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「行ったぞ、ダーク!」

 密林の奥で自分の名を呼ぶ声がする。ダークは駆けながら、手にした槍を振り上げた。

 鬱蒼とした密林。ジメジメとしたぬかるみは、油断すれば途端に足を取られてしまう。肌にまとい付く様な湿気と、むせ返るような濃い緑の匂い。その中で、地を駆る獣の足音に混じって、荒い息遣いがすぐ側で聞こえた。

「ハアッ!」

 ダークは渾身の力を込めて、胸まである下生えの中へと槍を投げる。途端に鋭い悲鳴が上がり、ドオと地響きを立てて何か巨大なものが地面に倒れた。

「やったか!」

 その音を聞きつけて、下生えを掻き分けながら追い立て役の男が飛び出して来る。

「待て、グリーン!」

ダークは手を挙げてそれを制すると、倒したばかりの獲物にゆっくりと近付いた。

 ヒュー、ゴー、ヒュー、ゴーと、ふいごのような荒い息遣いが聞こえる。用心深く近付くと、下生えが倒されてポッカリと出来た空間に、巨大な黒い体が横たわっていた。脇腹からはダークの投げた槍がニョッキリと生えている。全長四メートルはあろうかと思われるその獣には、イノシシのような蹄と剛毛が生えているが、その頭部はどう見ても複数の複眼を具えた蜘蛛だ。こんなあり得ない形態をした動物がこの辺りでは増えていた。

「これが仲間を襲ったヤツかな」

 その名の由来でもある碧の瞳を持つグリーンが、恐る恐る近付いて来て、獣の口にゾロリと並んでいる鋭い歯を見ながら訊ねる。

「わからない」

 ダークは首を横に振って答えた。

 数日前に仲間のハンターが獣に襲われて死んだ。死んだ、と言っても、襲われた声を聞いた者がいるというだけで死体は無い。獣に持ち去られてしまったからだ。だが、五十キロ近い人間を咥えて走るには、この獣では体高が低いようにも思われた。

「この獣は食べられる。持って帰ろう」

 ダークはそう言うと、腰に差していた鞘から短剣を引き抜く。そして、躊躇うことなくその獣に止めを刺した。


 数百キロはありそうな獲物を二人で引き摺りながら戻ること一時間。やがて、木々の合間に白いドーム型の建造物が見えてきた。壁面には窓が無く、ツヤツヤとした光沢のある板が何枚も張り合わされたような外観をしている。見えている部分は地上三十メートルくらいだが、地下にはその何倍ものスペースがあり、通称『ハウス』と呼ばれるこの施設内で、もう随分前から大勢の人間が共同生活を営んでいた。

 人々は与えられた役割を担い、自分たちの生活を守っている。ハウスの運営を管理する者。地下プラントで作物を作る者。ダークやグリーンのように外へ獲物を狩りに行く者は、通称『ハンター』と呼ばれていた。

「今日はご馳走だな」

 グリーンがダークと一緒に獲物を引き摺りながらウキウキと言う。しかし、森の出口に近付くにつれて、彼らと一緒に狩りに出た筈の仲間たちが手ぶらで戻って来るのを見かけると、がっかりしたように溜息をついた。狩った獲物はハウス内にいる者全てに公平に分けられる。つまり、獲物が少なければ一人頭の取り分も少なくなり、今担いでいる獲物の肉も口に入る頃には握り拳くらいになってしまうからだ。

 しかし、それが不満というわけではない。少年たちも一生懸命獲物を探して走り回ってきたのだ。その証拠に、どの少年もハンターのチームカラーである麻色のシャツとズボンは泥だらけで、全身擦り傷だらけである。一人などは川にでも落ちたのか、頭から爪先までびしょ濡れだった。

(しかし、自分たちが獲った獲物だけでハウス全員の蛋白質を補うことは不可能だ……)

 ここで生まれた子供たちは、十歳まで基礎教育を受けた後でそれぞれの担当に配属され、ベテランから仕事を教わる。しかし、ダークが配属された頃にはたくさんいた大人達も、今はもう一人もいない。全員がみな若くして死んでしまったのだ。

(グリーンとのチームを解散して、互いに誰かを育てた方がいいのだろうが……)

 しかし、そうすると当然狩りの成功率は落ちる。自分達まで獲物を獲ってこられなくなってしまったら、ハウスはいったいどうなってしまうのか。ダークにはそれがとても不安だった。

 森から出ると、二人が持ち帰った獲物を見たハンター達がワアッと一斉に駆け寄って来て、凄い凄いと口々に賞賛しながら喜色満面ではしゃぎ回る。それもそのはず、彼らはみな子供なのだ。一番大きな子でも十三、四。ダークやグリーンも大人と呼ぶにはまだ若い十六歳の青年だが、それでもハンターの中では年長組だった。

