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9.ホームシック

 小鳥のさえずりを目覚まし代わりとして、俺は起き上がった。

 いまだ真っ暗の部屋の中。わずかに光差す鎧戸を開け放ち、部屋に光を通す。暗闇が開けた。

「ユーカ、朝だぞ。起きろ」

「…………ぅ」

 なんかユーカの様子がおかしい。

 なんだどうした。腹でも壊したのか。食あたりか。下痢か。それとも女性に定期的に起こるというせい――

「うぅ~おじさん! おじさん!」

 ユーカは涙声でつぶやいた。

 こいつはホームシックにでもなったのだろうか。こいつも俺と一緒で両親がいない身で、ずっとおじさんのもとで暮らしていた。そのおじさんとの生活は(はた)から見る限り円満で、俺も何度か剣道場を兼ねる御剣家に招待されたが……おじさん、元気にしているだろうか。

 あの人、ユーカを実の孫娘のように猫かわいがりしていたからな。対するユーカもおじさん好きだったみたいだし。ユーカがホームシックになるのは無理はない。

「おじさん! おじさん! 私はおよめにいきますから心配しないでくだせぇ! ろーごーは老人ホームに入れてあげますから安心してくだせぇ! それでは私は先輩と――」

「…………」

 こいつはいったいどんな夢を見ているんだ。

 どうやらこいつは謎のシュチュエーションに酔って感動しているようだ。ホームシックではないみたいだ。それなら……ほっとこう。

 人の寝言を聞くのはよくないだろうし。


「ふぅむ」

 朝食をユーカと共に食べた後、俺は部屋で本を読んでいた。

 『勇者物語』を速読で1回読んだ後、2回ほど精読して読んだが……。やはり、あの劇の内容以上の情報はとくに見つからなかった。

 やはり、この本だけでなく、いろいろと書物を読んで考えなければならないのかもしれない。この街に図書館はあっただろうか。たしか、部屋に備え付けてあったこの街の地図に載っていたような気がする。

「ぽけー」

 ユーカは昼になるまで宿屋の部屋でなにもせずぐだぐだと過ごしていた。

 まるでニートのように。もしくは引きこもりか何かか。

「おいユーカ、お前は一体何をしている」

「えーと、なんでしょう。わたしは何のために生きているんでしょう」

 駄目だこいつ。すっかりダメになっている。

 昨日熱中していた『勇者物語』の漫画も一巻で完結してしまう短いものだったので、すぐ飽きてしまったようだ。

「全くお前はなにも起きなきゃ何もしないのかよ。本当にニートじゃないかよ」

「だって先輩、やることがないんですもん。テレビもねぇ、ラジオもねぇ、インターネットもユーチューブもツイッターもフェイスブックもないんですよ。私は何をして時間を過ごせと言うんですか」

「本でも読んでおけよ。ほら、そこにタートルネック教の教本があるし」

「それって面白いんですか……」

 俺は古めかしい茶色いハードカバーの教本をユーカに突き出す。ユーカは手のひらを前に出して拒否を示す。

「だってこの世界の本全部英語で書いてあるんですよ! そんなの日本人じゃ読めないじゃないですか! 漫画ならともかく、活字ばっかりの本はきもちわるくなりますよ!」

「日本人でも英語は読めるんだよ。いまどき母国語しか話せないなんて時代遅れ過ぎるぞ。仮にもお前は学校で少なくとも3年間は英語の学習をしているはずだから、少しぐらいは読めないのか?」

「だめですよー。私はディスイズアペンしか読めないんですよー」

 己の無能さに今更気づいたのか、ユーカはベッドでじたばたと仰向けにもがいていた。

「うぅ……。本も読めないんじゃほんとうに娯楽がないですよー。うぅ……。行きつけだったゲーセンの音ゲーがしたいです! おじさんに会いたいです! 部活仲間のユリ子ちゃんとサヤ子ちゃんに会いたいです! ラインでお話ししたいです! 心待ちにしていたあのドラマやアニメも見たいんです! ああ! なんで私はこんなところにいるんだぁー!」

「それはこっちが言いたいセリフだ。さすがのお前も元の世界が恋しくなったか。最初のころは別にここでいいとかほざいていたのに」

「あーご飯とみそ汁と和風おろしハンバーグが食べたい!」確かにそれは同意する。白ご飯が食べたくなってきた。どこかに米とか売ってないのかな。

「グダグダ言っても何も起きねぇぞ。そんなに元の世界に戻りたいのなら努力をすることだ。というわけでな、俺は昼を過ぎたら図書館に行って調べ物をして来ようと思っているんだ」

「調べ物ってなにを調べるんですか?」

「この世界のこととか、勇者と魔王のこととか、いろいろだな。この世界のことを知って、そしてこの世界からの脱出方法を探ろうと思うんだ」

「ほー」

「お前も暇なら一緒に来るか?」

「ええと、すいませんが私はあいきゃんとすぽーくイングリッシュマフィンなので……図書館なんてもってのほかです……」

「そう言うと思ったぜ。だから俺が図書館にいる間、お前には別の努力をしてもらおうと思う」

「え? なんですか別の努力って? 私に何をさせるおつもりで?」

「お前はどう見ても実戦担当だからな。だからお前には実戦のための訓練を受けてもらおうと思う」

「くんれん?」

「ああ。ちょうど昨日こういうものを手に入れてな」

 俺は一枚の紙をユーカに差し出した。そこには、とてもへたくそな剣士と剣士が戦う絵が描かれていた。まるで小学生が描いたような絵だ。まぁその絵はともかく。

「れっつべーあにぐはと?」

「レッツビーアナイト、騎士になろう。……まぁ、別に騎士になる必要はないが、お前には剣の腕を磨いてもらわないといけないからな。俺が調べ物をしている間、お前はそこに書かれている剣術教室に向かってもらう」

「ほお! つまり私に修行をしろと言うことですか!」

「まぁそういうことになるな。どうせお前、やること無いだろ」

「そうですね。漫画本も読みつくしたし、スマホも電池ないし、ヒマでヒマでしょうがなかったからですね! ちょっと腕もなまってきたかなーと思ってきたからちょっと修行してきて強くなってきますよ!」

 ユーカが今以上の強さになったら……。この惑星を破壊してしまうかもしれない。しかし、ユーカにはそれくらい強くなってもらわないといけない。

 なにせ、俺たちが立ち向かうかもしれない敵は“無限の力”を有しているのだから。

「えーと、どれどれ、このアルビー剣術教室は……ええと、たぶんこのリブラリのはす向かいみたいですね」

「リブラリ……もしかしてライブラリー、図書館か」

 ユーカの持つ紙を覗き、地図の部分をみるとそこにちゃんと“URSULAGNA LIBRARY”ウルスラグナ図書館と書かれていた。

「ちょうど俺も図書館に行こうと思っていたから奇遇だな」

「おお! それじゃあ今からさっそく一緒に行きましょうか先輩!」

「そうだな。善は急げだ」

 俺たちは立ち上がり、部屋を出て行く。


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