4.河原の戦い 其の参
「すいません、武器はこれぐらいしかありませんで……」
そう言っておじいさんはユーカに『エノキのぼう』と『なべのふた』を渡した。
「やった武器だぁ! ってこんなショボイもんいるかぁ! こんな装備じゃ問題あり過ぎです! もうこうなったら拳で戦ってやる!」
そういって勇猛果敢に戸をあけて外に出るユーカ。
俺も続いて外に出る。
外に出ると予想通りゴブリンの姿が現れた。
計5体のゴブリンが並んでいる。棍棒を持ち、ブヒブヒ鳴きながら、エモノたる俺たちを眺めている。
「うわぁ、これぞまさに魔物って感じですね」
「そうだな。気持ち悪いぐらいにモンスターって感じのやつだな」
果たして目の前のモンスターはCGかAIか特殊メイクを施した役者か新種の生物か。
今はとにかく目の前のあれらを倒してしまおう。それが一番手っ取り早い。
「さぁ戦えユーカよ。高校生一、いや人類一の体力バカを見せつけてやれ!」
「おお!」
御剣ユーカは霊長類最強ともいわれていたりする。つまり“体力的に”強いんだ。
身長はその“最強”の文句とは裏腹に小さい。よく言えば小柄、悪く言えばチビ。具体的な数字を現すと現在の身長は確か145センチ。俺の胸辺りの高さである。ちなみに俺は180センチ。
そんなチビが、剣道着と防具をつけてデカイ剣豪の胴を打ちぬいていき、柔道着を着て巨大な相手を背負い投げして、空手の胴着を来て瓦を100枚も割る……なんていう、漫画にかいたようなことをしているんだ。
理論派の俺と対局を成す、精神論、根性論派。
そんな松岡修造を女体化したような奴が、なぜか俺のそばにずっといた。
「さぁ~鬼さんコッチら手のなる方へ~っと」
ユーカはいつもの天真爛漫で駆けていく。
どんな敵だろうと、こいつはおじけずくじけず立ち向かうようだ。
ブヒブヒと鳴くゴブリンの一体に向かってユーカは飛びかかる。
「てやぁー!」
「ブヒィ!」
ゴブリンはユーカに向かって片手で棍棒を振り下ろす。
しかしユーカは、ゴブリンの懐に素早く入り、そして棍棒を振りかぶる腕をスパッとつかむ。
そして腕をつかんだまま、
「やっ!」
ゴブリンを背負い投げする。
ゴブリンはユーカに背負われた後、宙を舞い地にドスンと叩きつけられる。
「ブヒー!」
すかさずユーカはゴブリンの棍棒を握る手を捻る。ゴブリンは痛がって棍棒を手から離した。転げ落ちた棍棒をユーカは左手で回収する。
「やっほー! 武器ゲット!」
ユーカは手にした棍棒を倒れるゴブリンの頭に叩きつける。ゴブリンは動かなくなった。
「さぁ成敗してやるー!」
ユーカは棍棒を持ちあたりのゴブリンを見据える。棍棒を手に持ったユーカは鬼に金棒だ。襲いかかるゴブリンを棍棒を振り回し応戦する。ゴブリンはユーカに向かって棍棒を振り下ろすが、それは身のこなしの軽いユーカによって躱される。
「へっへへーんだ。そんな遅いんじゃあ私に敵わないよぉーだ!」
ユーカは棍棒を振り上げる。
「てやぁー!」
ポンポンポン。
3体のゴブリンに向かって連続で面打ちをさく裂させた。ゴブリンたちは続けざまに倒れていく。
後に残るのは4体の倒れたゴブリンの姿。
「はっはっは! どうだ参ったかぁ! ユーカ様がいる限り! この世に悪は栄えない!」
棍棒を天に突き出して、有頂天になっているユーカの姿があった。
しかし……有頂天になっているときが一番危ない。
そうだ、勝って兜の緒を締めなければ。たしか最初ゴブリンは5体いたような……。
「あ! 先輩危ないうしろぉ!」
「へ?」
俺は後ろを振り返るまでもなく、雰囲気で感じた。
後ろから忍び寄ってきたゴブリンによって俺の頭が叩かれることを。
ユーカの握る棍棒は見た感じ重量があった。その重量×振り下ろす速度の2乗で運動エネルギーが求まるが、それで俺の脳に与える影響はいかほどかと。
死ぬな――普通なら。
ポカン。
俺はゴブリンの棍棒によって頭を叩かれた。
父さん母さんによって大切にされてきたその人類の宝になるかもしれない頭脳が!
