翡受の儀式
当初よりキャラがみんな柔らかくなっちまったい。
どうしようかね、ということで続きです。
"カッコイイね。"という言葉を急いで飲み込んだ私は、言おうとした言葉を認識してから、また顔が赤く火照り始めたことに気がつき。
赤くなった顔を悠に気が付かれないように扇子で隠すと、見ないように視線をさ迷わせた。
悠は"どうした?"みたいな顔で私の続きの言葉を待っている。
「真面目に見えるよ」
無難な言葉だと自分でもわかっているが、自分なりの精一杯の言葉だった。
それよりも私はどうしてカッコイイなんて言おうとしてるのかしら。
ん?下心無しで気にしないで言えば問題は意外とない?
って考えてるだけで意識してるみたいじゃない…!!
でもやっぱり着流しの着物よりも袴に紋付羽織を着ている姿に見とれてしまうことも確かだ。
「おい。扇子で自分の頭を殴る異様な光景を見せ付けるな」
あきらかに呆れている悠の声に私ははっ、と我に返ってそのまま体を硬直させる。
悠の言った通り私はぺしぺしと軽く自分の頭を叩いているまま固まっていた。
軽くとはいえ気づくべきなのに…。
恥ずかしい場面を見られて、自分の醜態に咳込みながらも睨むように見つめ返す。
「えっと…精神統一よ!!」
さっと扇子を背中に隠せば、悠は肩を竦めてため息をついた。
「緊張してんのか?」
「そうなの…かな?」
カッコイイって言えばいいか迷ってたら、いつの間にか自分の頭殴ってましたとか言えません、言えるわけないじゃない。
それにあながち間違ってはいないから、なおさら何も言えないのだ。
「…魅月」
少し低い心配そうな声に顔を上げて悠を探せば、そんな沈んだ顔をしていたのだろうか。
気がついたら心配そうに覗き込む悠が目の前にいた。
驚いて身を引こうとするが十二単の裳(長く後ろに伸びている着物の一枚)を踏んでしまったらしく後ろに倒れそうになる。
「きゃ!?」
すぐさま腕と腰に悠の手が回され転ばずにはすんだのだが、悠の背の高い体が私を捕まえていた。
それを認識した瞬間に体温が上昇したのがわかる。
「っ…!!」
「危なっかしいな魅月は」
私は目を白黒させながらパニック状態にいた。
フラッシュバックする響くあの誓いと唇の感触。
はしたないとわかっていても、未知の領域の好奇心には勝てなかった。
「ありが…と…」
落ち着いて自分。
お願いだから暴走と妄想爆発しないで。
キスしたいとか考えるの禁止。
もっと悠を知りたいとかも禁止。
「なんだ?」
じっと私を観察するように見ていた悠は不思議そうに返事をした。
「ごめんなさい、そろそろ離して…下さい…」
テンパりにテンパった結果あんまり恥ずかしくて悠の手を払いのけてしまった。
更に顔を赤くして私は俯いてしまう。
「ごめんごめん。調子に乗った」
そう笑う悠は何処か辛そうで、私まで胸の奥がチクリと痛みを訴えた。
なんだか酷くいたたまれない気分に襲われ、なんとか元気づけようとするがいい案が浮かばない。
けれど口調とは裏腹に悠は笑顔を絶やさない。
「……。」
私は悠の手を取るとあの時優しく握り締めてくれた悠のように私より大きな手を握り、口をぱくぱくさせながら悠を見つめる。
「え…?」
ただ単純に喜ばれたくて、何か言おうと試みただけ。
悲しげな顔をされたく無かっただけ。
深くは考えていなかったのだが…。
「「「「おほんッ」」」」
いきなり聞こえた複数の咳ばらいに私は動きを止め、一気に顔を赤らめた。
なぜなら視線の先、悠の後ろに私の兄弟が守護者と共に珍しく正装で立っていたからだ。
「何やってんだ魅月」
烏魏に睨まれて私は悠の手を離すと、悠を烏魏達の方に向かせて後ろに隠れる。
途端に守護者達が跪き私に挨拶してきた。
「本日は裳着おめでとうございます。」
「ありがとう。顔を上げて大丈夫よ」
私が笑いかけると守護者達は顔を上げて深々と頭を下げるとまた顔を上げ悠へ視線を移した。
