プロローグ:ユーレイカ
それは6度目の死刑の時間だった。
法衣を着た、あの恐怖の魔王が手を伸ばす。
「君は覚者足り得なかった。この世界の真理を紐解くことができなかった。文字通り、君は世界の“ホコロビ”であって、そして奈落へと“コロビ”死ぬ運命であった。すべては運命の呪文によってきめられていた。さぁ、それでは運命に従い、君を“星”にしてあげようか」
あの新興宗教の教祖のような、髭と髪を纏ったあやしげな男が正面に手を突きだした。
その先には『コロビ』の姿があった。
「コロビ――!」
小学6年生の12歳の俺は正義の赴くままコロビの元へ駆けていく。
あの頃の俺は、正義の味方に憧れて純真に正義のために生きていた。すくなくとも、この時点ではまだ正義の炎は心のなかで燃え盛っていた。
6人の天才たちが死んでもなお、かろうじてその炎は燃えていた。
「兎毬木くん、だめよ。そこに行ったらあなたまで……」
遠くで俺以外の生き残った天才、アユミが叫んでいる。
「なに死に急いでんだよてめぇ! お前が死んだら俺たちの寿命が縮まるじゃねぇかよ!」
その隣で、もう一人の天才も叫んでいた。
でもあのときの俺は向かっていた。
コロビの元に向かい、そしてコロビを抱き留めた。
「コロビ――!」
「兎毬木くん!」
そこにコロビの笑顔があった。その笑顔はいつも見せていたあどけないものだった。その笑顔は、ときたま『ユーカ』の顔を思い起こさせていたが、今のこの一瞬だけは、それはただのコロビの純真な笑顔だった。
でも、その笑顔の上には、一粒の涙があった。
「コロビ! コロビは、俺が護ってやる!」
「兎毬木くん、ありがとうです。でもボクは、兎毬木くんみたいに賢くなかったから、だから……」
「なに言ってるんだよ! こんな理不尽な運命に、お前を殺されてたまるか!」
当時の俺は正面を見る。そこにはあの男がいた。
あの男は6人の天才を殺した。いや、殺したと表現できるものじゃなかった。全員が全員、まるで魔法をかけられたみたいに、科学で説明できないような人智を超えた力で“消滅”させられたんだ。
あいつは、魔法使いだ。
「こ、コロビは……殺させないぞ!」
俺はコロビの前に立ち、男に叫んでいた。
「兎毬木トマルくん、君は私と戦うのか?」
「俺は戦わない! だけど、お前に戦わずして勝ってやる! コロビは俺が護るんだよ!」
「なかなか君は勇ましい。だが、勇ましさだけではこの世界の真理を知りうることはできない。まだ君には猶予がある。せいぜい、君は残された猶予のなかでこの世界の真理を考えだし、覚者となるがよい」
そう言ったあと男は正面の手から光の球を形成させた。その毒々しい色の球を受けると、人間は死んでしまう。
「あっ……」
威勢のいいことを言っていた俺も思わず足がすくむ。どうしたらいいんだ。考えろ兎毬木トマル! 考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ――!
コロビが消えてしまうんだぞ!
「兎毬木くん、ありがとうです」
俺の目の前にコロビの姿があった。
「コロビ……」
「さようなら、兎毬木くん」
コロビは俺へと近づいた。そして俺の頬におもむろにくちびるを付けた。
それは幼い俺が経験した、最初で最後のファーストキスだった。
そのあと、コロビのもとに光が放たれる。俺の正面には太陽のようなまばゆい光が現れる。コロビの姿は後光の差す仏様のようになって、そしてその仏様顔負けの、なごやかな笑顔を浮かべていた。
「コロビ――!」
俺は失ってしまった。
コロビと、そしてかつて自分が思い描いていた“夢”を。




