42.摩天閣にて 其の肆
そういうわけで、すっかり体力をフル回復した俺たちは祭壇を後にすることに。
「それじゃあみんなぁ、私のおうちにかえってぇ、クッキーパーティよぉ!」
「く、クッキーパーティ……」
戦いを終えた後にクッキーパーティとは、いささか妙な感じがするが……
「わーいクッキーパーティだぁ! 先輩お呼ばれしちゃいましょうよ!」
ユーカはいつものように能天気ではしゃいでいる。
「クッキーパーティはぁ、今までの戦いの和解も兼ねてぇ、ここにいる全員が強制参加よぉ。少年くんに剣士ちゃんとイージスちゃん、それとウラノちゃんにマルスちゃん、そしてもちろん、サバトちゃんも参加よぉー」
「えーと……」
ウラノやマルスは……まぁいいとしてだ。
あのサバトも参加するのか……。
「…………」
サバトは打ちひしがれているのか、部屋の奥で押し黙っている。
あんな……完全アウェーな人を、クッキーパーティに誘っていいものなんだろうか。呉越同舟、たしかにサバトは一応改心したことになったみたいなんだが……だからって、つい数時間前まで殺されそうになっていた相手とパーティをするなんて、どうかと思うのだが……。
「さ、サバトさんとクッキーパーティ……! こ、これは壮大な罰ゲームなのかー!」
「私たちカエルにされちゃうのぉー」
ウラノとマルスがまた肩を寄せ合って涙声を漏らしていた。こいつらはサバトから寝返った魔女だから、立場的にサバトといっしょに居たくないだろう。
そして、サバトと敵対することとなった魔女がもう一人いるんだ。
「イージス、お前はどうする? テラスさんのもよおすクッキーパーティとやらに顔を出すか?」
イージスに尋ねてみる。イージスはかりにもサバトに洗脳させられていたのである。そんなやつとクッキーを食べ合うなんて普通に考えれば正気の沙汰ではない。
しかし、イージスは素知らぬ顔で天井を見上げている。
「私は、マスターに従う」
「従うって……。もうお前は洗脳されてないんだから、自分の好きなように考えろよ」
「私は、マスターが正しい人だと信じている。だから、私はマスターに身をゆだねる」
どういうわけか、サバトを倒し終わってもイージスは俺に付き従っている。
洗脳を解いた義理を感じているからなのだろうか。ちなみにサバトに掛けられた洗脳魔法はすでにテラスさんによって解かれているのだが、イージスはいつもの調子である。
ぼんやりと、うわの空というか、ずっと穴の開いた天井より夜空を眺めている。
「じゃあみんなぁ、こんなさびれたところ、とっととオサラバしてぇ、クッキーパーティに向かいましょう!」
「おお! 行きましょうテラスさん!」
元気よく返事するのはユーカだけだった。
「うぅ……。こうなりゃヤケだぁ! クッキーパーティでもなんでも出てやる!」
「マルスさんかっけー」
ウラノとマルスがまた肩を寄せ合ってぶつぶつ言っている。
「…………」
完全にアウェーとなっているサバトが続いて皆と大きな間隔をあけながら歩いていく。
皆が部屋を出て行く中、俺とイージスだけが部屋の中央に立ちつくしていた。
「イージス……クッキーパーティに出ないにしても、こんなところにじっとしておくわけにもいかないだろう。早くここを去ろうぜ」
俺がイージスの肩に手をかける。しかしイージスはぴくりとも動かず、天井を見上げている。
一体何を見上げているんだ、と俺も穴の開いた天井を見上げる。そこから満天の星々が見えるが、それはこの世界に来てから何回か見ているものなのでさして感動は覚えない。
「あれ」
「えっ」
イージスが天井の穴に向かって指を差した。
そこに一体何があるんだ――と穴を注視する。穴の輪郭をくまなく眺めると……
「ん……」
穴の淵あたりに、なにかの台座が見えた。
遠くからでははっきりとわからないが……とにかく石か鉄でできた何か成型されたものが見えたのだ。
