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20.再び旅立ち

 そしてその夜。宿屋にて。

「よしよーし。クマゴロウちゃーん。からだなでなでー」

 ユーカがクマと格闘していた。

 じゃなくてクマのぬいぐるみと遊んでいた。

 俺がクマのぬいぐるみを買ってやった。どうやら等身大のリアルクマはお気に召さなかったようで。

「きゃーん、毛がふわふわだぁ。きもちー」

 このように、クマを抱きしめてはしゃいでいるので、ユーカは一向に眠らない。ぬいぐるみがないと眠れないと言っておきながら、逆に夜更かししては意味ないじゃないのか。

 しかしなんだろうか。クマのぬいぐるみを抱いているユーカは本当に人間の女の子のように見える。という錯覚が生じている。

「ユーカ、楽しんでいるところ悪いが」

「何ですかクマぁ」

 “クマぁ”ってなんだよ。こいつはだらけるときはとことんだらけるんだなぁ。

「明日、この街を出るぞ」

「街を出る? どうして街をでるんですか?」

「どうしてもなにも、俺たちの目的はこの世界から脱出することだ。そのための方針もあらかた決まったから、この街を出るんだよ」

「ほーしんって、元の世界へ帰れる方法が分かったんですか!」

「いや、今のところ魔王と勇者の持つ“無限の力”が怪しいということぐらいしか分かっていない。その勇者と魔王も100年前に居たかいないか曖昧な存在だ。雲をつかむような話だ。でも、一つだけ、手掛かりになるかもしれないことがある」

「手がかり? なんなんですかその手がかりって?」

「魔王の復活……を、誰かがしようとしている。そのための工作を行っているやつがいる……みたいだ」

その工作を行っているのは、言わずもがな、イージスのことだが。

「ま、魔王の復活って、そんなチューニビョウみたいなことしようとしているやつがいるんですか!」

「世の中物騒なことを考えるやつはごまんといるんだ。それによってどのような利益が出るか、鬼が出るか蛇が出るか分からないがなぁ」

「で、先輩! そんな魔王の復活を行おうとしているやつは一体誰なんですか!」

「誰かは分からないが、おそらく魔女の誰かがやろうとしているようだ」

 魔女たるイージスが、魔王復活の工作を行うのなら、そのオーナーである人物は十中八九魔女であると思われる。なにせ、魔女は内向的かつ迫害されているので魔女以外に関係のある人間はいないはずだ。

「魔女! この世界には魔女がいたんですか! じゃ、じゃあこの前見たあのくみわけぼうしをかぶった子も魔女なんですか!」おそらくイージスのことを指しているんだろう。

「ああ。魔女というのは今では少数派で、ほとんどが『北の荒城』に住んでいるようだ」

「北野工場? なにを作ってる工場なんですか?」

「“荒城の月”の荒城だ。荒れた城という意味だ。そこは今じゃ少数となった魔女の棲家みたいになっているようだが、昔、100年前はそこに魔王が住んでいたそうだ。そこにもしかしたら魔王に関する何かがあって、そしてそこで魔女が魔王復活をしようと……していると思うんだ」

 推測ばかりだが、しかし今はわずかな手がかりでもいいから手にしなければならない。北の荒城、そこで魔王復活が行われるのかもしれない。

「じゃ、じゃあ先輩! とにかくその北の荒城に向かえばなにか手がかりが見つかるんですね!」

「ああ。たぶんな」

もしかしたらそこにブラックホールかホワイトホールの跡みたいなのがあったりして。そんなうまいこといかないとは思うがな。

「とにかく、明日はこの街を出るぞ。明日のために旅支度でもしておけ」

「はーい先輩! じゃあおやつの準備をしときますね。先輩バナナはおやつに入りますか! あとチーズタラはおつまみorおやつのどちらに……」

 こいつは遠足気分かよ。


 そして旅立ちの朝の日。

 俺たちが宿屋をチェックアウトして出ようとすると、外に一人の髭の男がいた。あれはアルビーさんだ。

「おう! 師匠! 師匠だけに死傷していなかったんですか!」朝っぱらからブラックジョークをかますユーカ。

「ミツルギユーカ、お前は、強い」

 おぼつかない口調でアルビーさんが言った。

「お前は、さらに、強くなる。だが、決して驕るな。つねに初心を忘れず、己の信念を曲げず、真剣に打ち込むんだ!」

「はい!」ユーカが真面目な顔で答えた。それは部活中やおじさんとの稽古中に見せる、本気のユーカの顔だった。いつもの顔とは180度違った。

「ミツルギユーカ、これは選別だ、もっていけ」

 そういうとアルビーさんが脇に携えていた、木刀を取り出した。

 それをゆっくりと両手に持って、ユーカに仰々しく差し出した。

「お! 師匠! こんな立派な木刀を下さるんですか!」

 ユーカがこの前買ったお土産用の『勇者の木刀』と比べ物にならないほどの立派な造りの木刀だった。どう素晴らしいのか、具体的には説明しにくいが、見た目がどうも本物っぽい作りになっている。

