表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/102

19.ルーズベルト大統領のクマ

 昼食を食べ終えた後、しばらく街を歩いていた。あまり本ばかり読んでいても体がなまる。俺もユーカを見習って散歩でもしておこう。

 すると目の前にユーカとアルビーさんが現れた。

「てやああああああああ!」ユーカが叫ぶ。

「トリャアアアアアアア!」アルビーさんが叫ぶ。

 往来でバトルが勃発していた。無視して俺は歩いていく。超人同士の戦いなんて、観戦するだけでも命取りだろうから。


 俺は街をマッピングしながら歩いていく。

 その途中で、俺はまたも、あの魔女イージスと遭遇してしまった。

「おう。奇遇だな」

「…………」

 なんだろうか。俺はこの子と遭遇する運命にあるんだろうか。

 目の前のイージスは向かいの店の雑貨店をじっと眺めていた。なんで雑貨店なんかをじっと見ているんだろうと思って、イージスの見つめる先を見てみると、そこには一体のクマのぬいぐるみがあった。

 なぜクマのぬいぐるみが。

「あのぬいぐるみを狙っているのか?」

「…………」

「あのぬいぐるみが欲しいのか?」

「…………ン」

 イージスは顔をうつむかせていた。恥ずかしがっているのか。

 なんだろうな。欲しいものがあれば買えばいいのにな。それとも金がなくて見るだけにしているんだろうか。

 なんだか、イージスを見ていると忍びなくなってくる。こんな小さな子がぬいぐるみをじいっと見ていると、なんだろう、母性本能というやつだろうか、親心的なものが芽生えてくる。

「ぬいぐるみ、買ってやろうか」と俺は自然と口にしていた。

「え……」

「いやなに。昨日のことの詫びと、今日本をプレゼントしてもらったからそのお礼にさ。お前にプレゼントしてやるよ」

「いいの?」

「ああ。これも何かの縁というやつだ」

 というわけで、俺はイージスのため、クマの人形を買ってやった。


 イージスはふわふわの毛のクマの人形を抱きかかえていた。

「どうだ。その人形気に入ったか?」

 イージスはコクリとうなづく。

「……ありがとう」

「いえいえ。どういたしまして」

 イージスはクマの人形をじっと見つめていた。顔は無表情だが、内心は喜んでいるんだろうか。

 それを抱えて、イージスはすたすたと街道を歩いていく。

「じゃあな」

「さようなら」

 会話のキャッチボールがいまいちなまま、イージスは去っていった。

 さてと。俺の方は宿に戻るとするかな。

「ガルルルルルルルルル!」

 突然後ろからオオカミの声が。なんで往来の真ん中でオオカミの声が聞こえてくるんだよと思いながら後ろを振り向くとそこにはユーカがいた。

「おうユーカ。どうした。アルビーさんとの稽古はどうなったんだ」

「師匠なら……私が倒しちゃりましたよ」

「え?」

「これだぁ!」

 ユーカが掴んで向けるのは……あの師匠のアルビーさんの生首……じゃなくて、ぼろ雑巾並のボロボロのアルビーさんの姿。襟首を掴んでこちらに呈している。アルビーさんは気絶して一向に動かない。

「一体何が起きたんだ。アルビーさん死にかけてるぞ」

「私が倒してやったのだ! 出力9000%の私ならどうってことなかったぁ!」

 ユーカとアルビーさんがどんな人知を超えた壮絶な戦いをしていたのか知る由もないが、アルビーさんの姿を見るだけで、ああ、うん。そんなすごいことがあったんだね……ということが身に染みてわかった。

 とにかくユーカは勝った。

「おめでとうだユーカ。師匠に勝ったということは免許皆伝じゃないか」

「ちっともよくなーい!」

 ユーカは叫んでいる。何に対して叫んでいるんだろう。

「一体何を叫んでいるんだユーカ」

「もう、師匠のことはどうでもいいんですよ! ほい!」

 ユーカはアルビーさんを投げ捨てた。

「それよりも先輩! さっきの子は何なんですか!」

「え? さっきの子? なんのことやら」

「とぼけないでくださいよ! あのくみわけぼうしをかぶった魔女みたいな水色の髪の女の子ですよ!」

「魔女みたいな水色の髪の……ああ、イージスのことか」

 どうやらユーカはさきほどのイージスとのぎこちないやり取りを眺めていたようだ。

「イージスって……下の名前で呼んでいるなんて、先輩はその女の子と遊んでいたんですか! 私が必死になって稽古している間先輩はあの女の子とイチャイチャしていたんですか!」

「いや、おれはべつにいちゃいちゃは」

 していないが。

「先輩はあの女の子とどういう関係なんですか! ま、まさか、行き着くところまで行きついちゃっている仲なんですか! あんなちっちゃな女の子に手を出すなんて先輩はロリコンなんですか! 先輩のけだもの野郎!」

 なんだか俺はいわれのないことを言われているみたいだ。

「ユーカ、べつにイージスとはそんな仲ではないぞ」

「そ、そんなこと言って! 私は見てたんですよ! 先輩がそのイージス艦ちゃんと雑貨屋さんにいたところを! そしてクマの人形をプレゼントしていたところを!」

「なんだユーカ。そんなところまで見ていたのか。まぁそうだ。お前の見たとおりプレゼントしたがそれがどうしたというんだ」

「どうしたもこうしたもないですよ! あのシュセンドキングと言われていた先輩が、女の子にプレゼントを贈るなんてどういう風の吹きまわしなんですか! なんですか先輩! あの女の子がかわいかったからちょっとプレゼントしようかなとか思っちゃったりしちゃったりしたんですかぁ!」