 グリーンはワイワイ群がる少年達に荷物の運搬を任せると、群れから外れてキョロキョロと辺りを見回す。

「あれ、ブラックは?」

 いつも必ず獲物を持ち帰る筈の、ダークと同じ黒髪黒瞳を持った最年長ハンターの姿が見えない。すると、いつもブラックと組んでいる少年が、あ、と小さく声を上げて言い淀んだ。

「どうした?」

 先を促すと、戸惑うように視線を揺らす。

「実は昨日、毒虫に足を刺されたらしくて……」

「何ッ?」

 途端にダークが気色ばむ。

「なぜもっと早く言わない!」

「心配するから言わないでくれと……大丈夫だからと言われて……」

 ダークのただならぬ剣幕に、少年が泣きそうな顔になる。ダークは慌てて走り出すと、ハウスへと急いだ。

「ブラック!」

 駆け付けた時、ちょうど一枚の壁が上部にスライドして、中から誰かが出て来るところだった。ダークはそれがブラックの部屋の扉なのに気付き、思わずホッとしてスピードを緩める。しかし、すぐにそれが白衣を着た見知らぬ男だと気付くと、ハッとして立ち止まった。

「……『管理者』だ」

 後から追い掛けて来たグリーンが、すぐ横に並んで小さく言う。

「管理者……」

 ダークは小さく繰り返した。

 『管理者』とは、文字通りハウスを管理している者達のことである。ハウス内で生まれた子供たちは彼らに育てられ、基礎教育を受けるのだが、子供の頃は毎日のように見ていたその白衣姿をハンターになってから見るのは初めてだった。しかし、一瞬感じた違和感はそのせいではない。ダークはその違和感の正体にすぐに気付く。若いのだ。ダークが子供の頃に見ていた管理者は、全員三、四十代の大人だったが、目の前にいる管理者はどう見ても自分たちより少し上、二十代前半にしか見えない。もしかしたら、ハンター達と同様に、管理者の中にも低年齢化が進んでいるのかもしれなかった。

 男は二人いた。男達は白い布でくるんだ細長い荷物の両端を持ち、外へと運び出している。ダークはすぐに、その中身が人間だと気付いた。

「ブラックをどこへ連れて行く気だ!」

 慌てて駆け寄り、引き止める。しかし、男たちのダークを見る目は冷ややかだった。

「この男は死んだ。腐る前に処分する」

「死んだ……?」

 ダークは男の言葉を呆然と繰り返す。他のハンター達の死因も、毒虫に刺されたことによる体組織の壊死だった。

「そんな……バカな……」

 少なくとも昨日までは元気だったのだ。川で捕まえた大きな魚を抱え、今日はこれを唐揚げにしてもらおうと言って明るく笑い……。

「ブラック!」

「よせ、ダーク……!」

 布に手を掛けようとしたダークは、後ろからグリーンに引き止められる。男達はダークを無視すると、黙々と荷物を運び出して別の扉からハウス内に運び込んでしまった。

「……彼の体はどうなるんだ」

「処分するって言ってたね」

「処分ってなんだ……」

「さあ……」

 グリーンはそう言うと、後ろを振り返る。ちょうど、先程の少年達が一生懸命今日の獲物を引き摺って来るところだった。


 ドーム型をしたハウスの一階部分は、縦長の長方形の板をグルリと張り合わせたような外観をしている。この一枚一枚がハウスの外壁であり、ハンターたちの個室のドアとなっていた。ダークたちは獲物を運び終えると、近くを流れる小川で汗を流してから各々の入り口の前に立つ。壁に手を当てると指紋が照合されて、扉が上にスライドした。内部はベッドがあるだけの簡素な小部屋で、個室の数は全部で三十。つまり、ハンターは全部で三十人ということになる。窓も無く、天井の真ん中に灯りが一つ灯っただけの薄暗い小部屋は、部屋と言うよりは穴倉と呼ぶ方が相応しかったが、それでも彼らが外敵を恐れずに休息できる唯一のスペースであった。

「じゃあ、また明日」

 グリーンが片手を挙げてダークに声を掛ける。グリーンの個室はダークのすぐ右隣だ。

「……、寄ってくか?」

 心配そうに声を掛けられたが、ダークは首を横に振る。

「いや……」

 じゃあ、と手を挙げて自分の個室に入ろうとすると、いくつか年下の少年がグリーンの個室にスルリと入って行くのが目の端に映った。


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