8 従事者の乙女≪サーヴァント・メイデン≫
夜の王都は静かだった。
喧噪も、灯りも、見回りの足音すらない。
散歩をするなら夜に限る。誰にも見られずにのびのび出来るから。
「この時間がいちばん安らぐ」
なんて夜の時間を満喫していると、どうやら邪魔者が現れたようだ。
少女が道の真ん中に立ち、こちらを睨みつけている。
薄暗い道に浮かび上がる赤い瞳。
小柄な身体だが、研ぎ澄まされた敵意をまとっている。
深く被るローブの中から向けられている視線が痛い。
「あなたはシュヴァルツ・クリーガーさんですか?」
質問してくるということは話は通じるということだ。
であれば。
「そうだけど。まず話し合わないか?やり合うのはそれからでも遅くないだろ?」
明らかな敵意を発してきているので、それに対しての牽制だったが。
「その喋り方。あなた、本当にシュヴァルツ・クリーガーですか?」
問いに、ハっとする。
その問いかけをしてくるということは普段の俺を知っているということだ。
シュヴァルツ・クリーガーという変な奴と喋り方が違うという違和感を問うてきた。
つまりこいつは騎士養成学園に在籍し、そこにいる俺を知っていることになる。
「ふっ。愚問だな。俺こそが闇に生きる存在。観測者からの認識を外れ完全なる計画を遂行するために闇に生きる誓約者として君臨する者ぞ?」
すぐに立て直して高らかにそう宣言する。
「そうですか」
ほっ。なんとか誤魔化せたらしい。危ない危ない。
っていうか騎士学園の生徒がこんな時間になんの用だ?
普通に学園で声を掛けてくれれば……。それもそれで困るか。
でも、そんな敵意を向けられても。
「人違いじゃなくてよかったです。では、死んでもらいます。お嬢様のために!」
少女は地を蹴った。
「なにもよくない。よくなさすぎて驚くわ」
双剣の抜刀、構え、接近。全てが速い。
それに迷いがない。敵意だけで動いている。
彼女の言葉。お嬢様のため?というと、どっちだ?
クラウス・ザルヴァインが今日の今日で仕掛けてきたのか。
或いは――。
右の斬撃を一歩後退で躱し、続く左の突きを身をひねって躱す。
「速い。が、それだけだな」
さらに踏み込み斬撃が迫る。交差する刃は正確で速い。
「真っ直ぐで見切りやすい攻撃だ」
斬撃を紙一重で避ける。
続けざまに襲い来る斬撃をひたすら紙一重で避け続ける。
「王子殿下の指示か?」
「違います!これはわたしの意志です!」
「ではお嬢様。いや、ヴィオラ・グレイシャの指示か?」
「ち、違うと言いました!わたしの意志だと言っているんです!」
「なるほど、ヴィオラ・グレイシャの指示か。道理で従者の質が低いわけだ。程度が知れるな。所詮は落ちぶれた貴族の娘か」
「ッ!お嬢様を、バカにするな!」
予想通り、挑発に反応して攻撃が大振りになった。
懐に入り込んで少女の額に指を添える。
「止まれ」
その瞬間に魔力を注ぎ込む。
「かっ……」
少女の目が見開き、動きが止まる。
膝を付き、手がぶらりと降ろされた。顔だけが持ち上がり、こちらを見上げる。
「な、なにを、したん、ですか……」
「魔力を流し込んで筋肉の動きを止めただけだ。安心しろ。生命の維持に必要なところには干渉しないようにしてある」
膝を付いて目線を合わせる。深く被っていたローブを外す。
ふわっと、長い金髪が風に靡く。
赤い虹彩に黒く深い瞳孔。幼さの残る輪郭に白い肌。
こ、こいつ……!
み、見たことない奴だ!
騎士学園にいるとか思ってたけど見たことない!
