14.決闘裁判 其の肆
「フフン、ほんとうにほんとうに。君は卑怯な手段が好きなようだねぇ」
伯爵風の男がステージにいた。見た感じ30代ぐらいの男の人かな。
「でも、なんどもなんども君の罠にかかるとは思わないでくれよ。シリウス様の家来をなめてもらっちゃ困るよ」
と言って、白いコイルのように巻かれた口髭をいじる伯爵男。
「お前はすでに負けている。俺はすでに勝っているんだ」俺は怯えることなく言ってやる。
「ほう、その言葉、まるで自ら罠を仕掛けたことを宣言しているようじゃないか。今度の罠は一体なんだい? さっきのケインのように、剣に漆を塗ったとかかなぁ?」
「…………」俺は黙りこくる。
「おや、図星かい? はっはっは、君も万策尽きたってわけか。はっはっは。いくら剣に細工してあったって意味ないよ。だってねぇ、僕は手にこの手袋をはめているからねぇ!」
伯爵風の男は手を前に出し言う。手は白い手袋で覆われていた。
「手袋をしていればたとえ柄に漆が塗ってあろうとも問題ない! 私は心おきなく戦えるぞ!」
高らかに、偉そうに笑う伯爵風の男。
さきほどの作戦会議で『漆対策』としてこういう手を考えたんだろうな。
「…………お前、鈍いんだな」俺は呆れた声で言う。
「え?」
「いや……お前はもうすぐで終わる。ジ・エンドだ」
「終わるのはお前の方だろう! さぁ負けるんだな!」
俺たちが双方黙り込むと、審判員が近づいてくる。
「それでは、トマリギトマル対セイン・ショルダーとの決闘を始めます!」
審判員がより近づいて、向かいのセインという伯爵男がこちらをまっすぐ見据えた。
「それでは――はじめ!」
決闘が始まる。
すると伯爵風の男は体を屈めた。
「ぐぁ……、な、なんか手が痛いなぁと思っていたらこれは一体……」
今回は相手の剣の柄に漆を塗っていなかった。だけどその代り、白い手袋の内側に漆を塗っておいたのだ。
セインは手袋をめくって手をかきかきする。
「な! 漆を塗っていたのは手袋の方だったのか! か、かゆい!」
というわけでまた勝った。
さぁて、決闘も残すところあと一人だ。王手をかけられた大臣はぶるぶる震えている。
「だ、大丈夫だ……。最後の家来、カインならやってくれる! カインならやってくれるはず!」
と。あたりを見回しお忙しい模様。
ユーカの方を見る。ユーカは疲れたのか、自分の命の危機も素知らぬ顔で眠っている模様。「むにゃむにゃ~」と。
「あと一人なら何とかなるかな」
と思っているとこちらにてくてくやってくるファナさん。
「トマルさん、くれぐれも注意してくださいね。カイン様はかなり強い相手ですから、気を付けてください」と懇切丁寧にご忠告。
「ほぉ、強い相手ですか。どんな相手でも倒すだけですけどね。戦わずしてだけど」
「で、でも……カイン様はかなり剣の腕がいいんです。おまけにカイン様は頭がいいんです。ですから……トマルさんの策もバレてしまうんじゃないでしょうか」
「策はバレないからこそ策なんですよ。だから、俺は負けませんよ」
そう俺は答えたが、素直にその言葉を肯定できず顔をうつむかせる。
「でも、ファナさん。俺もただの人間ですから……負けることがあるかもしれません。戦場だからこそ、いつ何時負けるか分からない」
「そ、そんな負けるなんて」
「ファナさん、確かに俺はそれなりに強いかもしれませんけど、でも俺は策がなくなったらおしまいなんです。策がなくなったら……もうお手上げです。だからいつも俺は敗北と紙一重なんです」
「トマルさん……」
「でも俺は、最後の最後まで策を出してやりますよ。たとえこの身が滅んでも」
「え? この身が……なんですって」
「いや……何でもありませんよ。俺はただ、あいつのために頑張るだけです」
「トマルさん、あなたはそこまでしてユーカさんのことを……」
「あいつとは、腐れ縁ですからね。俺はあいつのためなら命を懸けられますよ」
「トマルさん――」
「それじゃあファナさん、戦ってきます。それじゃあ、さようなら」
そう言って俺はステージへと向かった。
「うーん、むにゃむにゃ、もう食べられない~」
「まったくのんきな奴だ」
俺はユーカの寝顔を檻越しからしばらく眺めてから踵を返す。
「センパイ――」
「ん?」
後ろを振り向くと伸びをして「ふわぁ~」とあくびをこぼすユーカの姿が。どうやら俺に気付いて起きたらしい。
「先輩! 絶対負けないでくださいよ!」
「ああ、もちろん」
俺は歩いていく。ステージまでの道をゆっくりと踏みしめるように。思い出をかみしめるように。




