですか。それともRPGの世界ですかねー……」

 といつも気丈に振舞っているユーカでさえぼうっと答えていた。

 怪物。そう、怪物が街を襲っている。

 巨大な亀はのそりのそりと自由奔放に街を歩いていく。こりゃ本当にファンタジーというより特撮じゃないのかと言いたいぐらいに――よくあたりを見ると、亀の後ろにはつぶれた建物がところどころ存在した。そしてちらほらと見える逃げ惑う人、そしてあつまる野次馬ども。なんとかせねばと必死の顔の兵士たち。街のみんなは巨大な亀を眺めつつおのおの行動していた。

 その亀はというと、ゆっくりと歩きながらそばにあった石造りの雑貨店の建物に向かい、そして大きな口を開けてバクリと、建物を食べた。いや、食べたというより、食い散らかしたような感じで、建物をめちゃくちゃにしていた。

「うわぁああ!」

 石造りの雑貨店――『やなぎ工房(アトリエ・ウィロウ)』の中から古ぼけた頭巾をかぶったオーバーオールの中年の店主が出てきた。一目散に亀から遠ざかっていく。

「先輩どうしましょう! あの亀を放っておいたら街がめちゃくちゃになっちゃいますよ!」

「確かに、あの亀にどんな意思があるか分からんが、とにかく人類に危害を加える輩は放っておくわけには……ん?」と俺は口を止めた。

「どうしたんですか先輩?」

「いや、あの亀、どこかで見たことあるんだが……」

 あの造形の亀を、いつか見たことがある。いや、俺は亀を飼っていたこととかないんだが。

 そうだ、あの亀……昨日、おじいさんの家の魔物図鑑で見たことがある。

「あれはメガリスタートルだ」

「め、メガ……かめっくす?」

「肉食の獰猛な亀……と図鑑に書いてあったな」

「肉食って……まさか人間を食べちゃうんですか!」

 ユーカと俺が話し合っていると、

「あああああ! 私の娘がぁ!」

 と叫ぶのは先ほどの工房のおじいさん。おじいさんが目を見開いて見つめる先には――あの巨大な亀のきゅうりのような細長い顔が。その顔の口元に、ぷらんと何か、いや誰かがぶら下がっていた。言わずもがな、おじいさんの娘さんだろう。

 ぶら下がるおじいさんの娘は生き延びようと必死にもがいていた。しかし、亀の口は少しも開かない。ただ亀がゆっくりと、咥えている娘を腹の中へ放り込もうとしている。娘をぶらぶらと揺らしながらゆっくりと……。

「ユーカ、早く何とかしないと――」

 そう言って隣を見たが、そこにはユーカの姿がなかった。

 あたりをぐるりと見回し、再びあの亀の方へ視線を向けると――そこにユーカが拳を構えて亀と対峙していた。

 そしてユーカはすぐさま足をバネにしてマンションの二階くらいの位置にある亀の首に向かってジャンプパンチ。亀は衝撃を受け口をおもむろに緩める。口からこぼれるおじいさんの娘をユーカは両手でキャッチし颯爽と地に着地した。

 お姫様抱っこで抱えた娘をゆっくりと下ろし、駆けてきたおじいさんに押しやる。「あとは私に任せてくだせー!」と勇ましくユーカは答え、すぐさま亀へと向かい再びジャンプパンチを繰り出す。

