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とある国の宮殿からまっすぐに伸びた大通りがある。両端には各国から来た者が商いをしている。この通りはいつもにぎやかだ。そこから外れた原っぱに、寄せ集めたがらくた(・・・・)で造られた荒ら家がある。窓枠もなく、扉もない。ただ、地面を固めたうえに立てた数本の柱に屋根をかぶせただけだ。建物の隣には小規模の田畑があり、葉物を栽培している真っ最中だった。そしてここに男が一人、たった一人でこのみすぼらしい家に住んでいる。貴人から物を恵まれることもなく、浪人から施しを求められるわけでもない、自炊をし、田畑を耕し暮らしていた。生い立ち以外、彼はそこらの庶民と同じであった。ただ彼は人一番勤勉であった。しかしその知識を他人にひけらかすことはせず、いつも黙って町のはずれから大通りのにぎわいを眺めていたのである。夕方は決まって宮殿を何処か難しげな面持ちで見つめ、月が頭上にのぼるころに彼は眠りについた。
ある明朝のことである。土にまみれ、右手に書物を持った青年が男の荒ら家の近くを通りかかった。青年の顔は蒼白で満ちており、数日間何も食べていないようだった。彼は近くの畑に野菜が植わっているのを知った。不安定な足取りで畑に近づき、端っこから青菜を抜きとると、泥をついているのもお構いなしに頬張り始めた。調理をしていない葉物は素直にうまいとは言えなかったが、青年にとっては空腹を満たすには十分であった。しばらくすると、畑の主人が目をさまし、いつものように畑の様子を見に行った。すると畑に植わっていた作物は抜かれ、近くには作物を両手に掴んで貪っている若い男がいるではないか。青年は気配を感じて左を向くと、中年の男が自分を見つめていた。彼はこの男が畑の主人だと察すると顔色を赤色やら青色に変えた。そして男からどんなばつが下るのか考えながら、自責の念と恐ろしさのあまり全身をぶるぶるとふるわせた。
男は青年に近づき、畑を指さしてこう言った。
「お前、この畑で何をしている」
「はい、この畑に植えてある青菜がたいそうおいしそうでしたので思わず食べてしまいました」
青年が潔く認めたので男は気が抜けたが、盗人の様子を察したようである。
「分ると思うが私はこの畑の主だ。なぜこの青菜を食べようとした?」
核心を突かれたと感じ、覚悟を決めて青年は告白した。
「はい、私は随分前から物を食べた覚えがありません。しかし大通りで食べ物を買うお金もなく、路頭に迷っておりました。この本を金にする方法もあったのですが、これは私の命と同じ、手放すわけにもまいりませんでした。あなたがこの畑の主人であるのなら、どうぞ私をお捕まえ下さい。役人に引き渡せば私はそれ相応の罰を受けましょう」
青年は男に土下座をした。
「今も腹が減っているのか?」
「え?」
「お前のことだ。随分と青菜を食ったようだが、まだ足りてないか?」
青年は驚きを隠せなかった。
「い、いえ…もう十分でございます」
「そうか…見ての通り私も貧乏人。家具を買う金もない。だがこの通り野菜はそれなりにある」
そう言って男はこの青年を咎めることをしなかった。
帰り際、男は青年に言った。
「ところで、その本は何だ?」
「学術に関する本ですが、何か?」
「私も人間だ。何もないまま物を取られるわけにはいかん。お前は青菜を食った。ならば私はお前の本を借りる。これでおあいこだ」
「この本でもよければどうぞ、お貸しします」
青年は男に何度も頭を下げ、青菜を二束貰って大通りの方へ下って行った。