6 変・ナ奴≪フルネーム≫
昼の鐘が鳴った。
騎士学園の学生たちが、ぞろぞろと学食へ流れていく。
もちろん、俺はそこに混ざらない。
いつものように人が来ない屋上でひとりでパンをかじるつもりだ。
が。
「シュヴァルツ。学食へ一緒に行きましょう」
背後から涼しげな声が聞こえた。
振り返るとヴィオラ・グレイシャが立っている。
偽りの誓約、もとい恋人の振りを始めた翌日。
彼女は既に偽装恋人を当然のように実行していた。
事情があるとはいえ割り切りが凄い奴である。
「俺は闇に生きる存在。故に人込みを嫌う」
「いいから行きましょう」
「おいおい、俺に容易に触れるかよ?狂人の運命に触れるということは死を意味するぞ?それでも無知を続けるということは……。祈るかよ、始まりの物語を」
今日もキレキレに決める。
教室にはこそこそと喋り声が広がり、誰もがこちらを見つめている。
「おい、ふたりが付き合ったって本当だったのかよ」
「ありえないだろ。ってかなんだよ闇に生きる存在って」
「あいつって「変・ナ奴」って名前だろ?違ったっけ?」
「そうだよ。あいつは「変・ナ奴」だよ。オレ出席簿で見たから間違いない」
ん?変・ナ奴?変・ナ奴!?フルネームが変・ナ奴!?
それはさすがに、ダサすぎんだろ……。
あと出席簿には絶対そんなこと書いてない。
あいつは嘘つき。絶対に忘れない。あとで復讐する。
オレ、ユルサナイ。
「シュヴァルツ。いえ、シュヴァ。いいから一緒に行くわよ」
腕を引っ張りながら彼女は顔を耳元に寄せ。
「約束はしっかり守ってくれる?これはそれに必要なことよ?」
ふんわりと漂う甘い香りに気を取られそうになるが、そうも言っていられない。
意地悪そうに微笑むヴィオラ・グレイシャの冷たい瞳。
しかたない、か。
「ほらはやく!私の恋人!」
「そんなに引っ張るな、冷徹の女帝。わかっている。俺達は運命共同体。時を共にするのは道理。さあ、行くぞ。愛し合う領域へとな」
立ち上がると、ヴィオラは躊躇いなく俺の腕を取った。
逃がさない。という意志を感じるほど強く腕が抱きしめられる。
「す、少し近くないか?」
「そんなことないわよ?それに声が震えているわ。しっかりしなさい」
暖かく柔らかい感触に声が震える。
ヴィオラも耳まで真っ赤になって視線があちらこちらに泳いでいた。
もやは目立つというレベルをはるかに超えて周囲の視線が痛い。
初日からこんなことになるとは、想像以上に厄介な頼まれごとだったかもしれない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
学食に入った瞬間、空気が変わった。
あちこちのテーブルから、声にならないざわめきと視線がぶつかってくる。
「嘘だろ?変な奴とヴィオラ様が?」
「昨日のこと本当だったのかよ?いやキスはしてたけどさ」
「罰ゲームじゃなかったのか」
全方位からの驚愕と困惑。
気持ちはわかる。が、いちいちこっちを見ないで欲しい。
本当に、心の底から恥ずかしいから。
見られることも、噂されることも、ヴィオラに腕を取られていることも。
「落ち着いて狂闇に生きる存在。あなたと私は運命共同体。この程度の雑音、霧のごとく無視できるはずよ」
こいつ、この期に及んで俺の言語に合わせるとは。
とんでもなく強い心臓をお持ちのようで羨ましいことこの上ない。
「ここでいいかしら」
俺たちは空席だらけになった一角に腰を下ろす。
他の生徒たちは自然と俺たちを避けていった。
遠目で見てた方が面白いもんな。くそが……。
「さあ。お弁当を作ってきたから一緒に食べましょうか」
こ、こいつ、意外に家庭的!貴族のお嬢様が自分で料理!?
しかも騎士養成学園に来ているゴリゴリの武闘派が?