「いや、なんだ。あれだ、俺にはあいつに詫びをしなきゃならなかったからな」

「わび?」

「実は昨日、俺はあの子の胸を触ってしまってな。その詫びだ」

「…………ヒギィイイイイイイイ!」

 ユー火山が爆発した。地域の皆さんは避難してください。

「女の子の胸を触ったぁ! しかもあんなちっちゃな子のぉ! 先輩は決定的なロリコンなんですか! なんですか! ない胸が好きなんですか! 平らな胸がお好きなんですか!」

「いやユーカ落ち着け。別に俺は故意にやった訳じゃなくてな」

「言い訳無用ですよ先輩! もぉー! 先輩のバカバカバカ!」

 ユーカが本気で怒っている。大地が震える。空気がよどむ。雲が寄せ集まり黒くなる。ユーカが燃える。

「100000%の私の力を見よぉおおおお!」

 ユーカはまるで稽古の成果を見せるように、本気で俺に向かってきた。

 俺はその攻撃を一時間必死に避けることとなった。


 そして一時間後。

「はぁ……はぁ……」さすがの俺も息が荒くなる。

 脇に捨てられていたアルビーさんの姿はいずこかへ消えた。

 後に残るのは台風の中心たるユーカの姿だけ。ユーカは力を使い切ったのか、腹が減ったのか、その場でじっとしていた。

「うぅ……。先輩は……どうして気づいてくれないんですか……」

 気づくってなにをだよ。こいつはたまによくわからんことを言う。

「お前が何について怒っているかよくわからんが、とにかく、俺はあのイージスとは情報を聞きだすために付き合っていただけなんだ。イージスは魔女で、ついでに勇者のことを調べているって言っていたから、付き合っていただけなんだよ」

「そうだったんですか。先輩」

「そうだ」

「先輩は、ちっちゃなお胸のほうが好きなんですか」

「どこからそんな話題になったんだ。俺は胸なんかで人は判断しないからな」

 それを聞いてユーカは胸を、ない胸をなでおろす。

「えっへへ」

 と意味もなくユーカは笑った。

「せーんぱい」

「何だユーカ」

「ちょっと、おねだりしてもいーですか」

「おねだりとはなんだ。この倹約家たる俺になにをねだるんだ」

「私もぬいぐるみが欲しいんですよ! ぬいぐるみがないと夜眠れないんですよ」

「そうか、お前もぬいぐるみが欲しいと」

「そうです!」

「お前はどんなぬいぐるみが欲しいんだ。サンドバッグか、それともサンドバッグか」

「なんでサンドバッグを押すんですか! そもそもサンドバッグはぬいぐるみと呼べないですよ!」

「お前の抱きしめるぬいぐるみなんてサンドバッグぐらいしか思い浮かばんからな」

「ひ、ひどーい! 先輩は私をなんだと思っているんですか!」

「すくなくとも人間とは思ってないから安心しろ」

「私は人間の女の子なの! ほんとにもう先輩は……もぅ」

 しかし、ユーカがぬいぐるみを抱いて寝てる様相なんて想像できない。あいつの場合、ぬいぐるみに寝技を決めて締め付けている様相しか思い浮かばない。

「私はクマのぬいぐるみがいいんですよ!」

「クマのぬいぐるみねぇ」

 ああ、クマのぬいぐるみか。それならユーカに似合いそうだな。

「よし、そうだな。お前も昨日と今日頑張っていたようだし、ごほうびに買ってやろうか」

「わーい」

 俺もつくづく甘い奴だと思った。


 俺たちは雑貨店に到着した。

「じゃあ先輩! わたしにあのクマさんを!」

「いやユーカ。お前にはもっとピッタリのクマのぬいぐるみがあるぞ。そんな安物より、いいものを買おうじゃないか」

「え、いいものって」

「こっちに来るんだ」

 俺は店内の奥へと向かう。ユーカも続いてやってくる。

「このクマのぬいぐるみのほうがお前に似合うだろう」

「え、これって……」

 目の前にあるのは、俺の身長よりも大きい、実物大のクマを精巧に再現した『熊のぬいぐるみ』だ。

「猟師さんが狩ってきたホンモノのクマの皮をかぶせて作ってあるそうだ。しかも等身大だ。どうだユーカ。これならクマとの実践をシュミレートした訓練とかできていいと思うが」

「ふざけるなぁ!」

 ユーカは雑貨店の巨大ハンマーを俺に向けて振ってきた。

「こんなリアルなクマを女の子にプレゼントしたら10人が10人ドン引きしますよ! なんてものをプレゼントしようとしているんですか先輩は!」

「なんだよ。せっかくお前の趣味に合わせてやったのに」

「先輩のバカ! ドンカン! トンチンカン! 女心を察しろぉ!」

 なんだかよくわからないけど俺はユーカに攻撃されている。どうにも今日のこいつ、情緒不安定だなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