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中二病を演じる最強騎士は、氷令嬢と偽りの恋人になる  作者: すなぎも


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46 世界の終焉《ワールド・エンド》

 聖堂に響くのは砕け散る氷と荒い息づかい。

 セレナは壁際に追い詰められながらも、なお剣を構え続けていた。

 肩口から流れる血は止まらないが、その瞳だけは鋭いまま。

 クラウスが舌打ちをし、氷の刃を放つ。


「小賢しい!ただの小娘がこのボクに歯向かうなんて!キミは弱者だ!ひれ伏せ!」


 ふらふらになりながら、しかしセレナは迫る氷刃を寸前で躱す。


「こんなことをしている暇はない!死に体が邪魔をするな!」


 怒号を挙げなら氷剣を振り上げ斬りかかるクラウスを見て――セレナが笑う。


「舐めないでください」


 小さな一歩が踏み込まれる。

 満身創痍の身体が生み出した斬撃は、クラウスの右腕を切り落とすのに十分すぎる切れ味を持っていた。


「ぐっ……!しかしこの程度!今のボクにはどうということはない!」


 血を噴き出した肩が氷に覆われて、そのまま氷の腕が作られる。

 両者が振り向き――既にセレナに剣を持ち上げる力は残っていなかった。

 振り下ろされた氷剣が彼女の眼前に迫ったその瞬間。


「っ!」


 眩い光が割り込むように奔り、迫る氷剣を弾き砕いた。

 瞼を重そうにしながらもセレナが目を向けた先。


 そこには薄い蒼銀の髪をなびかせ、身体に光を宿したヴィオラが立っていた。

 その身体には膨大な魔力が渦巻いている。


「ヴィ、ヴィオラ、ちゃん……」


 驚きと安堵が混じる声に、ヴィオラはセレナへと近付く。


「おぉ氷獄の支配者!ようやく戻ったか!待ちわびたぞ!」


 両手を広げて帰還を喜ぶクラウスの隣を通過し、ヴィオラはセレナを抱きしめる。


「ありがとう。あなたのお陰で幾つもの命が守られたわ」


 辺りには王族や貴族が聖堂に閉じ込められていた。

 彼らが襲われなかったのは、クラウスと死闘を繰り広げていたセレナ功績だ。


「あとは任せて」


 ヴィオラの足元に、煌めく魔力陣が広がる。

 支配者から受け継いだ膨大な魔力が辺りに満ちていく。


「なんだその魔力は……。貴様は支配者じゃない、まさかヴィオラか!」


 クラウスの顔が引きつる。


「ええ。それも、あなたの人形なんかじゃない。……冷徹(エンプレス・オブ)(・ザ・)女帝サイレント・グレイシャの真名(・リージェント)よ!」


 剣を構えるヴィオラに。


「こっ……。この期に及んでふざけるな!ボクをバカにでもしているつもりか!だが、そんな態度でいられるのも今のうちだけだ!この呪具で再び氷獄の支配者を呼び覚まし、ボクの操り人形となれ!」


