7 完璧な第三王子≪パーフェクト・ザ・サード≫
ザルヴァイン王国の第三王子ともなれば、情勢に疎い俺でも少しは知っている。
クラウス・ザルヴァイン。
王族でありながら王都騎士団の特別部隊の隊長を任されている。
普通の王族なら名ばかりの将校ポストに甘んじるはずの立場。
それなのに特別部隊の隊長を任されているということは、確かな実力があり、本人自身が強くありたいと望んだ結果。
外見は、思っていたより若い。歳は俺と五つか六つ違うはず。
背筋は伸びていて、姿勢は端正。顔は整っている。
地位も強さも外見も。穴はない完璧な男だが。
「そうか。あの時の偽りの笑み」
「ぐりえ、すく?」
不意の単語が理解できなかったのか、王子殿下は首をひねる。
そう、クラウスは一昨日ヴィオラと中庭を歩いていた男だ。
なるほど。そうなると内面も出来上がってると見える。
王子が騎士学園の名前も知らない俺に会釈してきたのだから余程のこと。
貴族や側近が見れば「頭を下げないでください!」と慌てて止める事件だ。
「完璧な第三王子が許嫁だったわけか。なかなかどうして、俺の恋人はやってくれたようだな」
にしても第三王子か……。第三王子?第三王子!?
なんでグレイシャ家のお嬢様が第三王子と許嫁なんだよおかしくね!?
グレイシャ家は落ちぶれたって言ってたよな?
なんでそれで第三王子が出てくるの?全く持って意味わからないんだが。
おいおいマジかよ相手は第三王子。
間違った発言をすれば即首が飛ぶぞ……。
第三王子クラウス・ザルヴァインの首が、な?
「どうかしたかい?ボーっとして」
はっ!?あまりにも直視したくない現実すぎて意識が飛んでいた。
あぶねえあぶねえ。不敬罪で危うく首が飛ぶところだったぜ……。
第三王子クラウス・ザルヴァインの首が、な?
「それで、ひとつ聞きたいんだけど、その手はなんだい?」
驚き過ぎて意識が意味不明なループしていると、俺とヴィオラが腕を組んでいることを指摘してきた。
許嫁からしたら当然の疑問だ。
むしろこの状況で今まで平然としていられることに感心する。
さすがは王子といったところか。
仮に俺の彼女が知らん奴と腕なんて組んでたものなら嫉妬で即首を飛ばす。
あまりの嫉妬で首が飛ぶ。
彼女なんていないから飛ぶ首なんてないんですけどね。
「し、失礼しました!」
ヴィエラが腕を解こうとするが、俺はそれに抵抗をする。
「ちょ、ちょっと」
「言ったはずだ。彼女は俺の恋人だと。それすなわち当然のことをしているだけなわけだが、なにか文句でもあるか?」
内心では焦り散らかしているが、なんとか正気を保って涼しい表情で対応する。
「なるほど。ヴィオラに恋人が出来たって噂を聞いていていたけど、それは本当だったんだね。気になって見に来て正解だったよ」
「正解?ふっ。この状況を見てよくそんな暢気なことが言えるものだな」
「言えるさ。だってヴィオラはボクのモノだからね」
言葉は静かだが、氷のような冷たさを感じる。
それを感じ取ったのはヴィオラも同じだったようだ。
彼女の肩がぴくりと動いたのがわかる。
それにしても、見事に言い切ったな。ボクの"モノ"だと。
もともとこれは政略結婚。
愛情なんてものが存在する方が稀。やはりこいつらのそれも同じだ。
しかし、相手が第三王子なのによく偽装恋人なんて考え付いたもんだ。
普通の貴族だったら泣いて喜ぶ申し出のはず。
余程の理由でもあるのか?
