エピローグ:旅は道連れ世は情け
魔王の祭壇にて戦った各々と、そしてなぜか32階のマカロンちゃんとエキドナも加わって、テラスさんの家で『クッキーパーティ』となる。
「うぉおおおおおおお! こうなりゃやけ食いだぁああああああああ!」
サバトは自らの骨折り損を嘆き、テラスさんお手製のクッキーを口に放り込んでいく。
「わわわわっ……。サバトさんのキャラが崩壊している……」
「その怒りの矛先が、どうか私たちに向かないようにいのるまでですねー」
マルスとウラノは仲よく肩を寄せ合っている。
「ほーらマカロンちゃん、クッキーをお食べ」
「ガォオオオオオオオオオオオ!」
「メェエエエエエエエエエエエ!」
「シャァアアアアー!」
エキドナがマカロンちゃんのライオンの顔に向かって一枚のクッキーを突き出す。どこか奈良公園で鹿に鹿せんべいを与える絵に見えるが、あのマカロンちゃんは口から紅蓮の炎を吐くんだ。
そんな危険なモンスターに対し、誰も恐怖を抱いていない。まぁ俺たち以外全員魔女だし、ペットみたいなものと考えれば問題ないだろう。
そんな奇天烈な魔女たちと対照的に、おとなしくイージスがクッキーを食べている。
まるで子リスがドングリをガリガリ齧るみたいにイージスはもぐもぐクッキーを食べていた。
「イージス、口にクッキーのかすがついてるぞ」
俺はハンカチでイージスの口をぬぐってやる。
するとイージスがくぅーっと細く目をつぶる。
俺は妹というものを持ったことがないが、こういう小さな子(実際は100歳以上だろうが)の世話をするというのは、どこか心が和むものだ。それは人間の本能によるものなんだろうけど、本能であるからこそ抗えない。
「よしよし、お前はよく頑張ってくれたな」
「マスター、ありがとう」
俺はイージスの頭を撫でる。どこかとろんとした目がなかなかかわいらしい――
「せんぱぁーいい! わ、私もその、お口を拭いてくれませんかぁ!」
俺とイージスの間に割って入ってくるのは、傍若無人のユーカ。そのユーカの顔じゅうにはクッキーのカケラが降り積もった雪のようにおおわれていた。
「お前の顔を拭くと、俺のハンカチが汚れる」
「け、汚れるって! イージスちゃんはよくてなんで私はダメなんですか!」
「お前は顔を洗って出直して来い。顔ぐらい自分でぬぐえ」
「あーもぉ先輩はぁ! イージスちゃんにどうしてそうアマアマなんですか! 先輩はそういう小さい子が好みなんですか! まさかロリババア専門だとか!」
「そんな特殊な性癖は持ち合わせていない。なにを怒っているか分からんが、とにかくそんな顔を近づけるな」
ユーカはしばらく「うがぁー!」とマカロンちゃんに負けず劣らずの絶叫をしていたが、テラスさんが焼きあがったクッキーを持ってくると顔色変えてそっちに向かって行った。相変わらずの、花より団子なやつである。
なので俺はふたたびイージスと話を続けることに。
「イージス、お前は……これからどうするんだ」
「私は、マスターに従う」
「従うってだから、お前は自由に生きていいんだぞ。もうサバトの洗脳も解けたんだ。お前はお前で生きればいいんだぞ」
「でも、私はあなたたちが元の世界に戻る道を断ってしまった。六芒星の台座の六芒星石を集めたとしても……あなたたちが元の世界に戻れる保証はない。私は、勇者を呼び寄せるのに一度失敗しているから」
「でも、六芒星の台座はまかりなりにも異世界へのパスが通るものだろう。俺たちは、今はそれにすがるしかないんだ」
「私は……あなたたちを傷つけてしまった」
イージスがそうつぶやくと、頭をゆっくりと下げた。
「それは、サバトに洗脳されていたからだろう。それならお前は責められることはない。それにお前は一度も俺たちを傷つけていないだろう? お前は、どういうわけかほかの魔女と違って『相手を傷つける』魔法は使っていなかった。いったいどういう理由で防御魔法しか使わないのか……いや、聞くつもりはないが、お前もなにか、過去にあったんだろう」