そんなの聞いたことがない。本当に貴族か疑いたくなる。
「はい。これはシュヴァのぶんよ」
そう言って渡された弁当箱には可愛らしいハートが書かれていた。
や、やってる!こいつ完全にやってやがる!
魂を悪魔にでも売ったのかコイツは!
知らしめに来てるぜ……。周りに"付き合っている"ということを。
「じゃあ私が食べさせてあげるから。はい。あーん」
ここまで完璧に演じられる奴がどこにいる?
自分でグレイシャ家は落ちたと言っていたとはいえ貴族の子だぞ?
こんな礼儀も作法もなってない。
庶民ですらやりしない無茶苦茶なこと平然とやってのける、だと?
悪魔だ……。こいつは人間の皮を被った悪魔。
俺の理解の遥か外。異世界で生きてやがる!
「付き合ってるとは言え凄いですね」
「ヴィオラ様があんなことを……」
「変な奴はなにをしたの?きっと悪魔に違いないわ」
いや悪魔はヴィオラで俺は被害者なんだが?
「は、早くしなさいよ。手が疲れるんだから」
恥ずかしいことをしていると理解はしているのだろう。
既にヴィオラの目には涙が溜まり、相変わらず顔が真っ赤である。
しかたない。これは、これが誓約なのならば、やるしかない。
ヴィオラが差し出したものを口に運んで、咀嚼する。
周りがざわめき、視線の痛さが加速する。
「う、美味いな。恋人よ」
「そう。ならよかったわ。あ、あとは自分で食べてね」
お互いにギクシャクした身体を動かして昼食を進める。
「でも視線が集まっているのは演出成功の証。大丈夫。恋人らしく見えるはず」
下を向きながらボソボソと呟いているヴィオラ・グレイシャ。
お前までそんな恥ずかしそうにするなら今すぐにでも解放してくれ。
俺はもう心臓が止まって死にそうだから……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
食後、俺たちは中庭を歩いていた。
もはや俺は疲労困憊。こんなに疲れたのは何時ぶりだろうか。
こんなことなら魔物や人と戦ってた方がよっぽど楽だ。
本来であれば庶民の俺がヴィオラ・グレイシャという貴族のお嬢様と腕を組んでいる状況は夢のようなことだが、全く嬉しくない。
疲れすぎて腕の感覚ももはやない。
「これも必要なことなのか?」
「もちろんよ。適切な距離を保ちながら自然な時間を共有する。それが恋人の基本よ。存分に見せつけていきましょう」
自信満々に言うヴィオラ。
本当にそうか?
屋上からよく生徒達を見ているが、こんな距離を縮めてる奴等は滅多に見ない。
付き合っているという生徒達も聞くが、せいぜい手を繋いでいる程度。
腕を組んだり、いきなりキスをしたり、ご飯を食べさせあったり……。
そういえばヴィオラはキスも初めてだって言ってたよな?
まさかこいつ。
「適当な所で知識つけてきたわけじゃないよな?本当にあってるよな?」
「……大丈夫よ、たぶん。あっているから、たぶん。恐らくだけど」
絶対に間違った知識で恋人の振りしてる。
貴族のお嬢様だろ。付き人がいるなら早急に止めてくれ。
くそ、こんなことになるなら俺の方で少しは調べておけばよかった。
いやいやなんでそんなこと俺がしないと調べないといけないんだよ
もうなんか、色々と言いたいことがありすぎて頭が痛い。
そんなこんなで周りに見せつけるように中庭をぐるぐる回っていると。
「やあ、ヴィオラ。今日は珍しい相手と一緒だね」
軽やかで涼しい声がした。
目を向けるとそこには顔立ちが整った、鎧に身を包んでいる男性。
爽やかな笑顔を浮かべ、だが瞳だけはこちらを測るように冷たく光っている。
「それに、そんなにも近い距離で。羨ましいね」
この嫌な視線と、張り付けたような笑顔。
どこかで見た事あるような。
「シュヴァ、紹介するわ。このお方はザルヴァイン王国の第三王子。クラウス・ザルヴァイン様。私の許嫁よ」
紹介された第三王子。
クラウス・ザルヴァインはそっと、手を差し伸べてきた。