 呪具に宿った禍々しい魔力がヴィオラへと向けられる。

 空間を歪ませるほどの力が彼女の身を包み。


「それが、どうしたの?」


 しかし何も起こらなかった。

 平然としているヴィオラの姿を見て、クラウスの額には冷や汗が浮かぶ。


「なに?なぜだ。なぜ効かない!起きろ氷獄の支配者!ボクの声を聴け!」


 叫ぶクラウスにヴィオラは一歩踏み出し、静かに告げる。


「クリュノスは、もういないわ」


「貴様なにを!」


「ここにあるのは私の魔力……。そう、これはもう私の魔力よ」


「ふざけるな!」


 ガキィン!と甲高い音が聖堂に響いた。

 クラウスが振り下ろした氷剣は、ヴィオラが纏う光の魔力に弾かれる。


「どきなさい」


 ヴィオラは呪具をクラウスから奪い取り、鋭い蹴りを繰り出した。

 足裏が腹部に突き刺さり、クラウスは呻きながら聖堂の壁に叩きつけられる。


「こんなものがあるから!」


 奪い取った呪具を掲げてヴィオラはそれに魔力を込めた。


「バ、バカ……。やめろ。それは、ボクのだぞぉ……」


 吐血しながら自身に治癒魔法を掛けて、目の前の光景を否定するクラウス。


 だが、その声はヴィオラには届いていなかった。


「絶対に、こんなもの……。もう二度と!」


 彼女は新たに得た魔力を練り上げ続け、呪具の内部へ叩き込んでいく。

 しかし、呪具はその魔力を餌のように吸い上げ続けた。


「まだ……壊れないの……!」


 唇から血が滲んだ。

 体内の魔力が枯渇していくのを、ヴィオラははっきりと感じていた。

 それでも両手を離さない。手のひらの皮膚が焼けるように赤く爛れていく。

 限界を越え、視界が白く滲み、頭の中で鐘の音のような轟音が響く。


 やがて呪具の表面に細い亀裂が走る。

 光が漏れ出し、周囲の空気が震えた。


「終わったわよ……。クリュノス」


 呪具は甲高い悲鳴を上げるように砕け散った。

 ヴィオラの安堵の言葉が零れるよりも早く、冷たい風が吹き荒れた。


「終わりだと?笑わせるな!」


 クラウスが吠える。身体を覆うのは氷獄の支配者から得た力。

 その冷気はヴィオラの身体を容赦なく凍てつかせようとしていた。


 ヴィオラは膝をつき、荒い呼吸を繰り返しながら必死に魔力を練り上げ、氷の壁を展開する。

 だが、その防御は薄い。もはや力を絞り出すのが限界だった。


「これから……。だろうが!そう、これから始まるんだ!ボクが統べる世界は!世界はボクのものだ!世界はボクの手の中!」


 吠えるクラウスの咆哮が聖堂に響き渡る。


「もう終わりだよ。クラウス」


 その静寂を破ったのは低く響く声だった。


――――――――――――――――――――――――

シュヴァルツ視点



 俺はこちらを睨むクラウスから視線を外してヴィオラを見る。

 魔力を使い果たしているが身体に傷はない。

 呪具の気配を感じないところを見ると、ヴィオラがうまく破壊したか。


「悪かったなヴィオラ。少し遅れた」


「いえ。それより、ヒルデさんは」


「大丈夫。もう安全な場所で休んでる」


 俺とヴィオラが戦った異次元世界はヒルデそのものだった。

 そもそも別の次元を作ることなんてこと普通では不可能。

 ヒルデはそれを自分と言う存在を異次元世界という概念に昇華させて作り上げていた

 再びヒルデという存在に落ち着けるために到着が遅れたというわけだ。


「セレナも、頑張ったな」


 崩れた大理石に寄りかかっていたセレナが微かに目を開く。


「遅いですよ。危うくわたしが全て片付けるところでした」


「そんな軽口が叩けるならまだ余裕はありそうだな。……すぐに片付ける。もう少し我慢しててくれ」


 それを聞き、口元を緩めるセレナ。


「ははっ!今更貴様が来たところで無駄だ!氷獄の支配者の力を得ているんだ!そのボクに敵うはずがないだろうが!氷槍(アイスピラー)陣列(・フォーメーション)!」


 吠えながら氷の槍を幾十と放つ。


 だが遅い。


 俺の魔力が空気を焼き切り、迫る槍を溶かし尽くす。