「…………」
「俺もお前と同じで相手を積極的に傷つけられないんだ。いわゆる似たもの同士というやつだな。まぁ、一時はお前と敵対していたが、最終的にお前に救われたからな。まぁ、俺たちとのことは気にするな。お前は俺たちに義理とか感じなくていいんだからさ」
「でも、私は……あなたに従いたい。あなたは私を救ってくれた。それに……」
「それに?」
「あなたは勇者のニオイがする」
「勇者のニオイ?」
そういうと、イージスは俺の身体に向かって鼻を近づける。クンクンとにおいを嗅ぐ。
俺に勇者の臭いがするのか。一体勇者の臭いとはどんな匂いなのか。腕の臭いを嗅いでみるも、わずかに汗臭いにおいがするぐらいである。
「だから私はあなたに従う。あなたと共に、六芒星石を集める。それが私の罪滅ぼしだから」
「罪滅ぼしって……」
「勇者を呼び寄せるためにも、六芒星石は必要だから、なんにせよ私は石を集めなきゃならない。それなら、私はあなたたちといっしょに石を集めた方が都合がいい」
なるほど。『勇者を復活させる』という野望のためにも、イージスは石を集める必要があるのか。俺たちに対する罪滅ぼしと、自分の願い。その二つを考えて、『俺に従う』と言っているんだろうか。
「そうか。まぁ、お前が石探しのお供になってくれるなら、ありがたいな。お互いの利益が一致するし、一緒に石を探しに行こうか」
「それではマスター」
そう言って、イージスは俺の手を取る。そして――その手にキスをする。
「ええと……」
これはいわゆる“契約の証”というものなんだろうか。
「イージス・シルドーラ、私はあなたに付き従う」
「お、おう……。よろしくな……」
とりあえず俺は了承する。
というわけで、なりゆきでイージスが俺たちの仲間となった。
「ああああああ! せ、先輩! イージスちゃんとなにキスをしているんですかぁ!」
ユーカがクッキーのカケラを顔に付けて叫んでいる。
「キスって、語弊があるようなことを言うな。ただイージスは手にキスをしただけだ」
「そ、それでもキスはキスじゃないですかぁ!」
ユーカが叫んでいると、そのユーカの手をイージスがおもむろにつかむ。
「はへ?」ユーカが素っ頓狂な声を出す。
「ユーカ、あなたにも私は従う。あなたは強い人だから」
そう言ってイージスはなんと、ユーカの手に向かってキスをした。
「いぎゃぁあああああああああああああああああああ!」
ユーカは苦悶の声を上げた。
***
クッキーパーティのあと、俺たちは旅立ちとなる。
しかしその前に、とっても大切なイベントがあるんだ。
「さぁテラスさん、見事サバトを止めたお礼に俺にルビーを下さい」
「先輩はまだそんなことを仰ってるんですか!」
荒城の入り口、まさにここを旅立とうとするとき、俺は出迎えに来ていたテラスさんにルビーを催促した。
俺はあくまで魔王復活の阻止は、金のためにやっていたのだ。報酬が払われなければそれこそ骨折り損である。
「うふふぅ、ぬかりがないのねぇ、少年くん。そんなこともあろうかとぉ、持ってきておいたわぁ」
そう言っておもむろにテラスさんは胸の谷間に手を入れて――そこから、光り輝くザクロ色のルビーを取り出した。
「サバトちゃんを助けてくれたお礼よぉ、どうぞぉ」
「ありがとうございますテラスさん!」
「せーんぱーい!」
「マスター……」
ユーカとイージスがきつい目で俺を睨んでくる。
いくら二人が睨んで来ようとも、金を手に入れればこっちのものだ。お金があれば何でもできる。俺はこの世界の成功者となれるのだ。さーて、このルビーを売って、その金でどうやって『金儲け』をしようかなー……。
「…………」
俺はじっくりと、ルビーの中に映る自分の姿を眺める。
