3.セーラー服と聞かん坊
広場にはたくさんの街の人がひしめきあっていた。人々は円形の広場に設置された屋台を眺めぶらぶらとしていた。俺たちもその街の人たちと同じようにぶらぶらとしていた。
「先輩、まずは腹ごしらえをしましょうよ!」
「そうだな。何か軽いものでも買って食べようか」
「先輩! あの骨付き肉はうまそうですよ!」
とユーカが指差すのは骨のついた肉を網焼きするおじいさんのお店。煙と共に肉のタレの匂いが漂う。その香ばしく甘い匂いは食欲をそそる。しかし朝から肉とはさすがユーカというか。まぁ食べるものにいちいちいちゃもんつける気はないのだが。
「とりあえず、あれを買うかユーカ」
「はい!」
「料金はもちろん割り勘だ」
「はいはーい」
屋台へと向かい、肉の煙に燻されたかのような年季の入った顔のおじいさんに声をかける。骨付き肉を2つ注文し、料金を支払いそれを受け取る。
「なかなかおいしいお肉ですよこれ」ユーカは肉を貰い受けてすぐに肉にかぶりついていた。
「たしかにな。うまいもんだ」つづいてかぶりついた俺も感想を述べた。
俺とユーカはしばらく屋台の食べ歩きをしていた。ユーカは目に映る食べ物すべてに感嘆し、それを欲求する。ついでにお金がないから俺に払えとせがむ。と いうまるで子供みたいな行動ばかりしていた。そんなユーカを相手する俺はただユーカのはしゃぎを眺めながら、平和だなぁと思っていた。これはもしかしたら 束の間の平和なのかもしれないが。
そしてユーカの腹がようやく膨れたころ。ユーカは今までの食べ物の屋台とは趣向を変えて、雑貨売りの屋台へと目を映らせた。この年になってもいまだに好奇心旺盛のユーカは、先ほどと同様にはしゃぎながら雑貨店をぐるりと廻っていた。
「ねーねー先輩! なにか買ってくださいよぉ!」
「またねだりか。お前は計画性ややりくりという言葉を知らないようだな」
「何を言ってるんですか先輩! 買いたいときに買うんですよ!」
「どうせ雑貨なんて必要最低限のものがあれば十分だ。まぁ確かに俺たちはあまり手持ちのモノがないからここいらで補充しておくのもいいがな。そうだ……服とか買っておかないとな」
「服ですか?」
「ああ。なにせ俺は服はこの学ランとシャツと下着と靴下だけだからな。中のシャツは毎晩手洗いして清潔にしてるつもりなんだが……。やはり替えが必要だな。そういうお前もシャツの替えとか下着の替えとか必要だろ」
「そうですね、下着の替え――って、先輩。女の子に下着の話をするとかすけべぇですね!」
「別に俺は下心なしで訊いたんだがよ。とにもかくにもそういうものは必要だろ。ちょうどいいからこのさい買っておこうか」
「はい、そうですね」
「じゃあ下着から買おうか。ユーカ、そこに女性用下着があるが……あ、お前はブラジャーは要らないだろうな」ユーカの平らな胸を品定めして告げてやった。
「な、何先輩私の胸を眺めながら言ってるんですか! 先輩はデリカシーがないんですか! ていうかブラジャーとか聞かないでくださいよ! そして胸のことも言わないで! まだ成長途中なんだから!」
たぶんお前の成長は全部筋肉に回されるからそこは成長しないだろうな。
「もー下着は後で買いますから! 次行きましょうよ次!」
「まぁ別に後でもいいけどさ」
「じゃあ次はあそこの店です! お、どうやら服が売っているようですよ」
向かった先の屋台には色とりどりの洋服が並んでいる。フリルの着いたお嬢様が着るような高そうな服から、今のユーカの着ているようなみすぼらしいイナカモンの服まで、ざっくばらんにそろっていた。
「おようふくがいっぱいですね。どれにしましょうか」
「あまり高いのは買うんじゃねぇぞ」
「はいはい分かってますって」
ユーカはそう言って鼻歌を奏でながら屋台の服を物色し始めた。
俺も替えの服の一着ぐらい必要かなと思い、ユーカに続いて服の物色を始めた。ええと、紳士物の服はないものかと探っていると、そのとき、一つ身に覚えのある造形の服を見つけた。
それは俺たちのいた世界では普通に目にする服であるが、この中世風世界では場違いにも見える、特異な服である。