っていうか生徒の顔なんてほとんど覚えてなかった。
なんならかなり目立ってるヴィオラのことも知らなかったし、そりゃそうか。
「ヴィオラの付き人か」
「くっ!」
どうやらその通りだったらしい。であれば。
「俺がヴィオラと付き合っていることがそんなに気に喰わないか?」
「わかってて言うんですか!そうですよ!あなたみたいな変な奴。なにか弱味を握って脅しているのでしょう!そんなこと、わたしが許しません!」
とんだ勘違いだが、怒っている様子を見るに俺の言う事なんて信じてくれなさそう。
ここで押し問答をしても無駄と見える。
ヴィオラの付き人だってわかったのでヨシとしよう。
明日あいつを問い詰めればいいや。
ここで痛めつけたら、俺の過去を探られかねないからな。
「今日のところは許しておいてやる。俺とヴィオラの関係については、ちゃんとヴィオラ本人に聞いておけ。わかったな?従事者の乙女」
問いに、少女は頷かない。
それでも敵意は和らいでいるようだ。
指を鳴らして魔力を散らす。
自分の身体が自由になったことを確認してから、少女は立ち上がった。
「夜も遅い。気を付けて帰れよ。どこで観測者が干渉してくるかわからんからな。正義執行、しかしそれも道理か」
背中を向けて、俺は騎士養成学園の寮に戻ることにする。
「襲った相手を心配するなんて。やっぱり"変な奴"みたいですね、シュヴァルツ・クリーガー」
攻撃する意志はなさそうなので、俺は返事をせずに寮へと帰った。
―――――――――――――――――――――――――――
朝靄に包まれた訓練場裏。
誘き出された気配が背後に立ち止まった。
「変な奴。こんなところでなにをしているんですか?」
「従事者の乙女か」
そこに立っていたのは昨日、強襲してきたヴィオラの付き人。
騎士養成学園の制服を着ているところを見ると、ここの生徒だったらしい。
全く見覚えがないのは彼女が目立たないようにしているからか、或いは俺が周りに興味を持っていないからか。
ともあれ、彼女が現れたのは予想通り。
ヴィオラとの関係を本人から聞いたはずだ。
果たしてヴィオラは彼女になんと説明したのか。
「その呼び方やめてください。わたしはセレナ・ノクスという名前があります」
「であれば俺の事を変な奴と呼ぶな。俺にも狂人の運命を背負いし孤高の常闇・闇に生きる存在という真名がある」
「それはあなたが自称しているだけです」
「面白いことを言う。自称こそが真名の定義ではないのか?もし違うというなら是非ともご教授いただきたいものだな。お前の答えで観測者が納得するとは思えんが」
「やっぱりあなたは変な奴ですね」
呆れた様子でため息をされる。
そうそうその反応。それがいいんだよ。それでいいまである。
真似されてこっちが狼狽えるなんて展開もうごめんだからな。
「それで。俺になにか用か?」
「昨日、お嬢様に変な奴のことを聞きました」
「なんと?」
「お嬢様は変な奴と付き合っていると言っていました。クラウス王子にも卒業するまで変な奴と一緒にいたいと説明したと」
ヴィオラは付き人であるセレナにも嘘を吐く方針らしい。
であれば俺もそれに付き合うしかない。
「ですが、それは納得できるものじゃありません。お嬢様は『彼を愛しているから』と言うばかりで、本当の理由は教えてくれませんでした」
「本当の理由は口にしているだろうに。お前がそれを信じようとしないだけで」
「違います!そんなわけありません!お嬢様が、こんな……。こんな変な奴のこと好きになるはずがないんです!」
「好きになるはずない、か」
そんな人を殺すような剣幕で本人を目の前にして言わなくてもよくない?
付き人にそんなこと言われたら普通の男子だったらギャン泣きしちゃうよ?
セレナの言い分が正しいから俺はギャン泣きなんてしないけど。
俺みたいな人間のことを好きになるなんてありえない。
有り得ない。が、少しイラっとした。
例え普段の俺が変な奴だとしても、強く否定されて苛ついちゃう俺マジ小者。
……いや、別にイラっとしたからではないが、ここは怒るのが正解。
なぜなら俺とヴィオラは付き合っていることになっているから。
付き合っているならここで怒る演技は必要になるはず。
ということで、俺は蔑むような視線をセレナに送る。
「ふっ。主を疑うとは随分と忠誠心が低い女だ。従事者の乙女の名が聞いて呆れる」
「ち、違います!わたしはお嬢様のことを小さい頃から知っているから言っているだけで。お嬢様は変な奴みたいな人を好きなるはずありません!」
「見苦しい!本心を知るのに必要なのは時間か?否。それは断じて否である」
「ではなにが必要なんですが?わたしとお嬢様にあって、変な奴とお嬢様にあるものなんてないはずです!」
「自分で言っていてわからないのか?やれやれ、とんだ赤子なのだな、お前は」
「べ、ベイビー!?」
「今更ながら、お前の声が赤子の泣き声に聞こえてきたよ。俺にあってお前にないもの……。それは愛だよ、セレナ・ノクス」
「あ、あい?」
「そう、愛だ。人と人とが真実の愛により真に繋がる瞬間。その瞬間にこそお互いの本心が繋がるする。例え従事者の乙女として長い年月を冷徹の女帝と共に過ごしたと言え、お前は彼女と……。キスとしたことがあるか?」
「き、キス!?」
顔を真っ赤にして手で顔を隠すセレナ。
見た目通り、どうやら本当にお子様のようだ。
「俺はある。冷徹の女帝と口付けをしたことが……。ある!」
したというか完全に「された!」って感じだけど、ある!
