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11.決闘裁判 其の壱

 街の中央に位置する“闘技場”その入り口には予想したより大勢の人だかりがあった。

「さて、大した説明を受けていなかったからどうしようか……」

 俺はどこからこの闘技場へ入ればいいんだろうか。選手控室とかあるんだろうか。選手用の入り口とか。

 そう思いを巡らせていると、突然背後から誰かが肩を叩いてきた。振り向くとそこにはシスター姿のファナさんがいた。

「おはようございますトマルさん」

 と朝日のような輝く笑顔を浮かべて言った。

「おはようございます。なんだかすごい人だかりですね」

「ええ。街の人たちにとっては、こういう行事は見逃せませんからねぇ。それに今回は……私の義父、この街の大臣の代理が戦うことになりますから……」

 まぁそりゃあ見物だろうな。大臣のポストが懸るかもしれないこの戦い、誰も見逃せるわけないだろう。

「とにかく俺は勝つだけですけどね。相手がどんな野郎であろうと」

「トマルさん……」

「ファナさん、とにかく早く闘技場の中へ入りたいんですけど、どうしたらいいですかね」

「ああ、それなら私が案内します。私、義父からトマルさんを案内するよう言われていたんですよ」

「ああ、それはありがたい」

 というわけで俺はファナさんのあとを付いていく。人だかりを迂回して、闘技場の裏口へ着き、そこから中に入る。

「左手の手前から3つ目の部屋が、トマルさんの控室となっています。決闘は1時間後に行われますから、それまで体を休めておいてください」

「はい、いろいろありがとうございます」

 そう言ってから俺は足を運ぼうとする。

「トマルさん……」

 と切ない声が聞こえた。

「大臣の養女たる私が、こういうことを言うのはおかしいかもしれませんが……。勝ってくださいね、トマルさん……」

「ファナさん、一つ聞きたいのですが……。もしあなたの義父であるところの、あの豚大臣が負けたら、あなたはどうなるんですか? 大臣はこの決闘で負けたら有罪となるでしょう。そうしたら大臣の職を辞めさせられると思われます。そうなった場合あなたは――」