「あれは……魔王復活のさいに用いられた、道具なのか」
魔法使いが使う道具――魔導具といったところか。
「浮遊【フロウ】」
おもむろにイージスがつぶやく。
すると――イージスがふわり、とその場から浮かび上がる。
「なっ……」
それはおそらく浮遊魔法なのだろう。たしかイージスは浮遊魔法を使ってこの階にやってきたようだが、浮遊魔法とはその名の通り自身が浮かび上がる魔法のようだ。
イージスはヘリコプターのように真上に上昇していく。ふわりふわり、天井の穴に向かって一直線に浮かんでいく。
「わわわっ! イージスちゃんが飛んでいます!」
ユーカが踵を返して舞い戻って来た。ユーカだけでなくテラスさんも歩いてきている。
イージスはそんなみんなにお構いなしに、天国へ登るかのごとく天井の穴へと上昇していく。
ふわり、と天井の穴の淵に足を付ける。
ここからはさっぱり、イージスの姿が見えなくなっていた。かろうじて足が見えるが、何か作業をしている模様。あの俺の見た台を運んでいるんだろうか。
そうぼんやり考えていると、イージスの顔が穴からひょっこりと現れた。
「あ、イージスちゃん! どうしたんですか!」
「ほい」
と、イージスはおもむろに、天井の穴へと向かって――あの石のような台を放り投げた。
穴へと投げ入れられた台はそのまま重力に従って下の階へと加速度的に降下していく。
その下に、ユーカがいた。
「って、ぎゃああああああああああああああああああああああああー!」
ユーカが台に押しつぶされた。
そして、ぺっしゃんこになっていた。
「ええっ……」
そんなギャグみたいな話、現実に起こるものなのかと、俺は現実離れした情景にため息をつきたくなる。
そんな俺の元にイージスが舞い降りてくる。
ユーカを台でぺっちゃんこにしておきながら、素知らぬ顔でこちらに落ちた台へ向かっている。
「あの子、ユーカはだいじょうぶなの」
「この状況を見て大丈夫と思うか……」
普通なら大丈夫じゃないと思うだろう。しかしそれはあくまで“普通”の場合の話だ。
俺はひとまずその落ちてきた台をゆっくりと押して動かした。かなり重く、動かしにくかったが、床の隙間に足を入れて、台を横転させてその下のユーカを救出した。
「大丈夫か、ユーカ」
「ふぎゃー……」
ユーカはペラペラの状態になっていた。一枚の紙のような、一反木綿のような妖怪となっている。
「うぉおおおお~……カラダがペラペラになっちゃいましたよぉ~。ラーメンマンにラーメンにされそうにでもなってたんですかぁ~」
「お前はアメリカのアニメのキャラクターか。いまどき、物の下敷きになってペラペラになる主人公なんか見ないぞ」
ユーカはゆっくりと立ち上がり、息を吸い込んでペラペラの身体を必死になってふくらましていた。
まぁそんなユーカのことは放っておくとしてだ。
イージスの落としてきた台、これは一体何だろうか。
横転させていた台を転がして起き上がらせる。台の大きさは銅像の台ほどのもので、触って見るとそれはどうも青銅製の台のようだ。いびつな紋様があり、どこか博物館に飾られている発掘物のようにみえるのだが。
「六角形……だな」
台は六角形型をしていた。
台はまわりに紋様があるものの、その上部の面にはただ星形が描かれているのみだった。その星はよくある五つの頂点からなる星ではなく、六つの頂点からなる、ひとつの二等辺三角形とそれのコピーの逆三角形を合わせたカタチの、いわゆる『六芒星』だった。
ダビデの星、籠目ともいわれるどこか神秘的な幾何学模様のそれが台の上に刻まれていた。ちょうど頂点が六角形の台の頂点の延長線上に来るような感じで配置されている。
この青銅製の六角形の台はなんなんだろうか。サバトが魔王復活のために設置したものなんだろうか。
「これは……たしか、私が持っていた台」