俺はサバトと戦って変わったのだろうか。相も変わらず、俺は金のために頑張っていたにすぎないが……。
「マスター」
そんな俺のもとにも、なぜか付き従うやつが現れた。
「せんぱーい!」
そしてユーカもいる。
ルビーよりも大切なモノが俺の元にはある――なんて、クサいことは言わないが、しかし――……
「テラスさん」
「んん? どぉしたのぉ、少年くん?」
「このルビーはお返しします」
俺は左手に握っていたルビーを右手に移し、右手のそれをテラスさんに差し出した。
「俺には、こんなルビーよりも大切なモノがありますから」
「せ、先輩! その言葉を待ってましたよ!」
「マスターは、かっこいいひと」
俺のことを二人は拍手喝采で称賛していた。
「うふふぅ、少年くん、やっぱりあなたは、大切なモノに気付いていたのねぇ。少年くん、これからの旅は大変でしょうけどぉ、でも、あなたなら、いいえ、あなたたち3人なら、きっと目指すべき終着点にたどり着けると思うわぁ。がんばってねぇ、少年くん」
「はい。テラスさん。俺たちを助けてくれてありがとうございます。この恩はまたお金で……いえ、またこの荒城に戻ってきたときに、言葉で返します」
「わわわ! 先輩がすっかりかっこよくなっちゃってますー!」
ユーカは輝く目で俺を見上げている。
「じゃあねぇ、少年くん、剣士ちゃん、イージスちゃん、お達者でねぇ!」
「さよならですー! 今度はさらに強くなって帰ってきますよ!」
「さようなら」イージスが小さく行った。
「さようなら、テラスさん! ありがとうございましたぁ!」
こうして俺たちは、北の荒城を後にして旅立つこととなった。
あの荒城では、俺たちは命がけの戦いをした。それを乗り越え、俺たちは今生きている。
俺たちが生きる意味、その意味を探すため、元の世界に戻るため、俺たちは歩みを進めた。
***
「さてと……」
荒城を囲う壁を通り越して、俺たちは森の中を歩く。
「せんぱーい、これからどこにいくんですかー」
「そうだなぁ。まずは……王都に向かおうと思っているんだ」
「おうと、ですか?」
「ああ。本で読んだ話だが、どうやら王都には過去の文献を治めた大図書館があるようだ。その文献を調べれば、もしかしたら六芒星石のありかも分かるかもしれない」
「おお! 先輩はいつも私たちの100歩先を見越しているんですねぇ!」
「ああ。それに王都にはいい換金所もあるだろうし……」
「換金所?」
「ああ。このテラスさんより貰い受けたルビーを換金しなきゃならないし」
俺は左手に握っていた、テラスさんより貰い受けたルビーを突き出した。
「ててててててそれってぇえええええええ! 先輩ルビーじゃないですか!」
「ああそうだが」
「て、テラスさんに返したんじゃなかったんですか!」
「俺は返していない。俺が渡したのはただの贋作のルビーだ。手品のパームの技法を使って、贋作とホンモノとをすり替えておいたのさ」
「あんですってぇえええええええええええええええ!」
ユーカが森の動物もおののくほどの絶叫をした。
「せ、先輩! いますぐそのルビーを返しに行ってくださいよぉ! 先輩にはルビーよりも大切なものがあるんでしょう!」
「何をいうか。金というのは絶対的なものなんだぞ。金は一見モノのように見えるが、その実はただの“価値”という概念なんだ。“価値”という概念にそもそも大切とかそうじゃないとか言う話はないんだ。これは俺が手に入れたルビーだ。報酬はちゃんと受け取っておかなきゃな」
「あーもぉ先輩はどうしてネンキンな人なんですか!」
「マスターは、おかねが大好きなのですか」
ユーカの絶叫、イージスの無言の圧力。そんな二人に押されながらも俺は前へと進んでいく。
世界のためでなく、あくまでお金のために。
誠に申し訳ございませんが
しばらく更新をお休みさせていただきます……。