「そんなこと、今は気にしないでください――」と俺の言葉を遮るように素早くファナさんが言った。

「いいんです、私のことは。トマルさん、あなたの大切な人、守ってください」

「ファナさん……」

「それじゃあ私は、少し失礼しますね……。それでは頑張ってください」

 ファナさんは逃げるように去っていった。

 ああ、言われなくても俺はファナさんのことを気にせず戦うつもりだ。

 だって、迷っていたら何も手に入らないだろうから。決断は迷いなく下さなければならないんだ。

 迷いなく。

 本当に迷いなく下せるほど――俺は人間ができちゃいないけど。

 男の性なのか、あんなきれいな人を前にすると悩んでしまうものだ。


 俺は石造りの控室へと入る。部屋にはテーブルと椅子と、フルーツバスケットとロウソクがあるだけの簡素なものであった。

 そこでまず、椅子に座って持ち物の点検でもしようかなと思っていると。

「おや、あんたが……ええと、トマ、トマ……」

「トマリギトマルだ」

「おおそうだトマリギトマル! あんたが我が(あるじ)たるシリウス様に盾突いた野郎か」

「ああそうだ」とそっけなく返答する。

 俺の部屋にノックもせず入ってきた若々しい剣士風の男。簡素な布の服にマントを付けている。腰にはいっちょまえに木の鞘に納められた剣を携えている。

「俺の名前はクラインだ。かつて剣豪と呼ばれたシリウス様の家来の一人! 北の山のドラゴンを倒したことがあるこの俺に、敵うやつなどいない!」

 妙に元気な奴だ。なんかどことなくユーカっぽいやつに見える。しかしなんだろう、ユーカっぽいけど、ユーカのような強さのオーラがあまり見えない。

 なんとなく井の中の蛙のような感じがする。

 噛ませ犬のようなにおいがプンプンするのは気のせいか。

「どうだい、トマリギトマル、俺の強さにビビっちまったかい!」

「いやぜんぜん」

「なんだとー!」と怒り出すクライン。なんだかつかみどころのないやつだ。

「まぁいい。俺の強さについては、あとの決闘の際に存分に見せつけてやるからな! 今のうちに言っておくぞトマリギトマル! 棄権するなら今のうちだぞ!」

「パクパク、棄権するのは、パクパク、お前の方だぞ」

 俺は持ってきていたパンを頬張りながらつぶやく。

「ってお前なにパンを頬張りながら話しているんだ! 俺の話を聞けぇ! 聞いてくれぇ!」

「黙れ。腹が減っては戦ができないというじゃないか。だから俺は今パンを食っているんだ。どうだクラインさんよ。あんたも食べるか?」

 と俺はクラインに対してパンを突きだした。

「は、はん! 飯なんか食わなくても俺は勝ってやるぜ!」

「それは困る。俺は正々堂々とお前と勝負したいんだ。飢えてるお前と戦って勝ったとしても気分が悪いからな。だからちゃんと食べろ」

「ほう、正々堂々と。ずいぶんと余裕ぶっているじゃないか」

 と言いつつクラインは俺の持つパンをひったくる。

「まぁ、あんたの厚意を無碍にする理由はないから、いただくもんはいただくぜ」

 と予想通りの楽観的なやつだった。

 これで一人目はつぶれたな。


 そして一時間後……の5分ほど前。

 俺は控室から出て、英語表記された案内板と地図を頼りに、闘技場中央に設けられた石造りのステージに向かった。

 約30メートルの正方形の、高さは1メートルの平らな石造りのステージ。

 それを取り囲むようにして観客席が円状に広がっている。ふうむ、これもなかなかファンタジーなモノじゃないかなっとあたりを見回していると。

「ぎぇええええ! ぐぉおおおおお!」

 バケモノの声が聞こえた。

 なんだ。あたりを見回すと観客席の1エリアにトラックの荷台ほどの鉄の檻を見つけた。その中から化け物のようなおぞましい声、鉄格子を揺らす衝撃音が響く。

 まさか大臣の家来の中にライオンでもいたのか……。

 そう思いつつ檻に近づくと。

「このぉ! 早く私を自由にしろぉ! 私にかかればこんな鉄格子ぶち破ってやるのにー! ぐぉおおおおおお!」

 ユーカが中にいた。

「あー」

 声を掛けようとしたけどやめた。踵を返して帰る。

「あ、その姿はトマル先輩! 来てくれたんですかせ~ん~ぱ~い~」

「俺は野蛮人の知り合いなんかいないぞ」

「私は野蛮人じゃない!」

 がおう、と吠えるユーカ。

「先輩! この檻なんなんですか! 私動物園かサーカスに売られるんですか!」

「俺もよくわからんが……。おそらく、これは大臣のいきなはからいなんだろうな」

「だいじん?」

 俺が負けるところをユーカに見せつけて絶望させてやろう――とかいう目論見でもあるんだろうか。

「そういえばお前、これから起こることについて、お前は知っているのか」

「これから起こること?」

「どうやら何も教えてもらってないのか……それとも何も理解してないのか。まぁとにかくかくかくしかじかでな」

 俺は今日の決闘のいきさつについて簡潔に述べた。

「てなわけで決闘が始まるというわけだ」

「せ、先輩! 私のために戦ってくれるんですか」

「いや、俺は戦わないさ。でも、勝ってやるさ」

「先輩かっけーですよ! みーなおしましたよぉ!」

