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15.決闘裁判 其の伍

 ステージ上にはカインがいた。着る服は白を基調としたマントと長衣。

「よく来たなぁ」

 そう言って泰然と場に立つカイン。見た感じ、今までのより強そうな感じ。

「トマリギトマル、まさか、吾輩の剣にも漆とか唐辛子の粉とか塗っていないよなぁ? なにせ吾輩はこの愛刀“キンダーズ”を肌身は出さず持っていたからな。吾輩以外の家来は剣をお手伝いさんとかに手入れさせていたそうだが、吾輩は自分で手入れしていたから、何かしかける暇はなかったはずだ」

 カインは一度剣の柄を握り、そしてすぐに離す。

「ふむ、触った感じ、何も塗っていないようだ。剣の方にはなにも細工がなかったようだな。念のためにもグローブとマントもチェックしておこうかな」

 カインは、まるで俺が細工をするのを警戒するかのように抜かりがなかった。さすが騎士というべきが、ちっとも隙を見せず、俺はこいつに何の仕掛けも施せなかった。

「あとはこのステージになにか仕掛けてないか見ておく必要があるな。どれどれ」

 とカインは何処から持ち出してきたのか分からないが――ボウリングの球のような丸い石を石造りのステージの上に転がした。

 その丸い石は――ステージの右あたりで、俺の作った落とし穴(2)にドボンとハマる。

「ふふふ、どうやらまたこんな子供だましみたいなものを作っていたんだなぁ」

 俺の十八番である落とし穴が崩されてしまった。忘れたころに発動させてやろうと思ったのに。くそぉ、ちょっとヤバい状況だ。

「それでは――初め!」

 そんな俺の憂鬱をよそに開始の宣言がなされる。

 カインは剣を抜き、それを天に突き上げる。

「さて、策略家のトマリギトマル。お前を倒してやろう――」

 カインは全速力でこちらに向かってくる。途中のぽっかり空いた落とし穴を飛び越えて、俺の3メートル手前に来たとき、

「おっと、吾輩の予想では、手前にもう一つ落とし穴があると思うんだが……」

 そう言うと、懐からもう一つの丸い石を転がす。

 それはドボンと俺の真ん前にこしらえていた落とし穴に落ちた。

 まさか……ここまで読まれるとは……。俺はこの世界の騎士とやらを侮っていたぞ。なかなか頭が切れる奴じゃないか。

 そうだ。どんな学校のどんなクラスにも一人ほど宇宙人みたいにすごい奴がいるもんだ。そしてどんな世界にもすごい奴が何人かいる。俺はそのことを忘れて油断していた。

 弱ったことになったぞ……。

「これで万策尽きたかな、トマリギトマル」

 カインは落とし穴を飛び越え、そのままの勢いで俺に向かってくる、剣は振りかぶられて、体は真っ直ぐに俺に近づいてくる。

 その時、天は俺に味方をした。

 風が俺の方からカインの方へと吹いてきた。俺の方が風上だ。

 これならあの策が使える。

「おりゃあ!」

 俺は一つの袋を取出し、その中身をカインに向かってばらまける。それは小麦粉だ。

 小麦粉は風に乗ってカインの方へと流れる。カインの周りには霧のように小麦粉が舞っている。

 この小麦粉は決闘前に街の市場で買ってきたものだ。飛散した小麦粉によりカインの視界は一時的に塞がれる。

「ぐぁ……。まさかこんな策が残っていたとは。でも、こんなのはその場しのぎの策だ。こんなんじゃ吾輩に攻撃なんかできないだろう!」

「そうだ。そもそも俺は攻撃なんかしない。俺は平和主義者だからなぁ。だからお前の最後の晩餐を行うため、料理を始めようと思ってな。お前の最後の晩餐は、小麦粉のおやきだ」

 俺は懐からマッチを取り出す。そして火をつけて、カインの手前に投げる。

 カインの前には一瞬にして巨大な爆風が起きた。風塵爆発。小麦粉のような微細な粉塵を燃焼させると、このように爆発的に燃焼してしまうのだ。みなさんもお料理の際は舞った小麦粉に引火しないよう気を付けてください。