それはセーラー服だった。
上下揃って、そろっていた。
「ん? 先輩、何を見ていらっしゃるんですか?」
「これを見ろユーカ」
「はい? え、これって!」
「そうだセーラー服だ。もとはイギリス海軍の軍服として使われていたが、それがのちに日本の京都の平安女学院が制服として導入し、全国の女学生に広まったものだ」
「へー、もともと海軍の服だったんですか!」
げんに戦艦(をモチーフにしたキャラクター)がセーラー服を着ていたりするものだし。
と、そんなことよりも、俺たちはまず疑問すべきだ。
なんでこんなところにセーラー服があるのかと。
ここは中世ファンタジーの世界じゃなかったのかと。ハリセン片手に突っ込んでやりたいものである。
ここは何でもアリのファンタジー世界なんだろうか。食べ物がうまく、街がある程度衛生的であることを考えてみても……中世のファンタジーというより、それを模して作った疑似ファンタジーという感じがする。このままいけばニホントウやニンジャ、はてはロボットやタイムマシーンが出てきたりとか……よくあるJRPG(日本製RPG)みたいな展開が起きそうだ……。
とりあえず俺は目の前にあるセーラー服を眺める。そしてセーラー服の袖口に垂れていた糸くずを見つけ、それを引っ張って切る。
そしてそれをマッチで焼いた。
「せ、先輩! 街中で突然火なんかつけてどうしたんですか! 火遊びしたらおねしょしちゃいますよ!」
「火遊びじゃない。この服の素材を確かめているんだ」
糸くずは炎を上げて激しく燃えた。一瞬にして跡形もなく消え失せた。
「この燃え方から見るにこれは綿製だな。ナイロンとかだとこうは燃えないし、黒い塊が残る。さすがに化学繊維とかではないか」
もし化学繊維であったなら、どこかに工場があって、そしてその工場を突き詰めればこの世界のカラクリを暴ける――と思ったが、そううまくはいかない。
このセーラー服はあくまでセーラー服の形をした服であって、俺たちの居た現代でのセーラー服を持ってきたものではないと思われる。しかし、どうしてセーラー服がここに……。
「な、なんか先輩がセーラー服を目の前にして悩んでますけど、まさか先輩はセーラー服フェチだったんですか!」
「フェチ? べつにそんなつもりで悩んでいるわけではないんだが」
「せ、先輩がそこまでセーラー服にご執心だったとは! し、しっかたーがないですねー! こうなったら私がセーラー服に着替えてあげましょうか!」
なんだか知らないうちにへんな風に話が進んでいる。
「おっじさーん! このセーラー服を下さい!」
いろんな服が並んでいる屋台の奥から、もじゃもじゃヒゲのおじさんが現れる。
「おう、この海軍の服が欲しいのかい? これはめずらしい服でね、結構値が張るよ」
「おいくらですか!」
「500シェールです」
「500しぇー……って、高いの?」
ユーカが助け舟を求めてこちらを向く。
「この世界での1シェールは現代世界での100円程度だ。1,2シェールほどで小さいパン一個が買える。最近のドルの値段とほぼ一緒だよな」
もっとも、この世界で、元の世界の小銭を骨とう品屋に売ると、その小銭の現代社会での価値以上の値段で売れる。その小銭もほとんど売り払ってしまってもう底をついているのだけれど。
「500しぇーってことは、1しぇーが100円だから、えーと………………………………」
「日本円で換算すると5万円の価値だ」
「あ、あ、そうですね!」どんだけこいつの計算スピードは遅いんだ。
「今俺の手持ちは1000シェールだ。500シェールも払うとなると死活問題だな」
「わわわ! じゃあこのセーラー服はあきらめろと! ちょっとデザインが素朴でかわいいかなーと思っていたのに!」
セーラー服のために500シェールも払うのはどうかと思う。ユーカが別にどんな服を着てようが俺には構わない。
と思ったが、このまま町娘風の服を着せ続けるのは、なんだか不憫な感じがする。別に自分のほうが学ランを着ているから負い目を感じているわけではないのだが。