 ユーカが羨望のまなざしで俺の方を見ている。

 そんなとき、

「トマルさん!」

「ん? ファナさん」

 後ろからやってきたファナさんの方へ体を回す。ユーカに背を向ける。

「もうすぐ、決闘が始まりますね」

「そうですね」

 決闘。シリウス大臣の家来7人との決闘。

 さすがに7人全員と真っ向から勝負……なんてことは、数の暴力なので、俺は家来一人づつと戦うことになる。

 たしか最初の相手は先ほどつるんできたクラインというやつだ。

「頑張ってくださいね、トマルさん」

「はい、精一杯頑張りますよ」

「あの、トマルさん、のどが渇いているでしょうからこれを……」

 とまるで運動部のマネージャのごとく、俺に対し飲み物を持ってきてくれた。マグカップに入ったつめたそうな水。

「ありがとうございます。水分補給は大事ですからね」

 そう言って水を飲もうとすると――後ろから殺気のようなものを感じたので振り返る。

「がうっ!」

「ぬわっ」

 猛獣の檻アタック。その衝撃に驚いてしまって俺はつい手を緩めてしまった。マグカップが地面に落ちて、うまいこと割れることはなかったけど、中の水が零れ落ちてしまった。

「おいユーカ、せっかくのファナさんのお水が水の泡になってしまったじゃないか」

「そんなことはどうでもいいんですよ! 誰ですか先輩後ろの人は!」

「なんだよユーカ。妙なところに突っかかるな。ファナさんは大臣の養女(ようじょ)であって」

幼女(ようじょ)! 先輩はロリコンだったんですか!」

 ようじょ違いだ。話が飛躍してやがる。

「養女、つまり義理の娘なんだよ。今回の決闘についてファナさんはいろいろ力になってくれてな。なかなか献身的でその上キレイな人でな」

「きーれーいーなひーと!」

 ユーカは憤り、後ろから見ていたファナさんは顔を赤らめる。

「そうだ、ファナさんはガサツなお前と違っておしとやかな人でな、昨日の夜も俺のことを心配して宿に……」

「夜! 宿! せ、せんぱいは! そういうことに疎いと思っていたのに! 私が居ない間に大人の階段を上ったというんですか」

 なんだろう。ユーカの頭の中では謎のパラレルワールドが展開されているようだ。まったく、頭の悪いやつはとんだ勘違いをしやがる。

「まぁ、ユーカ。そういうわけでお前はそこで俺の勇姿を見物してろ」

「きぃー! 先輩! そこの女と本当はどういう関係なんですか!」

「安心しろ、俺はお前を救ってやる」

 そう言うと、勘違い少女ユーカはぴたりと口を止めた。

「……お前には借りがあるからな」

 俺は石造りのステージへと歩いていく。

「先輩! なんとか勝ってやってくださいよ! 私の命がかかっているんですから!」

「ああ。頑張るぜ」

 そして決闘の火ぶたが切られる。


「それでは、決闘第一戦目、トマリギトマル対クライン・ボストン、間もなく開始しますので、両者ステージの上へと上がってください」


 そう言われて10分後。

 対戦相手のクラインが現れない。一向に現れない。

「えー、クライン様は現れないようですので……第一戦目は、トマリギトマル様の勝利となります」

「よっしゃー」

 ということで、例のごとくの俺の不戦勝だ。

 不戦勝。なんて気持ちのいい勝ち方なんだろう。戦わずして勝つ。これほどの高尚な美徳はあるだろうか。誰も傷つかず、誰も涙を流さない。それでもって完全勝利だ。


 この事態に闘技場の人々全員がどよめいていた。観客席の一番見えやすいところに位置していた、特等席に座るシリウスは冷や汗をかいて口をぽかんとあけている。

 俺のそばにいたファナさんも何が起こったのか分からなくて途方に暮れている。

 ただ一人の例外は、何も考えず手を叩いて喜んでいるユーカ。

「さっすが先輩! ほんとうに戦わずして勝っちゃいましたね! すごいですよ!」

 俺はユーカにブイサインを送る。

「あの、トマルさん……。不戦勝になっちゃいましたけど……。まさか、あのクライン様が棄権してしまうなんて……どういうことなんでしょうか」

「クラインは今頃トイレにこもっているだろうな」

「え?」

 そう、クラインは腹痛になってトイレにこもっているであろう。

 俺が控室でパンを食べていたときクラインに渡したパン、そのパンの中には下剤が入っていたのだ。

 クラインは俺のことを少しも疑わずそれを受け取り頬張った。そしてこのように、腹痛によってトイレにこもることになり、俺との決闘を棄権することとなったんだ。

「おのれ……トマリギトマルぅ……ぅ……汚い手を使いやがって!」

 ステージに遅れてやってきたのは腹を押さえて青い顔をしているクライン。ヒーローは遅れてやってくるものだが、試合時間に遅れては意味がない。ただの敗者だ。

「許さないぞ、トマリギトマル! この卑怯者!」

「卑怯者? 敗者が何をほざこうが、敗者である事実は書き換えられないんだよ。卑怯でも勝てば官軍だ。勝者こそが正義なんだ!」

「くそぉ、あ、腹が……」

 そう言ってみじめな姿で去っていくクラインであった。

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