「で、アンタが巫女様の守護者か」
烏魏の守護者である愁星が、品定めするような目つきで悠を見つめている。
私は隠れているのも忘れて守護者達のやり取りを聞いていた。
「はい。悠と申します。」
ただ穏便に悠は名乗る。
彼等は腑に落ちない表情だが力を認めているのか何も言わない。
「でさ…悠?君は魅月に何させようとしたの?返答したいでは…殺すけど」
「ちょっと魄?!」
魄の物言いに私が前に出ようとして裳にまた引っ掻かってしまった。
「またぁっ!?」
バタンと行く前にまたガシっと悠に捕まれた体にホッと息を着くと、全員が頭を抱えていた。
「こんなんで大丈夫なのかよ?」
魎ががりがりと頭をかきながらこちらを見てくる。
大丈夫かというのはこのあとの翡受の儀式だろう。
ちゃんと練習してきたから大丈夫!!とすぐに言えない自分が悔しかった。
「大丈夫…だよ…多分」
悠の着物の端を握り締めながら呟く。
更に深いため息を烏魏が吐き、守護者達は苦笑い気味だ。
「練習は馬鹿みたいにしたし、この日の為に生きてたって言っても過言じゃないくらいのことはやってきたよ」
顔を引き締め真剣に前を見据えながらみんなを見つめると守護者達意外全員か、ほうけたような顔で私を見つめていた。
「え?なに?」
「…今回のお手柄は悠か…」
ため息混じりに落ち込んだように呟いたのは魎で、悠が何か気が付いたようにぴくりと肩を揺らした。
「え。意味がわからないんですけど」
私の抗議そっちのけで落ち込む魎達に守護者が"巫女様に無礼ですよ"と言っても、"まだ巫女じゃないからまだ平気"と言って取り合ってくれない。
「…僕達じゃダメだったんですよ」
落ち込み気味の魑架の発言に私はハテナを浮かべる。
魑架の守護者が頬を引き攣らせて笑っていた。
「兄弟の俺達じゃダメだっただけだ。悠が適任者だったんだよ」
ちょっと…意味がわからないって。
するとようやく悠が口を開き、私の頭をポンポンと撫でながら、私にだけ聞こえる声で呟いた。
「みんな魅月が成長したって言ってるんだ。胸を張っていいんだ」
そう言うと悠はまた柔らかく笑った。
撫でる手が熱くてまた顔が真っ赤に染まったのは言うまでもなく、私は急いで兄弟に視線を移した。
しかし兄弟たちはじとーっとした雰囲気で魄以外泣きそうなのだ。
「な…泣かないでよ…!?私が今まで鬼婆先生の指導に堪えれたのはみんなのおかげなんだから!!」
「本当…?」
「本当!!」
必死に私が励ますと私の馬鹿兄弟は存外単純なのか、すぐに目を輝かせ嬉しそうに私の頭を(飾りが取れない程度に)撫でた。
「魑架様」
「魎様」
「烏魏様」
「「「いい加減にしてください」」」
その雰囲気に守護者達がため息混じりに笑った。
「全く…近すぎる僕らが変えるのは難しいくらいわかってたはずなのに」
ぼそっと魄が言った言葉に悠が小さく息を吐くとくるりと踵を返す。
「俺は何もしてないですよ。ただ魅月が変わろうとしてただけですから」
悠の言葉に魄は自虐的な笑みを浮かべると吐き捨てた。
「随分と知ったような口ぶりだね?君は僕等の何がわかるんのかな?それに、君から同情を受けるなんでヘドが出るよ」
「…同情なんかではありません。貴方方は過保護過ぎる。けれどそれが貴方方の愛情でしょう?魄様。それを選んだのは貴方方で、わざとそう仕向けて役割を頂いた私が受け取って行っただけです。」
「………。」
「俺はただ自分の与えられた役割通りに動いただけです。魅月様が望むままに」
「役割…ねぇ?思ったより君は聡いのが僕は意外だけど今どうでもいや。その聡さがいつか君の何か大事なモノを傷つけることになるよ。僕はまだ君と知り合ったばかりだけど、君のそんなところが好きになれそうにないよ。」
「魄様…!!」
「下がってくれる?槻夜」
「しかし魄様!!」
「…なんだ、槻夜も僕に盾突く気かい?偉くなったものだね君も」