 が、しかし。

「ふふふ……、なかなか、すごい策を出したみたいだが。騎士たる者こんなところで諦めるわけにはいかないんだよ」

 カインは立ち上がる。カインの服、体、顔は爆風によってある程度傷つけられたが、それは致命傷に至らなかった。

「どうしてお前は吾輩に致命傷を与えなかったんだ? その粉を吾輩に大量にまけば吾輩を大怪我させられたのに」

「あまり粉を舞わせたら自分にも爆風が来てしまうからな。お前を倒すことは出来なかった」

「油断するからだトマリギトマル。騎士をなめたからこんな目に合うんだよ。さぁトマリギトマル。これでお前の策ももうなくなっただろう」

「…………」

 俺はポケットを探ってみる。あと残っているのは電池の切れたスマートフォンぐらいか。

「さぁトマリギトマル。降参でもするか?」

「降参……」

 俺に、敗北しろというのか。

 この成功者を目指す俺に……敗北は許されない。

 だから俺は……戦う。

「降参はしねぇさ。こうなったら俺は真剣勝負をしてやるよ」

「ほぉ、真剣勝負ねぇ。まるで今までの勝負が真剣でなかったような言い草だな」

「ああ。だって今までの俺はほとんど手ぶら状態だったからな。これからはお前と同じ“真剣”で勝負してやるぜ」

 そう言って俺は背中から……剣を取り出す。

「ほぉ、背中に剣を装備していたとは、正面からじゃ見えなかったよ」

「いままでの戦いでは装備していなかったが、今回はちょっと嫌な予感がしてな。今回はこれで、“真剣”で“真剣”に戦ってやる」

「ははぁ、今度は策略なしの文字通りの真剣勝負というわけか。でもトマリギトマル、お前に剣は扱えるのか? お前はどう見ても剣士のような腕はしてないように見えるが」

「なんだ、俺がひょろひょろだと言いたいのか。まぁ、おっしゃる通り、俺はひょろい方だがな。運動能力もユーカの足元にも、足の小指にも及ばない平均並みなんだよな。だから……この剣を持って立つだけで精一杯って感じだぜ」

「ははぁ、つまり素人同然ということか」

「そういうことだ」

「じゃあ、力の差は歴然ということか。吾輩の剣の捌きはこの街一だ。素人なんか相手にならないよ。まあトマリギトマル、お前の諦めない精神には敬意を示すが、でも、吾輩はお前をバッサリと斬り倒してやるぞ。それがお前への敬意だと思うからなぁ」

「いや、俺は何があろうが負けないぜ」俺はにやりと笑ってつぶやいた。

「な……。ふざけたことを言って! もうお前には策がないんだろ! そしてお前は剣に関しては素人! もう負けみたいなもんじゃないか!」

「いや、俺は負けることはないさ。何があろうがあきらめない。俺が向く方向は退路ではない。俺は常に前を向いて突き進む。さぁ来い騎士野郎。俺を一思いに斬ってみろよ。そのなまくらの剣でさ」

「なまくらの剣とは、恐怖で目がくらんでいるのか? この吾輩の輝く剣を見よ! 安心しろ。この剣で楽に昇天させてやる――」

 カインが天に掲げる剣をおろし、それを両手で構え、流れるような動きで、剣を横に薙ぐ。

 俺は用意した剣ですかさずそれを防ごうとする。専守防衛。俺はただ防ぐだけだ。

 しかし俺の突き出した剣は盾の役目とはならなかった。

 カインの剣が俺の剣に当たると、俺の剣はすっーっと、ほんの0コンマ一秒、認識できないほど短い時間、手を緩めたところを、力いっぱい押し上げられ、剣は俺の手から離れ、飛んでいく。

 回転しながら、放物線を描きながら、ステージ外の草地に着地する。

 俺にはもう攻撃するすべも、守るすべもなくなった。

「トマリギトマル、これでお前は御仕舞だぁ!」

 カインは薙いだ剣を孤を描いて上段へと運び、その剣を眼下の俺に向かって振り下ろす。

 武道風に言うなら袈裟斬り。右肩から左の腰へと――剣が薙がれる。同時に激痛が疾る。

 紅い液体がそこから飛散する。どぼどぼとどぼどぼと。想像を絶する痛みと大量の紅いものが絶え間なく落ちる。

 俺はかがみこみ、うずくまり。力なく倒れる。

「あ……が、ぁ……」

 口からも液体が。

「……トマリギトマル、お前には敬意を示そう。お前の、非力ながらも立ち向かう勇気だけは感服した。だが、戦いは非情なのだ。負ければ死ぬ。それが戦いだ。安心しろ。シリウス様に頼んでお前の墓ぐらいは作ってやろう。そこに、お前の愛すべきものの亡骸も入れてやろうではないか」

 俺は痛みによって立ち上がれない。ああ痛い。死ぬとはこういうことなのか。俺は……。

「まだ……だぞ……」

 俺は立ち上がり、血みどろ色の手を地面に突いて立ち上がる。

「ふん、最後の悪あがきか。見事だトマリギトマル。せめて来世では強くなれよ――」

 ずさん、剣がまた斜めに振り下ろされる。俺は――おれは、たおれる。いたい、くるしい、くるしい――。

「せんぱぁあああああああああああい!」

 ああ、あれは、ユーカの、俺の後輩の、幼馴染の、俺が護るべき、俺が助けられた、俺の大事な――ああ。

 地面に倒れ込む俺。痛いものだ。苦しいものだ。

 俺は……こんなところで……

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