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18.犬も歩けば

 昼間。ユーカはアルビーさんの剣術教室に向かったので、俺の方はスマホをいじりつつ図書館に向かっていた。

 石畳の路地をスマートフォン片手に歩いていく。

『ごーしゅじんさま! ロカはずっとさびしかったんですよ! うわぁああああああん!』

 ケータイ画面に映るのは涙を流す二次元キャラ。エメラルドの長い髪と幼い体躯、ワンピースを来た保護欲そそるその少女はいわゆる人工無能。

 人工無能とは、人工知能とは違うものだ。人工知能にはボトムアップ型とトップダウン型の二つがあるが人工無能はその後者を目的としたものである。

 簡単に言えば、人工無能というのは相手の言葉に対して機械的に反応する疑似的な人工知能のことだ。「おはよう」と言えば、データベースから検索して『おはよう』と返し、「バカ」と言えばデータベースから検索して『うわぁあああんバカにしたー!』と泣いたり……数値を数式に当てはめて解を得るような、そんな感じのものである。

 まぁためしに少女『ロカ』と会話してみようか。

「かわいいね」とつぶやいてみる。

『もーごしゅじさまったら! わたしてれちゃいますよぉ!』

「かわいいね」と再びつぶやいてみる。

『ぷしゅー!』ロカの顔が赤く染めあがった。湯気のエフェクトが繰り返される。

「うるさい」とつぶやいてみる。

『シュン……ごめんなさいごしゅじんさま……』しゅんとした顔になり声を潜める。

「イギリスの正式名称は?」と尋ねてみる。

『“グレートブリテン及び北アイルランド連合王国”でございまーす!』と機械的に答えた。

 まったく、こんなある一定のユーザーにこびたようなアプリを誰が開発したというんだ。開発者の顔が見たいものである。

 まぁ俺が開発したんだが。絵は外注だけど。

 このアプリの現在のダウンロード数が気になるものだ。初回で1万ダウンロードしたのだが、バグ報告とかないか心配である。こうなったら自分で細かいバグを探してみようかな。

「かわいいね」とつぶやいた。

「ありがとう」と返ってきた。あれ、こんな返答のプログラムはしていないはずだが……。

「……ありがとう」

 目の前にあの魔女風少女、イージスがいた。

 イージスはいつものように無表情で、日が照ってあたたかい日であっても、ブカブカの黒いローブと三角帽を身に着けていた。

「えーと」

 なんだかよくわからない状況になっている。俺は画面の『ロカ』に対して「かわいいね」と言ったのだが、イージスがそれを自分に対して言ったことだと誤解している。

「か、かわいいね……その三角帽」

「ありがとう」三度目のありがとうだった。なんとかお茶を濁しておいた。とりあえずスマホをしまっておこう。

 イージスは何食わぬ顔で、というかいつもの無表情で往来を歩いていた。魔女は世間から迫害されていると聞くが、大丈夫なのだろうか。

「イージス、お前は普通の人に見つかっても大丈夫なのか?」

「だいじょうぶ。普通の人には見えない」

「普通の人には見えないって、魔法でもかけているのか?」

 俺たちの居た世界にも光学迷彩やメタマテリアルなどが開発されていたが、魔法でも目に見えなくする方法とかあるんだろうか。

「……って、普通の人間に見えないって、俺には見えるけど、どういうことなんだ?」俺は普通の人間だと思うのだが。

「あなたは、れいかんが強い」

「れ、霊感……」

「だから、弱レベルの不可視(インビジブル)の魔法なら、魔女を認識できるのかも」

 霊感……って、たしかに霊というものが存在しないと科学的に完全に証明できないだろうが、しかし、俺にその霊が見える力があるとは……。心霊写真とか見たことないのに、いささかうさんくさいが。

 そういうと、イージスは突然踵を返して俺の元から帰ろうとする。話すことがなくなると、何も言わずに帰って行くとはマイペースなものだ。

 俺はイージスの背に向かって声をかける。

「待てイージス、お前に聞きたいことがある」

 イージスはくるりと体を回して振り向いた。水色の髪がたなびく。

「お前は、魔王を復活させるのか?」


「魔王の復活は、着実に進行している。お前たちは、指をくわえて待っていろ」

 とカールの街でイージスはつぶやいていた。そしてファナさんをドラゴン化させるため工作をしていたことも言っていた。

「……………………よぼうせん」

 どうして勇者を探しているんだ? という俺の問いに、イージスはそう答えた。この予防線とは、もしかして『魔王が復活した際の予防線』なのか? 魔王が復活した際、勇者も復活してしまったら倒されてしまうのがオチだ。だから、勇者が何かの間違いで復活しないよう画策していた……

