21.竜殺し(ドラゴンキラー) 其の参
ドラゴンより逃げ回っておよそ40分ぐらい。
「ぐへぇー……。げほぉ、ごへぇ……」
ユーカが今にも吐きそうなぐらいの嗚咽を上げている。汗もだらだら、腕も足もぐらぐらがくがく。
対する俺も、ユーカと同じような感じである。ユーカのように激しくは動いていないが、俺の方は基礎体力がユーカほどないため、どれほど効率的に動こうとも、体力は消耗していく。数値化するともう二ケタほどしかないかもしれない。
「うー、この世界にはハイポーションとかやくそうとかないんですかね!」
「ゲームじゃあるまいし、そう都合のいいものはないだろう」
「じゃー、全力で戦うしかないですね! うぉおおおおおお! 体もってくれよ! 3倍かいおうけんだぁ!」
ユーカの背中から漫画的な光のエフェクト(幻想)が現れる。ユーカはそうしてドラゴンの方に向かっていく。
「バカ、ユーカ。ドラゴンは倒すんじゃない! そのまま突っ込むな!」
俺の言うことを聞かず、思考回路がショートしたのかドラゴンへと攻撃を仕掛けようとするユーカ。
「私が、私がこの街を、この街の人達を守るんです! そして先輩を守るんですよ! もう先輩は戦わなくていいんですよ!」
全くこいつは。どうしていつもいつも直情的なんだ。
ユーカは正義の人間だ。どんな悪も許さない、スーパーヒーローを夢見る、スーパーヒーロのような奴だ。
でも、現実にはスーパーヒーローはいないんだ。それは幻想の中にしかいない。
ユーカは木刀でドラゴンの身体に剣を叩き入れる。しかし、その木刀はある程度力をくわえられると、真ん中からぼっきりと、ささくれ立った切り口を残して折れる。木刀を力任せに押さえつけていたユーカは力のやり場を失い、宙に一瞬浮く。
そこですかさずドラゴンが腕を振る。
「や―――」
ユーカは吹き飛ばされ、建物へとのめり込む。土けむりが立ち込める中、俺はユーカを見つけるため近づいていく。
「ユーカ!」
声を掛けたところには、傷だらけで倒れるユーカの姿が。そのユーカに手を伸ばそうとするが、そんな猶予は与えられない。
ドラゴンはユーカを見据え、口から炎を吐きだそうとする。
やめろ。記憶の中の、子供のころの俺が叫ぶ。心の中の俺が叫ぶ。
「止めろ!」
現実の中の俺が、ユーカを突き飛ばし、ユーカのいた場所へとへたり込む。そこはドラゴンが狙いを定めていた場所だ。ターゲットは俺になった。
「ぁ……先輩! なんで先輩がそこに――!」
俺は何とか立ち上がろうとするが時は残酷に経つ。ドラゴンはその高温の体内から口へと、そして俺へと向かって炎の柱を一直線に放つ。
もはやそれを避ける体力もなく。
もはやそれを避ける時間もなく。
なすすべなく、俺はその炎の攻撃を受けるしかなかった。俺の身体に炎が噴きつけられる。その炎は勢いを持ち、俺を押し付けていく。熱と力、その二つのエネルギーの暴力を受けて――
俺は倒れる。意識が糸のように細くなる。
「せんぱぁああああああああああい!」
遠くでユーカの叫び声が聞こえた気がした。いや、遠くではなく、もしかしたらものすごく近くで叫ばれているのかもしれない。
でも、意識の底にいる俺には遠く感じる。体の痛みと疲労とが重石のように乗っかって、俺は押しつぶされて、停止した。