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11.図書館の魔女 其の壱

 アルビー剣術教室を出て右手に見える『ウルスラグナ図書館』へと俺は向かう。正面の大きな木製の観音扉を開けて、中へと入っていく。

 中はうっすらと紙と木の臭いが漂っていた。内部は木製で、広さは町の図書館レベルのそこそこの大きさだ。その内部に書棚がずらりと並んでいた。入口隣りにはカウンターがあり、司書らしき人が本の整理をしていた。

 さて、早速調べ物をしようか。

俺は早速、一番手前の本棚の本を取る。

 ここの本をとりあえずざっと全部読んでみることにする。


「ふぅ……」

 一気に100冊は読んだのでちょっと休憩。入り口手前のカウンターの向かいに備え付けられたテーブルについて休憩していた。

 テーブルの真ん中に置かれた花瓶がある。その花瓶に活けられたスミレを眺めながら俺は先ほどまで読んでいた『歴史書』について整理していた。

 この“アナザー”の世界の歴史について。

 世界は初めオスの亀オガメスとメスの亀メガメスによって作られ、その息子のケロネスが一つの世界となってその甲羅に大地を作り上げ、草木を萌芽させ、生命を誕生させ……

 と宗教的な話は置いといてだ。

 それよりもめっぽう気になったのは、100年前の出来事について書かれた書物についてだ。100年前。俺のいた世界の100年前には忌まわしき第一次世界大戦が勃発していたのだが、こちらの“アナザー”の世界でも、忌まわしいことが起きていたそうだ。


 100年前、この世界では魔王が世界を支配していた。


 と100冊の歴史書のどの本にもきっちりとこう記されていた。

 まさか、あの『勇者物語』で言われていた話が歴史書に明記されているとは驚きだ。この世界ではあの『勇者物語』のことが事実として認識されているのか……。

 歴史書を読む限り、真偽はよくわからないが、とにかく魔王的な何かがこの世界を支配していたという。100年前に。魔王は己の“無限の”“無尽蔵の”力を使って、対抗する者、抵抗する者、拒むもの、兵士や剣士を倒していき、北の荒城を拠点としてその一帯を支配したそうな。そして己の無限のパワーによって、魔物をつぎつ ぎと生成していったそうな。記述によると、魔王の腹の中の“暗黒物質(ダークマタ)”から魔物がぞろぞろと誕生していったみたいだ。で、その魔物を使って、魔物をこの世界中にはびこらせ蔓延させ、世界を征服したそうな。

 で、世界は魔王によって支配させられ暗黒の浮世となったそうな。あの初めに出会った低能なゴブリンとかワーウルフとかそういう魔王の手下たる魔物が支配する世界だ。とても住み心地の良い世界ではなかっただろう。農民や町民は毎日毎晩働かされ、気に食わなければ虐殺され、政治経済司法は麻痺し……のまぁ、北斗の拳みたいな荒廃した世界になったみたいだ。

 人々は、魔王を倒すべく、救世主を心待ちにしておりました……というあおりの後、颯爽と現れたのは、“光り輝く勇者”だったそうな。

 勇者の名はウルスラ。あの劇と漫画に出てきた勇者だ。剣を持ったいかにも勇敢な風体の金髪で青い目をした少年――の挿絵がある本に載っていた。その少年が立ち上がり、一人の魔女と、一人の盗賊を仲間にひきつれて、魔王のいる北の荒城へと向かったそうな。

 そして勇者ご一行は魔王と対決。苦戦を強いられ、窮地に立たされた勇者ご一行。だが勇者はあきらめなかった。最後の力を振り絞り、勇者は魔王へと立ち向かう。そして勇者は己の白い“無限の力”を発動させ、無限の力を持つ魔王と対抗した。魔王と勇者は己の力がぶつかり合い、その衝突の跡、双方が消滅したそうな。

 こうして、勇者が犠牲となって、魔王は倒れたそうな。

 という話だ。ほとんど読んだ『勇者物語』の話と一緒だった。

 魔王が支配していた……。これは本当の話なんだろうか。宿屋でほかの客の話を小耳にはさんだ時も、ちっともそんな話は聞いたことがなかった。しかしこれは100年も前の話である。現代日本においても100年前の時代の話なんか日常的にするものでもないしな。 100年前ぐらいの話なんて、夏目漱石や森鴎外の小説の話くらいしか馴染みがない。あとはサクラ大戦ぐらいか。

 まずは、その100年前に起きた出来事が本当かどうか検討しなければならない。もしかしたら宗教的にでっち上げられた話かもしれないし、ただの娯楽目的の物語だったというオチなのかもしれないしなぁ。