「なにぃっ!」


「本物の支配者の力は。クリュノスはこんなもんじゃなかったぞ」


「ふざけるな!」


 氷の鎧を纏わせて、クラウスはこちらに駆け出した。

 突き出された拳を交わして腕を掴み、がら空きになった腹部に拳を突き上げる。


「がっ……!?」


 驚愕の声を上げるクラウスを、そのまま地面に叩きつける。

 すぐさま立ち上がり反撃しようと作り出された氷槍を弾いて壊す。

 がむしゃらに突き出された拳を避けながら、横腹に回し蹴りを叩き込んだ。


 クラウスの身体が宙を舞い、床に叩きつけられる。

 瓦礫を巻き込み転がるクラウスに、俺は無言で歩を進める。


「や、やめろ……っ!」


 壁を背にして氷魔法を唱えるが、声が震えて魔法陣が霧散した。

 怯えた表情でこちらを見上げるクラウスの顔面を踏み潰すように足を持ち上げ。

 突き落とした足は顔のすぐ横を通過し壁を破壊する。


「潰れるか?お前も。この石みたいに」


「やっ……。やめっ……。やめてくれ。シュヴァルツくん」


 懇願するクラウスに。


「嫌だと言ったら?」


 冷たく突き放すと、涙を滲ませた瞳は後方にいるヴィオラに向けられた。


「ヴィオラ!助けろ!ボクがどれほどグレイシャ家を助けたと思っているんだ!どれだけの時間をキミと過ごしたと思っているんだ!」


 必死に叫ぶクラウス。


「十二年!十二年も一緒にいたじゃないから!だから、これからもずっと一緒に歩み続けよう!」


 ヴィオラは振り返るように瞳を閉じた後、ゆっくりとクラウスを見据える。


「十二年間……。あなたに縛られていただけよ。私はもう、あなたの"モノ"じゃない」


 短く、しかし決定的な言葉にクラウスの表情が凍りついた。

 信じられない、とでも言いたげに口を開きかけるが声は出ない。


 氷剣を生成してそれをクラウスに向ける。


「終わりだ、クラウス・ザルヴァイン。お前の夢物語は終わったんだ」


 振り下ろした氷剣は、彼の足元に突き立ち鋭い音を響かせた。


「ボクは……。世界を、統べるべき。存在なんだ……」


 消えゆく声は、これまで積み上げてきた功績が崩れていくようだった。


――――――――――――――――――――――――


 クラウスがうなだれる姿は、もはや威圧も虚勢もない。

 空っぽになった、生気が感じられない壊れた人形のようだった

 聖堂を包んでいた氷が砕け散ると、王都騎士団が雪崩れ込む。

 王の命令でクラウスと、その共犯たちが捉えられていく。


「ボクは……。ボクは……」


 クラウスは騎士たちに連行されならがも顔をあげることはなかった。

 ただ力なく、同じ言葉を繰り返し続けていた。


「終わったわね」


 ヴィオラが横に立つ。

 連れられるクラウスの背中を見て、彼女はなにを思うのか。


「……よくやったな。これで終わりだ」


 俺にかけてやれる言葉は、それが精々だった。


「そう、ね。やっと、終わったのね」


 かすれるようにつぶやき、握っていた剣の柄から力が抜ける。

 涙が零れた。


「終わった。ようやく……」


 ヴィオラはそれを噛み締めるように呟いた。

 流れた出した涙は、とどまることを知らないようだ。

 顔を覆い、堪えきれぬ嗚咽を漏らす。


 俺はそっと彼女の頭に手を置き、髪を撫でながら、もう一度だけ言った。


「お疲れ。ヴィオラはもう自由だ。……なれたかよ?自由を(ザ・フリーダ)渇望する者(ムシーカー)に」


 ヴィオラは涙で濡れた目を見開き、次の瞬間、ぷっと小さく吹き出す。


「バカ。そういうことを言う雰囲気じゃないでしょ?」


 泣き笑いの表情。

 俺は小さく息を吐き、肩の力を抜いた。


「ああ。そうかもな」


 彼女の笑顔を見て、ようやく本当に終わったのだと、胸の奥で実感する。


「いいですね。元気な人たちは楽しそうで……」


 助けを待ちながらそう呟いたセレナの声に気付いたのは、たぶん俺だけだ。

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