「えっ? イージスが持っていたものなのか」
「それをサバトに盗まれた」
どうやらこれはもともとイージスのものだったようだ。サバトに洗脳された際に盗まれたんだろうか。
「いったい、この台は何なんだ?」
「これは、六芒星の台座。召喚魔法に使う道具」
「召喚魔法だって……」
この台は、ちょうどサバトが書いた魔法陣の裏にあったものだ。
つまりは、この台と魔方陣がセットになって、魔王復活の装置となっていたのか。
「これは、彼岸の世界との道をつなぐ装置。過去の文献をもとに、私が作成したもの。これを使えば、別の世界へ行くことや、別の世界のものを呼び寄せることができる」
「なるほどな。魔女じゃない俺にしてみればただの工芸品にしか見えないが、なんならかの魔法的なものを施せば……その、別の世界とのパスがつながるっていうのか?」
「サバトはこれを使って魔王復活を謀ろうとしていたみたい」
その魔王復活を謀ろうとしていたサバトは、なぜかこの場にいなかった。足早に去ってしまったのか。
別の世界へのパス――そんなものが存在するとは。
たしか、魔王は勇者とともに彼岸の世界へと召されたそうな。その魔王を、この装置を使って呼び寄せようとしていたのか。
「って、待てよイージス。これは、もともとお前のものだったのか?」
「そう。これは私がこの荒城の地下から引っ張り出してきたもの」
「お前は……この装置を使ってなにをしようとしていたんだ」
「私は……勇者ウルスラを……連れ戻そうと思った」
イージスが、どこか物思いにふけながら言った。
イージスはもともと勇者ご一行の仲間の魔女であった。勇者の伝説の中には名前が出ていなかったものの、状況から鑑みるに、それは事実であろう。
魔女は人間より寿命が長い。なので100年前の勇者の仲間であっても時系列が狂うことはないのだ。
そんなイージスが、かつての仲間であった勇者を連れ戻そうと思ったのは、必然の流れだろう。
勇者の復活を遂行しようとしたイージス。そのイージスは不運にもサバトに洗脳され、勇者を復活させるための台座を、あろうことか『魔王復活』のために流用され、挙句の果てにサバトの手足となって働かされた……というのは、同情したくなるような話である。
イージスはいつものようにクールを決めているが、内心どうなんだろうか。
「私は、これを使って勇者を召喚しようとした……と思う」
「と思う?」
「でも、勇者は召喚できなかった……みたい」
「みたい?」
どこかはっきりとしないもの言いだ。まるで他人事のようにイージスは言った。
「私も……サバトに洗脳されたせいで、記憶が混乱しているみたい」
「ああ。奇遇にもお前も記憶が抜け落ちているのか……」
イージスはサバトに洗脳され、記憶をいくらか封印されていたのだ。サバトの洗脳が完全に解けたのはついさっきであり、記憶がはっきりと戻るまで時間がかかるだろう。
「とにもかくにも、これは魔王とか勇者とかを召喚できるものなのか……」
つまりだ。
これは別の世界へのパスをつなげる装置であり、別の世界へ行くことができるものなのだ。
つまりだ!
これを使えば……俺たちは元の世界に戻れるんじゃないだろうか。
「イージス、テラスさんに話したが、俺たちは別の世界からやってきた人間なんだ。俺たちは元の世界に戻るための方法を探すために、この荒城に来ていたんだよ。だからイージス、お願いなんだが、その装置を使って俺たちを元の世界へ戻してくれないか!」
「え、えーと先輩! この装置って元の世界に戻れる装置なんですか!」
呑み込みの遅いユーカもようやく合点する。
「ああ。これでもとの世界に戻れるぞ」
「や、やったぁ! これでおじさんの家にかえれますよー!」
ユーカが高くジャンプして喜んでいる。
俺も内心、心が飛び出そうな気分になっていた。