「おじさん」
「ん? この軍服を買ってくれるのかね?」
「確かに買いたいものだが、そんなぼったくりの値段じゃ変えない。せめて100シェールで売ってくれ」
「100シェール……一見さんのくせにずいぶん値切るじゃないか」
「100シェールでも高いぐらいだ。こんな粗悪品に高値を付けるとは、詐欺みたいなもんだぞ」
「粗悪品! お客さん、この軍服は古着じゃないんですよ! 仕立て屋さんから仕入れてきた新品なんですよ!」
「じゃあ、その新品にどうして虫が食っているんだ?」
「な、なんだと!」
おじさんはハンガーにかかったセーラー服を取り、それをじろじろ嘗めるように見る。
そして、ある一点に視線を集中させた。そこには、指の大きさほどの小さな穴があいている……ように見える。
「こ、ここここれは!」
「綿でできた服は虫に食われることがあるからな。手入れをしっかりしておかないとこうなってしまう」
「わっわわわわ! これでは商品の価値が下がってしまう! せっかく海の向こうから船で仕入れてきたものなのに!」
「こんなに穴が開いた服を500シェールで買おうとは誰も思わないだろうな。やはり、商品の質に見合った値段設定をしていただかないと。どうです、おじさん。いまなら俺が100シェールでその粗悪品を買い取って差し上げますが?」
「な、なんだか偉そうなもの言いだが……。仕入れ値だけでも稼がないといけないから、わかった! この服を100シェールで売ろう!」
「交渉成立だな」
かくして、セーラー服を100シェールで買い上げた。
買いとったセーラー服を手にして、俺はすぐさまおじさんの屋台から逃げるように去った。後ろからユーカが早歩きでついてくる。
「せ、先輩! 私のためにセーラー服を買ってくれたのはとってもうれしーんですけどー、あのー、それ、穴が開いてるんじゃなかったですか!」
「穴なんか開いてないぞ。俺はそんな粗悪品なんか買わない」
「え? でも先輩も虫食ってるって言ってたんじゃ……」
「よく見て見ろユーカ」
俺は制服をユーカの前に突出し、虫が食っていると指摘した部分を指さす。
その布地を爪で軽くこすると、ぺろっと一枚のシールがはがれる。
「わわわわわわ! なんですかそのシールは!」
「のりと布地に合った紙で作ったシールだ。そしてシールの上には穴の“絵”が描かれている」
「絵! じゃああの穴はホンモノの穴じゃなくて絵だったんですか!」
「ああ。錯覚を利用した“だまし絵”だ。物体の陰影を精密に描いてやれば簡単に騙されるというわけだ。穴の絵を描いた紙を張り付けて、相手に服に穴が開いたと思わせる……。そうして、いちゃもんつけてやって商品を値切らせたんだよ」
俺は戦利品であるセーラー服をユーカに渡した。
「やっぱり先輩ってセーラー服フェチだったんですか。先輩はセーラー服を着ている私の方が萌えると、スカートを一日一回拝まないと発狂してしまうと……」
どんな性癖のやつなんだよそれは。
「いや、俺はただお前に替えの服がないと困るかなと思ってな。それにお前もいつまでもそのイナカモンの服を着ているわけにもいかんだろう」
「まぁ……あの、うれしいんですけど。こういうときなんと言ったらいいか分からないというか」
ユーカは受け取ったセーラー服をまじまじと眺めていた。
「そーですね。先輩がそんなにセーラー服フェチなら喜んで私着てあげますよ」
「いや俺は別にセーラー服フェチとかじゃなくてな、俺が学ランだから、お前はセーラー服の方がいいかと思ってだな」
「まぁとにかく先輩ありがとうございますよ! このセーラー服、なかなかいいじゃないですか。白くてセーソな感じがして、ちょっとそぼくな感じがしてそれがまたいい感じというか。まさかこれも先輩の趣味?」
「いやだからな、深い意味はないんだって」
こいつはプレゼントをしたらしたらでごちゃごちゃ言いやがって。
「先輩! そーこーしていたらもうお昼どきですよ! お昼食べに行きましょうよ!」
「そうだな。腹ごしらえしないとな」
「あそこの酒場なんてどーですか!」
俺たちはとある酒場へと入っていった。