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「身長は伸びたが、少し痩せたね。脈拍、血圧その他に異常無し。血液反応は……」

 男がそう言って僅かに屈み、鼻梁にかかった眼鏡を押さえながら排泄装置のデータを読み取る。

「……今日も無し、か」

 声にあからさまな失望が漂う。ベッドに横たわっていた少女は、困ったように青い瞳を曇らせた。

「ああ、そんな顔をしなくてもいいんだよ、イヴ。君が悪いわけではないからね」

 染み一つ無い真っ白な白衣に身を包んだ長身痩躯の男はそう言うと、口元だけで微笑んでベッドに歩み寄る。灰色の髪に同色の瞳。切れ長の目や細い鼻梁や血色の悪い薄い唇の、そのどれもが神経質そうで冷たい印象を相手に与えた。

 男は仰向けに寝ている少女に手を伸ばすと、肩から胸元に掛かっている金色の髪を指先で掬って脇に退かす。そして、膝下丈の薄い水色のワンピースの、襟から裾まで一列に並んでいる同色のボタンをゆっくりとした動作で胸元から一つ一つ外していくと、薄い布地を左右に開いて、少女のほっそりとした肢体を白い照明の下に晒した。

「どこか痛い所は無いかい?」

「はい」

「いつもと違ったところは?」

「ありません」

「そう……」

 男は首筋から胸、腹部、足までを丹念に調べると、その細い足首を掴む。意図に気付いた少女がそっと両膝を開くと、男はチラと奥に視線を向けてから、そこには触れずに足首を離した。再び薄布を合わせ、元通りにボタンを嵌める。

「はい、終わり。明日また来るけど、それまでに赤いものが出たら知らせてね」

「はい」

 イヴは頷き、起き上がる。その俯いた小さな顎を、男が指先で持ち上げた。

「イヴ」

 男の顔が近付き、イヴはいつものように目を閉じる。いつの頃からか、男は検査が終わるとイヴの唾液も確認するようになった。男の体に染み付いている薬品のツンとした刺激臭よりも、ねっとりとしたその行為の方が不快で、イヴは微かに眉を顰める。

「じゃあ、また明日」

 男はそんなイヴの表情には気付かずにそう言うと、いつものように部屋を出て行った。途端にイヴは、真っ白な部屋の真ん中に独りで取り残される。部屋にはドア以外には窓も無く、部屋の中央にあるたくさんの計器が付いたベッドの他には家具も無い。少しすると、ドアの右手にある壁の一角が開き、食事の載った盆が現れる。少女はそこに歩み寄ると、盆の上の冷めたシチューと丸いパンを立ったままでガツガツ食べた。


 少女は物心付いてからこの方、この部屋を出たことがなかった。そればかりか、自分と先程の男以外の人間を見たことすらない。その部屋と男だけが少女の世界の全てだった。

 男は自分を『管理者』だと言った。そして、少女は『被験者』なのだと教えてくれた。男の仕事は少女の体に異常がないかどうかを毎日調べることで、それ以外にも色々と役目があるのだと言っていた。それは何なのかと問うと、男は含みのある笑みを浮かべてイヴの唇を啄ばんだ。

「僕の可愛いイヴ。君は何も考えずに僕の言うことだけを聞いておいで。そうすれば、ずっとここで幸せに暮らしていけるからね」

「シアワセ……」

 イヴは男の言葉を繰り返す。しかし、その意味まではわからなかった。


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