「…お言葉ですが、魄様。私は解任されることは怖くありません。しかし魅月様の前で魅月様の守護者と言い争いはお辞め下さい。これから裳義と翡義が行われるというのに、貴方様方の言い争いをお聞きになされば、式の開催に関わりいたします。せっかくの祝いの席でを台なしになさいたいのですか?」
「……、わかったよ。」
槻夜の言葉に何か思うことがあったのだろう、魄は小さく息を吐きいらついた感情を逃がすように悠から視線を外すとこちらを見向きもせずに私に向けてひらりと片手を上げる。
「じゃあね魅月、僕は先に行ってるから。翡受翠の儀式、頑張れ」
そう魄は言い残して、そのまま歩き去ってしまった。
その後ろを守護者である槻夜がついて行くのを悠含め静かに見送ると、飽きれ気味に最初に口を開いたのは烏魏だ。
「そろそろ俺達も暇する。あともう少しで裳着が始まるだろう?もう自分の持ち場に戻る。それと、悠。魄の言ったことをお前が気にする必要はない。ただ自分の大切な魅月をお前に取られ、嫉妬を制御出来なかったアイツが悪い。だからほって置け」
「…烏魏様がそう言うのでしたらそうなんでしょう。わかりました。では、魅月様も移動しましょうか。」
「…うん、わかった」
私は少し腑に落ちない気がしたが、時間が迫っているので深い追求や、魄の後を追いたい気持ちを抑えた。
「じゃ、魅月頑張れよ!!」
「魅月お姉ちゃん、こけちゃダメですよ!!」
すると私の様子に心配したのか、魎と魑架が私に対して元気付けるように、ギャグが入ったようなことを投げかけてそのまま烏魏と3人で歩き去って行った。
「なっ、魑架!!転ばないわよ!!魎も居眠りなんかしたら許さないから!!」
その後ろ姿に舌を出しながら叫んだら、悠かに化粧が崩れるからやめろと怒られてしまった。
*
そして私は今、通称封印の間である祠の前で正座をしていた。
暗い社には蝋燭2本の光しか無く、周りには当たり前だが誰もいない。
なぜなら封印の間には巫女以外は入れない結界が張ってあるらしく、入る時もこんな広い空間があの狭そうな封印の間にあるとは思わなかったのだ。
とりあえず蝋燭が導くまま、歩いて来た場所は私が目的としていた翡翠の玉と大通蓮がある本殿で間違いないらしい。
私は覚悟を決め、震える手をきつく握りしめながら今まで叩き込まれてきた通りに言葉を綴る。
「我は巫女なり。我名を魅月と申す。我の名前におきてそのおかげをお見せたまへ。鈴鹿御膳の名のがり、我に契約申し上ぐ。」
そう、私が言った瞬間に翡翠の玉が光ったかと思うと大通蓮がふわりと浮かび、翡翠色のもわもわとした光が大通蓮を包んだ。
そのまま私に向かって大通蓮が移動して来る。
ああ、もう戻れない、と痛いほど自覚しながら躊躇う自分を奮起させようと息を呑んだ。
大通蓮は目の前でぴたりと止まると、私は大通蓮に手を伸ばし唇を痛い程噛み締めながらその鞘を掴んだ。
その瞬間に翡翠色の光は消え、大通蓮の中から重苦しく嗄れた声が聞こえ始める。
《愉快、愉快。主の名は魅月とな?如何にもあやつが付けそうな名前よのう。》
おじいさんと呼ぶには重すぎる声音、神と呼ぶには少々禍禍しい雰囲気に戸惑いながら大通蓮が言った"あやつ"を指す人物に変に惹かれた。
「大通蓮様、私は…」
《よい、よい。言わずともわかっておる故、主は翡翠に触れておれ。翡受の儀式はもう終わっておる。ただ主をここに残したのは…、何。我の気まぐれよ、気まぐれ》
「気まぐれ……、」
存外大通蓮様は暇なのだろうか、と思いながら大通蓮様を片手に持ったまま反対の手で翡翠の玉に触れる。
ピリッと静電気の様な痛みが指先に感じたがそれは一瞬で、直ぐにこれが巫女の力なのだと本能的にわかる。
刹那両目からこぼれ落ちて来た涙に驚きながら、拭わずに上等な着物に染みて行くのを黙って見つめていると、大通蓮様が呆れたように言った。
喋り方を古くしたかったんです。
イライラしないでねッ