「この木刀は、シギ村の、霊木から切って作られた、丈夫なものだ。これなら、魔物も、一網打尽にできる」

「おお! こんな素晴らしいものを頂けるとは感激です! ありがとうございます師匠!」

「立派にやるんだぞ」

 アルビーさんは俺たちに背を向けて歩き出そうとする。この人もイージスのように言葉のキャッチボールが苦手なようだ。

「し、師匠! 師匠はどこに行くんですか!」

「私も旅に出る。私は、私を見つめなければならないから」

「ほー、自分探しの旅ですか!」

「私は、過去の記憶がないから、それを探さなければならない」

「え……過去の記憶がないってなにその新事実!」

 どうやらアルビーさんには過去の記憶がないらしい。いわゆる記憶喪失というやつか。

「私は、おそらく、戦いの際に頭を打って記憶が飛んだらしい。剣士であったことは分かるのだが、他は、自分の本当の名前さえも覚えていない。だから私は自分を探すことにする」

「お、おう! なにはともあれ師匠頑張ってください師匠!」

「ああ、私は、南へと向かう。王都の方へ向かってみる」

 ちょうど俺たちとは反対の方角だ。旅を共にすることはできないみたいだ。

「私たちは北の荒城に向かいますから! お互い頑張りましょう師匠!」

「ああ、がんばれよ。ミツルギユーカ。それと、あなたも」

「はい、こいつの面倒なら責任もって見ますから安心してください」俺はアルビーさんに言った。アルビーさんはわずかに顔を緩めて笑顔を浮かべた。

「ばいばいー! 師匠! ご達者でぇ!」

 アルビーさんの後ろ姿は次第に小さくなっていき、街から姿を消した。

「よーし、それじゃあ私たちもこの街を出ましょうか!」

 ユーカは木刀を天に掲げる。

「この木刀の名前は……そうですね、これは私の今は亡き愛刀『タチウオ』および『タチウオ弐』を哀悼するという意味で、『タチウオ産』というのはどうでしょうか!」

「タチウオ産って……スーパーで売っている鮮魚のような感じがして気抜けがする。“三”というのを表現したいなら普通に大字の“参”を使え」

「おお! じゃあ『タチウオ・参<サード>』と言うことですか! なんかかっけぇ! で、先輩! サードってエイゴでどう書くんですか?」

 俺はやかましいユーカからふと目を離して、北の空を眺めた。

「あっ……」

 空に黒いシンボルが浮かんでいた。

 それは魔女の姿だった。魔女はほうきに乗って青い空に浮かんでいた。なんの障壁のない空をまっすぐに、北に進んで飛んでいた。

 青い髪がたなびいていた。あれはイージスの姿だ。

 また何も言わず彼女は行ってしまった。向かう先はおそらく俺たちと同じ――北の荒城なんだろう。

「って、先輩聞いてますか! サードとサドってどう違うんですか!」

「ユーカ、俺たちは気を引き締めなきゃならないようだ。今度対峙する敵は、なんてたって魔女だ。一筋縄ではいかないかもしれない」

「でも先輩は勝っちゃうんでしょ!」

「ああ。勝たなきゃ意味がない」

 ついに俺は魔女と戦うことになる。人智を超えた力……一度はなすすべなく恐怖した“あの”力に、俺は対抗できるんだろうか。

 そんな俺の心配をよそに、ユーカはセーラー服のポケットからマントを取り出した。

「じゃーん」

「いつのまにそんなの買ったんだよ」

「雑貨屋さんで買ったんですよ! セーラー服もいいですけど、せっかく異世界に来たんですからこういうのもかっこいいじゃないですか!」

 ユーカ自分の身体ほどの大きさのマントを自分の前に広げて、風にたなびかせる。そして後方にそれを回して、角と角を首の前に運び、それをきゅっと結える。

 木刀『タチウオ・(サード)』を前に構え、勇ましい姿で。

 その姿は、まるで勇者。

 マントと、セーラー服のスカートが風にたなびいた。

「さぁ行くぞ! 北野工場へ!」ユーカは木刀片手に歩き出そうとする。

「待てユーカ。戦闘はお前だが、先頭は俺だ。お前はしんがりでもやってろ」

「ふぎゃ」

 図に乗っているユーカを後方へ送る。

「魔王か勇者か分からんが、俺たちはそいつをとっ捕まえてやるぜ。そしてこの世界から脱出してやる!」

「おー!」

 俺たちの冒険は今から始まった。

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