43.摩天閣にて 其の伍
「それはできない」
イージスはいつものような調子で冷たく言った。
「で、できないってイージス……。たしかに、それはお前が勇者を連れ戻すためのものだろうから、勝手に使われるのはいやだろうけど、でも、一度だけでいいんだ。俺たちを元の世界に戻してくれるなら、なんでもいうことを聞くからさ」
「そうですよイージスちゃん! 元の世界に戻してくださるのなら、どんなことでもおっしゃって下さいよ!」
俺とユーカは必死になってイージスに詰め寄る。
しかしイージスはクールな表情を決して崩さない。
「…………」
イージスは無言のまま、あの六芒星の台座へと向かっていた。その台座をすりすりと撫でている。
「この台座はこわれている」
「な、なんだって……」
イージスが告げた言葉は斧で殴られたような強大な衝撃を与えた。
「私は、100年ほど前、勇者ウルスラを呼び寄せる為にこの台座を使った……はず」
「はず……って」
記憶がまだおぼろげなんだろうか。
「そのとき台座が暴走して……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「お、おいどうしたイージス!」
イージスが放送事故でも起きたかのように、押し黙ってしまっている。欠損した記憶を修復中なんだろうか。
「なんやかんやあって、台座が壊れた……はず」
「壊れたはずって……」
「台座の“石”がなくなっている」
「石?」
イージスはおもむろに台座の上の六芒星に手を置いた。
六芒星の一番上の頂点に指を差す。
そこには――ぽっかりとくぼみがあった。
そのくぼみは、経年劣化によりできたものというより、意図的に鋳られて作られたように見える。
「私が勇者を呼び寄せようとしたとき、台座が暴走……したはず。そのとき、そのくぼみにはめられていた六芒星石が飛んでった……はず」
「と、飛んでったって……。そのヘキサグラムストーンってのは、なんなんだよ」
「この台座の動力源。この台座の六芒星の頂点にあるくぼみ6つにはめられた、6つの石。それがなければ、この台座は、ただの石」
「もともと、この台座にはその6つのくぼみすべてに、そのヘキサグラムストーンってのがはまっていたのか」
「でも、私の勇者復活のさいに全部どこかに飛んでいったはず」
「どこかって、どこに」
「この世界の全土の、どこかに」
「そんなに遠くまで飛んでいったのか……」
「とにかく、サバトはどうやら私が暴走させて壊してしまったこの六芒星の台座を使おうとしていたみたい」
「ということはつまり、その装置が壊れていたってことは……。そもそも魔王復活なんてものは端から失敗していたってことか?」
それはなんという骨折り損な話なんだろうか。
「な、なんだってぇええええええええええええええええええええええええええええええ!」
部屋の入り口から大絶叫がした。
そしてこちらへ、涙顔を浮かべるサバトが舞い戻ってくる。
「そ、そんな馬鹿な! 私の描いた魔法陣は完璧だったのに! あの台座の装置はもともと壊れていたというのか!」
「あれはもともとこわれていた」イージスが言う。
「な、なんでそれを最初に言わなかったんだぁ!」
「私はあなたに洗脳されていたから」
「あああああああああああ!」
サバトは嗚咽を漏らし、その場に倒れる。それを後からやってきたテラスさんが解放する。どうやら二人は俺たちの会話をいぶかしげに思って聞き耳を立てていたみたいだ。
「あああ! そんな馬鹿なぁ!」
ユーカも絶叫していた。
「つまり先輩! 私たちはべつにサバトを倒してやらなくとも魔王復活はどうせ行われなかったってことですかぁ!」
「そういうことだ。サバトも骨折り損で、俺たちも骨折り損というわけだ」
「そんなぁ! 私たち、あんなに必死になっていたのに……」
「まぁそうしょげるなユーカ」
「だってぇ! 挙句にその装置が壊れているってことは、私たち元の世界に戻れないってことになるんでしょう! なにもかも振出しに戻っちゃったじゃないですか」
「確かにそうだがユーカ、世の中なんてこんなものなんだぞ。大金をつぎ込んだ世紀の研究が大失敗に終わったりすることはままあるものだ。大事なのは失敗してもくじけないことだ。それにだ、俺たちにはまだ希望がある」
「希望ですか……?」
「そうだ。たしかにその装置は壊れていて、石がこの世界の全土に飛び散ってしまったようだ。だが、その石さえ集めて台座を直してやれば台座を再び起動させることができるんだ」
「おお! たしかにそうですけど……。でも石を集めるなんて、そんなこと出来るんですか」
たしかにそれは、砂漠の中から無くしたビーズを探すような途方もない話だろう。
しかし、たとえ1パーセントでも可能性があるなら、俺たちはそれに掛けるしかないんだ。
「石はたった6つだ。ドラゴンボールの数より少ないんだ。何とかなるはずだ」
「おお! 先輩いつになくやる気じゃないですか!」
「ああ。早く元の世界に戻って株価を確認しなきゃならんしなぁ」
「ま、また先輩はセンニンなことをー」
ユーカがふくれっ面になる。俺は降ろされた台座を眺めつつ、決意を固める。
台座より飛び散った6つの六芒星石。果たして俺たちはそれらを集めることができるのか。
なんにせよ俺たちのやるべきことが決まったのだ。これからは頑張らないとな。