 しかし、ユーカのパンチは亀の首に当たらなかった。

「なにぃ!」

 亀は己の首をこうらの中にひっこめた。跳躍していたユーカは亀の首のあった場所を突き抜け、甲羅の一部に拳をぶつけた。こうらは堅く、ユーカの拳はちっとも効かなかった。

「痛いっ! うわじーんって来た! じーんって来た!」

 亀はそのまま甲羅にこもったままじっとしていた。

 ユーカは亀に向かって連撃パンチを繰り出していくが、ただユーカの手が赤くなっていくだけであった。

「トマル先輩先輩! あんなのどうやってやっつけろって言うんですか! こうらにこもられちゃ攻撃できないじゃないですか!」

「そうだな。これはやっかいなことになったな」

「先輩は毎度のことながら冷製スープ並の冷静さですね……」

 こんなときこそ落ち着かないとな。

 しかしどうしたものか。目の前の亀を倒すにはどうすればいいのか。俺は昨日読んだ図鑑の中身を思い出しながら策を構成していく。

「そうだ……」俺は図鑑の中の一つのセンテンスを思い出す。

「くそー! マリォみたいに踏みつけたりとかできないんですかねー」

「ユーカ、一つ策を思いついたぞ」

「おおさすが先輩! どんなヒキョーな手を思いついたんですか!」

「“メガリスタートルは腹がやわらかく、叩かれると斃れる”と図鑑に書かれていた。つまり、あいつの弱点はおなかだ!」

「おお! たしかにおなかって触られたくないもんですからねー」

 といいつつユーカは俺の腹を人差し指で突いてきた。「先輩意外とキンニクシツー」うざいのでこっちもユーカの腹も突いてやる。あれめちゃくちゃ堅い、腹筋割れてる。それってヒロインとしてどうかと思うのだが。「きゃーせんぱいのえっちい!」ちっともえっちな感じじゃないんだけど。

 くだらないことをしている場合じゃない。

「とにかくあいつの腹を叩けばいいわけだ」

「でも先輩! あの亀、手と足と頭を殻に収めちゃって、おなかを地面に着けているからどうしようもないですよ」

「じゃあひっくり返せばいいんだよ」

「ひっくり返す?」

 俺とユーカは体をひっこめじっとしている亀の元へとむかった。

「まずはユーカ、この石畳をめくるんだ?」

「めくる?」

「そう、道路工事のように、まずは石畳を割ってくれ。お前の拳で」

「石畳を割ればいいんですね! とりゃー!」

 ユーカは掛け声のあと灼熱のエフェクトが見えそうなほど気合の入ったパンチを石畳に繰り出す。亀の前の石畳に亀裂が走る。

「よし、あとは石畳を取り除いていってと……」

 石畳を取り除くとそこには茶色の地面が顔を出した。ある程度石畳を取り除いたら、亀の甲羅のヘリに接していた石畳をとりのぞいたことにより、そこにぽっかりと小さな空間ができた。

「あとは長い棒が必要なんだが……」

 俺はあたりを見回し、遠くに見える亀によって壊された建物を見つける。

「ユーカ、あそこの壊れた建物の中から柱を探してきてくれ」

「がってんしょうち!」

 ユーカは1秒もかからず建物に向かい、一秒もかからず柱を手にしてこちらに戻って来た。

「先輩これでいいですか!」ユーカが抱えるのは長い木の柱。

「よし、これがちょうどいいな」

 俺はそれを先ほどの空白、石段の下の地面と亀の甲羅のヘリとの間に差し込む。

「先輩! 一体全体何をしでかそうというんですか」

「言っただろう。この亀をひっくり返すって。ユーカ、いくらお前でもてこの原理ぐらいは知ってるだろう」

「てこのげんり…………ああ!」

「大きなものを少ない力で動かしてやることができる。それがてこの原理だ。この石畳の石を置いて支店としてと……」

 長い柱をユーカと二人がかりで置いて、てこの完成。

「あとはこれを下に押すだけだ。お前の底なしのパワーでな」

「あいあいさー」

 ユーカが長い柱の一番端まで向かい、そこに全体重をかけて地面に着けようとする。

 柱の端が地面に着く直前、ぐわん、と亀の甲羅が弧を描いてひっくり返った。

「大成功だな」

 亀は仰向けに倒れ、じたばたもがいていた。

 弱点の腹をあらわにして。

「よっしゃースキありぃ!」

 ユーカは木の柱を両手で持ち上げ、上段に構え、振りかぶったまま走り、亀の腹に向かって跳躍した。宙に浮かんだユーカは腹に落下していきながら、頭の上の柱をビュンと縦に風を起こしながら振り下ろす。

