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10.剣術教室

 ユーカと共に図書館前までやってきた。

 その斜め前にアルビー剣術教室があった。あったにはあったが、それが本当に剣術教室として機能しているのか妖しいぐらい……ぼろぼろの小屋だった。

「え、先輩、アルビー剣術教室ってあのハキダメみたいな家のことですか!」

「ああ。ちゃんとアルビー(ARBEE)と書かれているじゃないか。なんかAとEの文字が傾いているような気がするが……」

「なんですかあのオンボロは! 嫌ですよ先輩! 私あんなところのモンカセイになりたくないですよ!」

「贅沢を言うんじゃないユーカ。ここの剣術教室は格安なんだ。だから頑張ってこい」

「いやー! あんなフエイセイっぽいところ行ったらなんらかの病気にかかっちゃいますよ!」

「お前は免疫が強いうえにバカで風邪を引かないから大丈夫だ。問題ない。行って来い」

「うわーっ! いやぁああ! これならウチのちっちゃい剣道場のほうが1000倍ましだぁああああああ!」

 ユーカをずるずる引張っていった。


 俺とユーカはおそるおそる剣術教室へと入っていった。

 剣術教室に入ったつもりなのだが……入ったところはぼろぼろのただの民家だった。

 しかもその民家の内装は、さきほどいた宿屋の内装と違って、いわゆる日本家屋的な作りになっていた。具体的にどんなところかというと、石造りの土間があって、そこから一段高い位置に木の板の床が広がって、その木の板の床は四畳半ほどの大きさで、中央には日本昔話を彷彿させる囲炉裏があった。天井からひもが垂れていて、そのひもの先に鍋が吊るされていた。

 はてさて、中世のヨーロッパにこんな日本リスペクトな家なんかあっただろうか……。まぁ、日本じゃなくとも、アジアの地域ならこんなつくりの家も珍しくないし、それをリスペクトしたものなのかもしれない。そもそもこの世界はなんでもありの世界だし……突っ込んだら負けだ。

「あ、あのー先輩、今更なんですけどねー。私、剣術の稽古しなくても、今のままでもなんとかなるとおもうんですけどー」

「驕れるなユーカ。驕れる平家は滅亡するんだぞ。いいかユーカ、お前は強くなれ。お前にできることはそれだけだ」」

「うぅ……。でもそんなこと言っても、こんなところで稽古だなんて……」

 ユーカがそう言うと、光が差しこまず暗くなっている部屋の奥に、何かが動いた。何かと言うより“誰か”と言った方が正確か。

 その誰かが暗がりからこちらへと、座ったまんまで、腕で足を引きずって、こっちへやってきた。

「えーと、あなたがこの剣術教室のアルビーさんですか?」俺が尋ねる。

 ユーカと俺がまじまじと目の前の男を見る。男の髪の毛はぼっさぼっさで、柳のように生い茂っている。それにちょっとでも触れれば、金田一耕助のようにフケのあられを落としていくのだろう。もう妖怪レベルの気味悪さと不衛生さが見て取れた。

「……………………ぁぁ」

 アルビーさんが、蚊の鳴くような力ない声でつぶやいた。

「それではこの不肖の連れのユーカをこちらにお預けしますんでよろしくお願いします。あ、稽古代はこちらに置いておきますんで」

 そう言って俺は立ち尽くすユーカからゆっくりと後退して逃げるように立ち去る。

「あ! 先輩! ばっくれたな!」

「ユーカ、頑張ってこいよ」

「いやですよ! あんなフロウシャに教えを乞うなんて罰ゲームですか! あんな人、私じゃなくとも、赤ん坊でも簡単に倒せるに決まってますよ! そんな人に教わることなんてないですよ!」

「ユーカ、人は見た目に寄らないこともあるんだぞ」

「ハン! じゃあこのオッサンの実力を見てやりますよ! 実力行使だぁ!」

 ユーカは昨日買った木刀をオッサン――ことアルビーさんに向かって振り下ろす。アルビーさんとユーカとの間にはいくらか距離があったはずだが、ユーカは瞬間的な動きで間を詰めて、相手の間合いに入ったのだった。

 ユーカの降ろす木刀が、アルビーさんの頭へと直撃する――そのとき、かんっと渇いた音がした。

「なっ……ななななな!」

 ユーカが振り降ろしたはずの木刀が停止していた。

 その木刀の切っ先の下には、アルビーさんが手に持つ、中央の鍋に突っ込んであった木製の杓子があった。

 ユーカの攻撃をあんなあっさり止めてしまうとは……正直驚いていた。適当に探した剣術教室だったが、師範はなかなかの腕前のようだ。やはり本物のファンタジー世界は、平和な現代社会と格が違うということなのか。

「霊長類最強と言われる私に刃向おうとは身のほど知らずな! わ、私はドラゴンをも倒したさいきょう剣士なんだぞ!」

「…………」

「なんかしゃべれぇ! アルビーとかいうおっさん!」

 ユーカが言うと、アルビーさんは一瞬目の色を変えて、杓子をほんのちょっとだけ手前へと引いた。

 その絶妙な引きの力につられて、ユーカの腕が緩む。それを突くようにして、アルビーさんは瞬発的な力でユーカを押した。

「ェヤァアアアアアアアアアアアア!」

「ふぎゃぁあああああああ!」

 ユーカが吹っ飛んだ。

 あの霊長類最強のユーカが吹っ飛んだ。

 ユーカはちょうど俺の足元に倒れていた。土間に頭を打ってひるんでいる。

「ユーカ、余裕こいていたお前にはいい薬になっただろう」

「な、なんであんなに強いんですか、あの人は!」

「俺も知らん。あの人があそこまで強かったとは俺も驚きだ」

「くぅ~……。先輩の目の前で、私にシュウタイをさらさせやがって! もう怒ったぞ! アルビー、いや師匠! 私はあんたを越えてやる!」

 やー! とユーカはアルビーさんのほうへと走っていった。

「やれやれ」

 なにはともあれユーカがやる気になってくれたのはありがたい。さて、こっちも精を出して調べ物をしようかな。

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