表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

亡くなった婚約者を、1日だけ想う。

作者: 有梨束
掲載日:2026/08/19

暑い季節の終わり頃、死んだ人の魂が地上を彷徨って一時的に帰ってくるという言い伝えがある。


その時期に、1日だけ元婚約者の写真を引っ張り出してきて部屋に飾り、思い出す日を作っている。



今年で7年目。

悲しみは乾き、少しの寂しさだけが残っている。


「本当にあなたが死んでから、私大変だったんだから」

彼の好きだった紅茶を飲みながら、一人部屋で写真に向かって文句を言う。


文句ぐらい聞いてもらわなきゃ割に合わない。


「当然結婚はなくなったから、また一から相手探しだというのに、結婚適齢期ギリギリで同世代の人なんてほとんど残ってなかったし」



彼が亡くなったのは20歳で、私は当時19歳だった。

結婚式の日取りだって決まっていて、準備に忙しくしていた頃だった。


「何しても死ななそうなあなただったのに、馬車の事故に巻き込まれそうになった見知らぬ少女を助けて、自分が死んじゃうんだもの。まったく、あなたらしいっていうか、私を置いてってムカつくっていうか」

当時を思い出すと、なぜそんなことをしたのかと彼に対して怒りも込み上げたわけで。


でも責める相手も、泣き喚いて抱き留めてくれる相手も、もういなくなっていて…。



「あなた、私を1人にして不安とかなかったわけ?」

セピア色の写真でも、白い歯を出して笑っているとわかるほど、豪快に笑っている元婚約者のおでこを爪で弾いた。


「なに、笑ってるのよ。ほんと腹立つ」

直接言えない気持ちを、何年もかけて伝えるのは、自分への慰めになる。


それに彼の時間は止まってしまったけれど、私の時間は動いている。


「せいぜい私と結婚できなかったことを、空の上で後悔するといいわ」

そう言って、紅茶が飲み終わった時、廊下の方がバタバタと騒がしくなった。


すぐに扉が開いて、可愛い訪問者が飛び込んできた。


「お義母さまっ、庭で僕たちとお茶にしませんか!」

8歳の継子である息子がニコニコ顔で、誘いに来てくれた。


続いて、旦那様が焦った様子で部屋に入ってきた。


「ああ、こら、ダメじゃないか。今日はおかあさまの大事な日だから、そっと見守るんだよって言ってあっただろう?」

「だってぇ、お義母さまいないとつまらないもん」

「ごめんね、邪魔しちゃったね」

息子をぐいぐい引っ張りながら、旦那様はすまなそうに眉を顰めた。


その光景があまりにもいつも通りで、笑ってしまう。



「ふふっ、大丈夫ですよ。ちょうど終わったところだったので。誘いに来てくれてありがとう」

私がそう返すと、息子は旦那様の手を逃れて、私へと抱きついてきた。

それをそっと抱き締め返す。


今の私には、抱き締め返すと体温のある家族がいる。


そのことでどれだけ救われているか、きっと息子たちも旦那様も、全部はわかっていないのだろう。



まあ、あなたならきっとわかっているんでしょうね。


そう心の中で呟いて、目だけで写真を見た。



「あーあ、義母上すみません。あんまり甘やかさなくていいですからね」

15歳の長男が、生後半年の息子を抱えて、同じく部屋を覗いていた。

家族全員大集合である。


「ふふ、どちらかというと私が甘やかされているんですよ。ねえ、旦那様?」

「そんなことないさ。君が来てくれてから、うちがどれだけ明るくなったか」

「じゃあ、お互い様ですね。さて、行きましょうか。庭に行けばいい?」

8歳の息子に訊くと、満面の笑みで頷かれた。

今日も、息子たちが可愛い。


「うん!今日はね、オレンジケーキなんだって!」

そう言って、誘えて満足したのか「早く行こう!」といの一番に部屋を飛び出していった。


「ああ、もう…、廊下を走るんじゃないよ」

旦那様が廊下に向かって大声で言う背中を見ながら、ちょっとだけ目頭が熱くなった。


「先、行ってますね」

一番上の息子も苦笑いしながら、次男のあとを追っていく。



「……本当にごめんね、今日は死者を思う日なのに」

「それは、旦那様もそうではありませんか…」

「僕らは君たちほど、心を通わせてなかったからなぁ」

旦那様は顔を顰めながら、肩を竦めてみせた。


その気遣いが、少しばかり残る痛みを和らげてくれる。



「……あの人の好物、オレンジケーキまでありがとうございます」

「僕らにできるのはこれくらいだからね。本当にもう大丈夫なのかい?」

「はい、言いたい文句は全部言えたので」

「そうか。じゃあ、君をそろそろ僕ら家族に返してもらおうかな」


旦那様はそう言って、私の手を優しく握った。


あたたかい手と繋いで部屋を出ようとした直前で、写真を仕舞い忘れたことに気づく。


「あ、写真を仕舞ってきてもいいですか?」

「もちろん」


手が離れて寂しくなったが、急いで戻って写真を手に取った。


彼の剥き出しの歯が、家族の誰とも似てなくて、泣きそうになる。



「私、可愛い息子たちと旦那様に囲まれて、すごくこの生活好きなの。だから、あなたもまだ私を見ているなら、どうか見守っててね」


1年に1回だけ引っ張り出す写真を元の場所に戻して、私は旦那様のところへ戻った。



「お待たせしました」


私の生きている時間は、こっち。

だから、あなたのことはまた来年思い出すわね。






お読みくださりありがとうございました!!

230日目。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