「てやぁ!」

 亀の腹にユーカの柱の振り下ろしが見事に決まり、じたばたともがいていた亀は動物特有の悲鳴を上げて、しばらくすると停止した。

「やっつけたようだな」

 ユーカが柱を携えたままこちらに戻って来た。

「先輩! やってやりましたよ!」

「お前、そんな長いもの振り下ろしてよく腕が外れないな」

 一体どんな体してんだか、と思うのはいつものことだ。

「さぁて皆の衆! 亀を退治したスーパーユーカちゃんをほめたたえるがいい! いやー照れますなぁ」

 往来の真ん中で平らな胸を張って威張るユーカ。こいつはバカだからすぐ図に乗る。

 そんなユーカに対して、人々はなぜか冷たい目を向ける。

「え、なんで! 私なんで冷めた目で見られているの!」

 ユーカの奇行にみんなドン引きしているのか、と思ったがどうやら違うようだ。

 人々の目線はユーカの後ろの、兵士の集団に向けられている。鉄の鎧を着た兵士たち、そしてその前列には数人のとっくりセーターを着た男がいる。

「あれは……」

 俺は昨日読んだ本の内容を思い出す。たしか、この世界には『タートルネック教』という、亀を崇拝する宗教がメジャーとなっているようだ。

 宗教に疎いのか敏いのかよくわからない日本と違って、この世界の宗教は暮らしに密接で政治を凌駕する絶対的なものになっているみたいだ。ちょうど中世のヨーロッパ、宗教革命も起きてない頃のヨーロッパみたいなものかな。

 つまりだ。そんな世界で罰当たりなことなんかしたらただ事ではない。

 たとえば、タートルネック教の神の化身たる亀を殴殺なんかしてたら……

「偉大なるタートルネック教の神ケロネスの化身たる亀を痛めつけたのはお前か!」

「えっへん! 私が亀を倒したヒーローだよ!」

 ユーカは空気を読まずただ満面の笑みで答えていた。

「この罰当たり者がぁ! 捕まえろ!」

 と集団の真ん前に立つ禿髪のゆで卵みたいな顔立ちの男がユーカに指さして叫ぶ。男の後ろの兵士たちはユーカを取り囲み「ぎゃ何をするはなせ!」ユーカは手を縄で縛られ捕らえられた。

「な、なんで私こんなことにぃ! 私はただ街をおびやかす亀を倒しただけなのに! 

いやー! 何をするんだぁ! 離してぇ!」

 ユーカはただがむしゃらに叫んでいた。

「せ、先輩! 助けてください!」ユーカが俺の方を涙をこぼしながら見つめる。

 それに気づいてか、兵士の一人が俺を見据える。

「む! 貴様もこの女の仲間か」兵士が俺を睨みつける。

「いえいえ滅相もございません。こんな奴知りません。赤の他人です」

「なぁ! 何を白々しいこといってるんですか先輩!」

「はやくこいつを捕まえてください。神様の化身を殴殺するなんてほんと下劣なやつですね。許せませんよ」

「うむ、こやつには厳重な罰を与えてやりますからご安心ください」

「へぇ。それはおもしろそうだ」

「せーんーぱーい!」ユーカは手をバタバタさせて叫んでいる。

 俺はただそれを見つめるだけ。

「よーしこうなったら……私激おこなんだから!」

 ユーカは怒りをあらわにして、縛られていた縄をぶち切った。

「てやぁ!」

 とユーカは兵士の一人に殴りかかろうとした。


「やめろ――!」


 俺は叫んだ。心の底から。

 ユーカに向かって。

「やめろ……って先輩この期に及んで何をおっしゃるんですか!」

「ユーカ、人類の敵たる魔物を倒すのは別にかまわん。だが、少なくとも俺の目の前では、ユーカ、お前は人を傷つけるな。たとえどんな野郎でも、どんな悪人だろうと善人だろうと、手を出すんじゃない!」

「なんで手を出しちゃいけないんですか! こんな理不尽なことになっているのに!」

「いいかユーカ。手を出した奴は、負けなんだ……」

「え?」

 ユーカは売られていく子牛のようにドナドナと向こうの方へと消えていった。

 さらばユーカよ、永遠に。

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