本当にある!改めて考えると自分でもびっくりするけど、ある!
「しかも頬にではない。唇と唇で!」
「なっ……。なっ……」
「それなりにねっとりと!」
「ね、ねっとり!」
「それなりの時間、繋がるし合った!」
「繋がるした!?」
セレナの真っ赤に染まる。
もうちょっとで目を回しそうな勢いで顔が赤くなっている。
せっかくならその目を思い切り回したいところだ。
「キスこそが人と人とが真実の愛により繋がるする行為。だからこそ俺は知っている、冷徹の女帝の本心をな。それで、お前はどうだ?」
「な、なんですか?」
「キスをしたことがあるのかと聞いているんだ!冷徹の女帝と真実の愛を確かめ合う行為を愛し合う領域で!お前はしたのか!!」
「ひっ!」
鬼気迫る追撃に、セレナが怯える。
「ないのだろうな。所詮は従事者の乙女。真に心が繋がることはない。そんなお前に彼女のなにがわかる?とてもじゃないが、そんな事では本心を理解しているとは思えん。故にこの俺、狂人の運命を背負いし孤高の常闇・闇に生きる存在こそが冷徹の女帝の恋人に相応しいと言える!違うか!」
俺の適当な言い分に、セレナは口を閉ざした。
俯いて、握りしめていた拳と肩が震え始める。
「そんなんじゃない……」
「なに?」
「そんなんじゃない!そんなんじゃないもん!ヴィオラちゃんとわたしは、そんなことしなくても心が繋がってるもん!」
あげられた顔。真っ赤に染まる瞳が涙で滲んでいる。
「わたしとヴィオラちゃんは小さい頃からずっと一緒にいたんだもん!」
「ふっ、笑わせる。キスもしたことがない赤子が俺達の愛し合う領域に土足で立ち入ろうとするなど!不届き者と知れ!」
「わたしとヴィオラちゃんは友達なんだもん!」
「友達以上恋人未満!その程度の関係性でなぜ恋人であるこの俺に勝てると思うのか!その意識の低い思想、悔い改めろ!俺に追いつきたいのなら、せいぜいキスをして欲しいとせがんでみたらどうだ?赤子が親に乳をせがむ様に……。そう、まさに赤子のようになぁ!セレナ・ノクス!」
「っ!変な奴!変な奴なんて大っ嫌い!バカ!死ね!変な奴!」
そう言ってセレナ・ノクスはどこかに走り去っていった。
その背中が見えなくなったところで。
「いかん。あまりにも反応がいいからめちゃくちゃなことを言ってしまった」
煽った事に対してちゃんとリアクションしてくれる奴ってなんでこうもからかいたくなるのか。
ちょっとからかい過ぎた気もするが、まあヴィオラの付き人だしいいだろ。
っていうかキスで本心が知れるってなに?意味わからん。
にしてもセレナ・ノクス。あまりにも純粋で、あまりにも。
「ヴィオラのこと慕ってるんだろうな」
こんなむちゃくちゃ言われたら昨日みたいに攻撃してきてもおかしくない。
なんなら昨日以上に怒って殺意を向けて襲ってくるのが普通。
そうしなかったのは恐らく、主の言いつけを守ったからか。
「ヴィオラちゃんって呼んでたし」
本当はそういう関係なんだろうな。
さて、ヴィオラにはなんて説明したらいいものか。
あまりにふざけ過ぎたので、少し申し訳なくなってきた。
次からはもうちょっと自重しないと……。と思うが。
あの真っ赤になる顔をみると、からかいたくなるんだろうな。