 とにかく今は図書館にいることだし、図書館の本をまずは読もう。歴史書以外にも読む本はたくさんあることだし。


 それから3時間ほど。

 歴史関係と民族関係の本はあらかた読み終えた。

 いろいろと考察してみるが、うーん……。今は情報が雑多に頭の中に転がっていて何とも言えない。

 もっといろいろと知識を習得しとかないといけないな。さてと、今度は何処の本棚の本を読もうか。

 この図書館にはいろいろな種類の本があった。先ほど読んでいた歴史書から、ファンタジーものの伝奇小説、辞典、専門書、小説……などなど。入り口の方には子供向けの漫画本も並んでいた。漫画本の中にはなんとあの『ブレイブマンオブウルスラ』の続編らしきものもあった。そして漫画本コーナーの向こうには……ん?

 漫画本の並んである書棚の最後尾の向こうに、地下へと通じる階段があった。

 階段の周りには木で柵が設けられている。手すり付きの木の階段が地下へと降りている。その階段に近づいて入ってみようと試みたが、階段の前には一つの看板があった。

 “NO ENTRY(立ち入り禁止)”と書かれてある。

 俺はカウンターへと戻っていく。そしてカウンターにいるチョッキを着た司書と思われる人に声をかける。

「あの、一つ訊きたいのですが、あそこの階段は一体なんでしょうか」

「ああ、あそこは通っちゃだめだよ」

「どうして通ってはいけないんですか?」

「それは……よくわかんないんだけどね。なんかあっちは……ねぇ、過去の文献とか、ねぇ、あの、黒い時代の文献とかねぇ、保管されてるから……」

 “黒い時代”とは、魔王が世界を支配していた時代のことを差すそうだ。先ほど読んだ歴史書に書いてあった。司書さんはひきつった顔で話している。どうや ら“黒い時代”のことについて恐れているような風だ。黒い時代、魔王のいた時代とやらはそれほどはばかれる話題なのだろうか。

 だからこそ興味があるものだ。その魔王がいた時代について。だから俺はすかさず聞いてみる。

「その、あそこの階段の、地下にある本というのは、一般人では読めないんですか?」

「一般人というか、ねぇ。あそこはもう封印されたところみたいだから。誰も通っちゃいけないんだよ。確か法律でも定められていたはずだよ。だからあそこを通ったら捕まっちゃうよ」

「なるほど。通ったら捕まるか……」

 確かに本は喉から手が出そうなほど興味があるのだが、このまえのユーカのように捕まってしまうのは御免だ。これは素直に諦めるしかないかな。

 そう思い、名残惜しく思いながら、漫画本棚の向こうの地下へと続く階段を眺めた。

 そこに一人の小さな“魔女”がいた。

 文字通りの、黒い帽子をかぶった、水色の髪をなびかせた、黒い衣装を着た子供サイズの魔女が。

「あ……」

 あれはもしかしてカールの街で出会った魔女なのか……。あの時は黒い頭巾をかぶっていたが、今はない。でもあんな小さくて、異様な格好の人間、いや魔女はそうそういないものだから見紛うことはないはずだ。

 見つめる先のその魔女は、あたりを一向に気にせず、階段の前にある看板“NOT ENTRY”の看板を、両手で持ってどかす。その看板の先に設けられた鎖の施錠も飛び越えて、通っていく。

「え……」

「ん? どうしたんです?」

「あ、あそこに、階段に小さな女の子が入っていったんですけど」

「え? 階段に誰もいないじゃないですか」

 俺は言われて改めて階段の方を見ると、その魔女風少女はいなくなっていた。階段を下りていなくなったのか、もしくは最初から視認されていなかったのか。

「あの……ほかに何か御用ですか?」

 『こっちも仕事があるから早く要件言え』という意図が感じられそうな応答だ。俺には用がある。目の前の司書さんじゃなくて、こっちの図書館じゃなくて、階段の先の地下の図書館に所用があるんだ。

「あの」

「なんですか?」

「えい」

 俺はとっさに近くにあった書類の積まれたものをカウンターの向こうへと崩して落とす。積まれた書類は地面に倒れてカウンターの向こうの床に散乱していく。

「わ、わぁ! 私の書類がぁ!」司書さんは予想通りてんやわんやで慌てていた。司書さんの仕事の書類だったみたいだ。

 俺は司書さんが必死になって書類をかき集めている隙に、地下への階段へと向かっていった。辺りに人がいないのを確認し、階段の入り口に入り、木の柵のバリケードを飛び越えて階段を下りていく。

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