「でも、心配だったのは本当だよ?」
「政略結婚で得られる予定だった"モノ"が知らない男と腕を組んで歩いていたら、さぞ心配になるだろうな。心中お察しする」
王子の目がわずかに細くなる。
「言葉が過ぎるんじゃないか?シュヴァルツ君」
「何度も言わせるな。俺はヴィオラの恋人。完璧な第三王子が相手といえど、譲るつもりはさらさらない」
「困ったな。ボクは許嫁なんだけど」
「聞いて呆れる。政略結婚に愛があるのか?否。それは断じて否である。真実の愛は狂人の運命を背負いし孤高の常闇・闇に生きる存在であるこの俺と冷徹の女帝にこそ微笑んでいる。この光景を見てそれが理解できんかよ?クラウス・ザルヴァイン王子殿下」
怒涛の追い込み、口元がわずかに歪む。
笑っていたはずの仮面が、ほんの一瞬剥がれかけたように見えた。
「君という男に少しだけ興味が湧いてきたよ」
「俺は闇に生きる存在。興味を持たれるほどの男じゃない。仮に持ったとしても詮索はしない方がいい。狂人の運命に関わった者は決まって封印機構殲滅戦に巻き込まれる。その先にあるは世界の終焉。完璧な第三王子はその覚悟をお持ちか?真実の目にはそうは映らんな。それとも語るかよ?始まりの物語は高貴な誇りを汚すとも知らずにな」
「ま、待ってくれ。君の言い回しは格好いいが、ボクには少し難しい」
だろうね。俺もなに言ってるか自分でわからないから。
だが。
「ならこれ以上、話すことはない」
突き放す言葉を放つと、クラウスの視線が隣に向けられる。
「ヴィオラ。ボクはキミともお話ししたいんだけどな」
「ク、クラウス様。わたし、私は、その……」
視線が泳ぎ、それでもクラウスの方へ向けられていない。
明らかに顔色が悪くなっており、腕を締める手が震えている。
第三王子を前にしているのだから、これが当然の反応か。
だから。
「ふっ、随分と情けない姿だな。冷徹の女帝の名が聞いて呆れる。お前の覚悟はその程度だったのか?であればこの誓約はここまでだ。こうしているうちにも完全なる計画にズレが生じ、終末機関に付け入る隙を与えかねない」
ヴィオラの手を払い、背を向ける。
「子供のおままごとに付き合っているほど俺は暇じゃない。呪われし娘と自分の立場を蔑み、可哀そうで可愛い自分を慰めてもらいたいだけなら、その役割を背負うのは俺じゃない。クラウス王子殿下の方が適任だ。違うか?」
震える彼女を見て鼻で笑う。
「沈むかよ?真の奈落の深淵に。決して微笑むことない始まりの物語を脳裏に想い、自由を渇望する者を見失うがいい」
さらに嘲笑う。
すると、彼女の眼が据わる。
震える身体を抑えるように拳を握りしめて、深く息を吐いた。
そして、クラウスを正面から見つめ返す。
「クラウス様。婚姻の件は了承しております。なんの価値もないグレイシャ家に目を掛けて頂き、身に余るほどの光栄です。ですが、騎士養成学園に在籍する3年間は私の自由を約束してくれたはずです。だから私は……。私は、恋をしたいんです!愛したこの人と一緒に、卒業まで添い遂げたいんです!」
大声でそう伝えるヴィオラ。
「だからどうか、今はこの人の。シュヴァルツ・クリーガーの隣にいさせてください!」
頭を下げるヴィオラ。
クラウスの偽りの笑み。
俺が嫌う、顔に張り付けたような笑み。
そして、据わった目、相手を見下したような冷たい瞳。
クラウスは、息を吐きながら頷いた。
「キミが羨ましいよ。こんな可愛い子に、こんなにも愛されているなんてね」
言いながら俺の目の前に立つクラウス。
その張り付けられた笑みは完璧だった。完璧に、作られた笑み。
「また今度。落ち着いたところで話そう。シュヴァルツ・クリーガー君」
俺の肩を叩いてその場を後にするクラウス。
その姿が見えなくなった後、俺は深く息を吐いた。
まったく、日に日に厄介度が上がっていくお願いだ。
あまりにも厄介度が急上昇しすぎて困る。
だが、第三王子とこうして話せたのはなかなかない経験が出来た。
恋人ごっこをして生徒たちに睨まれ続けるよりかはよっぽど有意義。
一歩間違えたら即首が飛ぶだろうけど。
第三王子クラウス・ザルヴァインの首が、な?
なんて、あまりふざけ過ぎると俺の首が飛びかねないか。
緊張が解けたのか、ヴィオラふらふらと歩き、俺の肩に手を置いた。
まるで木に寄りかかるように身体を預けてくる。
「おい」
「ごめんなさい。もうちょっとこのままでいさせて……」
か細い声は、今にも泣きだしそうな色が含まれている。
「俺に喰いついて来た時は平然としていたのに。随分とビビってるんだな」
「当たり前でしょ。第三王子よ?むしろなんであなたは平然としていられるのよ」
それは、そう。さすがに第三王子が出てきた時は驚いた。
だが、俺も今の言語にだいぶ浸食されたようだ。
それはつまり潜在的に変な奴であること。
でなければ王子に喧嘩を売るようなことをしない。
我ながらイカレた行動をしたと思う。
もともと俺がまともな時期なんてなかった気もするが。
それに、あの偽りの笑みにイラっとしたことも原因か。
あの面を張り付けたような笑みは、見ているだけで昔を思い出して腹が立つ。
「……王子といえど平等に人であることには変わりない。違うか?」
「違わないけど」
息を吐き、こちらを見上げるヴィオラ。
「ありがとう。私を奮い立たせてくれて。助かったわ」
「なんのことを言っているのかわからんな
「素直じゃないのね」
まったくもってなにを言っているのかわからん。
この関係を終わらせられるならそうしてくれと、進言したつもりだったんだが。
それよりさっさと離れて欲しい。
「恋人だったらこういう時、抱きしめて安心させてくれるものじゃないの?」
「勘弁してくれ」
その余裕を、クラウスがいるときに見せて欲しかったもんだ。