 どちらにせよ、このイージスという魔女が魔王を復活させるための準備をしていることは分かった。

 しかし、腑に落ちないところもある。この子、イージスはどうして魔王復活のことを俺に隠さないのか。そしてそれを知った俺をどうして野放しにしているのか。

 一般人たる俺が知ったところでどうとでもなると驕っているのか。その可能性はあるかもしれない。なにせ、相手は魔女だ。普通の人間より力を持っていたら、普通の人間をその辺の虫みたいに、微小レベルの存在と認識するかもしれない。犬に秘密事を話すようなもの――だとでも思っているのか。

 しかし、目の前のイージスが本当に魔王復活なんかやろうとするんだろうか。魔王は100年前に勇者ウルスラの無限の力と衝突し、別の世界『彼岸の世界(イデア)』へと飛ばされたと言うが、その飛ばされた魔王を、魔法を使えば呼び寄せることができるのだろうか。


 イージスはただ立ち尽くしていた。俺の問いかけに、答えようとしない。

 と思ったら、しばらくするとゆっくりと口を開く。

「私は、魔王を復活させる。そのために、動いている」

「なんのために魔王を復活させようとしているんだ? そんなことして、お前に何の利があるんだ? まさか、魔女が迫害されていることと何か関係があるのか?」

「…………」イージスは答えなかった。

 イージスの言動はどうも不思議だ。重要なことを聞くと、なにもしゃべらなくなる。かといって、そのことをひた隠しにしている風でもない。

 なんだろう、どうにもイージスの行動には“主体性”がない。

 まるで、なにかに操られているような……。

「まさか、誰かに指図されて、お前は魔王復活をしようとしているのか」

「…………」イージスは答えなかった。

 答えというのは、そう簡単に見つかるものじゃない。見つからないのなら、調べ、考えるしかない。

 “魔女”という存在について、俺は深く知らなければならないのかもしれない。

 ふと気づくと、イージスは歩き出そうとしていた。

「カァァッ!」

 遠くで、おもむろにカラスの鳴き声が聞こえた。真昼間に、建物の屋根の上から一匹、俺たちを見下すように鳴いている。

「待ってくれ、イージス。一つ頼みがあるんだが……魔女について、いろいろ教えてくれないか? あそこの図書館じゃ、大した情報は載っていなかったんだ。だから……」

 そういうと、イージスは俺の学ランの裾を持って引っ張る。そのまま俺ごと引っ張って連れて行こうとする。

 どこへ連れて行こうとしているんだろうか。

「ちょ、ちょっとイージス一体どこへ……」

 俺はなすがままの状態で、イージスに引っ張られていく。


 連れていかれたところは、昨日来た『ウルスラグナ図書館』。

 を通って、司書さんが居眠りしているところを見計らって、例の地下の図書館へと向かう。

 そして、あの本棚の前に立ち、本棚の決められた位置の本を引いて、『秘密の図書館』への入り口を解放する。

 暗いその通路を通っていく。

「あなたはそこで待ってて」

 今まで引っ張られていた学ランの裾をイージスは離して、一人部屋の中へと入っていく。

 そして本を物色する。俺は待ちぼうけを食らう。


 しばらくするとイージスは手に二冊の本を持って帰ってきた。

「これを読んで」

「ん?」

 渡された本を見る。

『WIZARD HISTORY』と書かれた本と、『MAGIC RULER』と書かれた本であった。

 この本で魔女のことを勉強しろと言うことか。

「えーと、この本は持って行ってもいいのか」

「かまわない」

 そう言った。この子の一存で本を買って持ち出していいか分からないが……まぁいいか。細かいことは気にするな。

 本を抱えて俺たちはその場を後にする。

 こちらに来るときも、帰るときもイージスとの間に会話はなかった。イージスはどうもあのやかましいアホ幼馴染と対極をなすように、おとなしく無口なやつだ。


 図書館を出て暖かな日が差す通りへと出た。

 そのまま何も言わず帰ろうとするイージス。

「さてと……」

 ちょうど昼だ。どこかの店で腹ごしらえでもしようか。

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