「せ、先輩!」
「ドンウォーリーだ。ユーカ」
「え?」
俺は殴られても不動のまま。だって頭は大丈夫だから。
「ユーカ、実は俺ヅラなんだ」
「え? なになにそれ……」
「まぁ別にハゲているというわけではないんだがな」
人類の宝たる俺の脳はなにがなんでも守らなければならない。
というわけで俺は鋼鉄のヘルムのようなヅラを付けていたのだ。
これに守られていたおかげで棍棒ぐらいの攻撃じゃ問題ないということだ。
とりあえず俺は目の前のユーカに鋼鉄のヅラを見せてやる。かぱっと外す。それを見たユーカは驚きと興奮の表情を浮かべる。
「うわぉヅラ先輩だぁ!」
こーゆー嘲笑をされるだろうと思って今まで黙っていたのだが。
とにもかくにもまぁまずは後ろのあいつをなんとかしないと。俺は回れ右をして後方を見る。そこには混乱中のゴブリンが。こいつらはユーカ以下の理解度の無さだ。
「おお! ヅラ先輩! あのゴブリンと戦うおつもりですか! 先輩カッコいいー!」
がらにもなくきゃーきゃーざわめくユーカ。そんなユーカをしり目に俺は冷静にゴブリンを見つめていた。
「いや、ユーカ。俺は戦わない」
「えっ? 戦わない?」
「俺は戦わない。戦争なんて無益だしな。それに日本国憲法で交戦権は否認されているんだ。だから俺は戦わない。自衛はしても戦わないんだ」
「な、何をおっしゃってるんですか先輩。いきなり憲法の話って……」
「お前、日本国憲法の三大原則を憶えてるか?」
「え、さんだいげんそく? 確かえーと、ヘイワ主義と、えーと、サイショク主義と、チョウセンミンシュシュギ?」
「最初のしかあってないぞ。お前は本当に日本人か」
日本の将来が不安だ。
「とにかくだ、平和主義者の俺は戦わないんだ。たとえ相手が銃を持っていても、魔物(笑)だろうと戦わない。しかし、俺は勝負に勝つ男だ。成功者だからな」
「え? 戦わないのに勝つんですか? それってホコタテってことですか?」
「いいや、矛盾でもなんでもない。剣道家のお前ならこの言葉を知っているだろう。『不戦勝』という言葉を」
「あー不戦勝。対戦相手がなんやかんやあって出場できない時に戦わずして勝っちゃうシステムのことですか?」
「そうだ。俺は戦わないが勝つ男、不戦勝の男だ!」
指を突きつけゴブリンにそう告げる。ゴブリンは先ほど以上に混乱している。
「よ! 不戦勝ヅラ男先輩!」
「ヅラを付けるな」
「ヅラはかぶるもんですよ!」
「そうだユーカ。せいぜい俺を買い被っておいてくれ。不戦勝男たる俺の融資ならぬ雄姿をよく見ておくんだな」
そう言って俺は、後ろを振り向き、走っていく。
そう、戦わない俺は逃げた。逃げる。そう、それが俺の戦法だ。
「って逃げるんかい先輩! さんざんかっこつけといて何なんですかそれは! がっかりガガーリンですよ!」
逃げるが勝ち。そうだ、無駄な戦いなんてするもんじゃない。
インドアに見える俺だが、逃げ足だけは早い。しかしエネルギーが持続するのはせいぜい3分間だけだ。なぜなら今、体の全エネルギーを使って逃走をしているからだ。別に俺はスポーツの成功者は目指していなかったので体力は平均より下ぐらいの位置にある。だから3分間だけしか本気出せないんだ。ユーカの場合はエネルギーが切れてもなぜかエネルギーがみなぎって来るという謎の体質だが。
とにかく俺は逃げていた。川沿いを、川の流れに逆らうように走っていく。
「ブヒー!」
後方からゴブリンの下品な鳴き声がする。
俺の体力の残りはあと1分。余裕で間に合うな。
目の前に川を渡る、木でできた小さな橋が見えた。小さいながらも橋板がきれいに平らに敷かれている。
俺はその橋を走っていく。橋板をスキップするように走り、橋板の一部を飛び越える。
そして後ろをクルリと振り返る。
「さぁ下品な魔物さんよ。こっちへ来な」
「ブヒー!」
「思考しない奴は悪だ。努力しない奴は悪だ。そして負ける奴は悪だ。つまり、悪なるお前は負けるんだ!」
「ブヒィイイイイイイ!」
ゴブリンは棍棒を携え俺に向かっていく。
橋は高い。川ははるか底。あの小屋から随分上流に来たところだからだ。
そこから落ちたら痛そうだ。
「ブヒーッ!」
ゴブリンが転んだ。転んだゴブリンは立ち上がろうとするが、
「ブヒー!」
ゴブリンはまたもつるんと滑って転んだ。今度は滑りが大きく、橋から転げ落ちた。
高い橋から、下の川へと。
ざぶん、とゴブリンは川に着水。そのままどんぶらこっことゴブリンは流されていった。
「なにはともあれ、これで俺の不戦勝だ」
戦わずに勝つ。それが俺の信念。
不戦勝だ。
まぁ不戦勝するために、いろいろと策は練ってあったんだがな。かつら以外にも。
橋にワックスをかけておいてつるつるにしておいたんだ。俺が通る際はワックスを塗ったところを飛び越えて通ったが、ゴブリンの方はそのままワックスに気づかず通ったので、案の定つるんと転んで、コントみたいに川へと落ちていったのだ。
「ふぅ。俺のわずかな体力を費やしやがって。魔物ってのは面倒な奴だぜ」
俺は橋の上から川を覗く。川は絶え間なく流れていく。
すると、
「おーい、先輩。だいじょーぶですかぁ!」
ユーカの声が聞こえてきた。
「おうユーカ。ばっちり不戦勝してやったぜ」
「さっすが先輩! 頭脳で敵を倒すなんてクール!」
ユーカは橋を渡って俺のもとへ駆けてくる。
「あ、ユーカ。そこワックスかけてあるから危な」
いぞ、と言おうとしたら、
「ぬわっ! すべった! 何なのこれ! きゃ先輩パンツ見ないで! とと、ぬわっ! 滑って転んで今度はリングアウトォおおおおおお!」
ユーカは橋から転げ落ちた。
ドボン。