43 血の制約《ブラッディ・オース》
王都の中央に位置する大聖堂。
広場には貴族たちが列をなし、荘厳な雰囲気に包まれていた。
聖堂の扉が開かれると、光が差し込み、大理石の床に反射してきらめく。
壁には壮麗なステンドグラスがはめ込まれ、青と赤の光が幻想的に広がっている。
最前列には王が鎮座し、その隣には第一王子、第二王女が優雅に座している。
他の王子、王女も勢ぞろいしており、この結婚式がいかに国家的な意味を持つのかを物語っていた。
「これより、クラウス・ザルヴァイン殿下、ヴィオラ・グレイシャ嬢の結婚の儀を執り行う」
司祭の重々しい声が響き、場内は静まり返る。
クラウスは純白の礼服に身を包み、余裕の笑みを浮かべていた。
王子らしい気品と威厳を兼ね備え、その立ち姿だけで見る者を圧倒する。
花嫁衣装に身を包んだヴィオラは、純白のヴェールを揺らしながら入場していく。
煌びやかなドレスが彼女を引き立てるはずだったが、その表情は硬く、目に宿る光はどこか虚ろ。
だが、それに気が付くものはいない。
「なんと美しい」
「まさに理想の夫婦だ」
列席する貴族たちからは賛辞の声がささやかれる。
その賛辞は、この場にほとんどのものが同意するものだ。
クラウスは俯き加減のヴィオラの手を取り、聖堂の中央に立つ。
「大丈夫。これでキミの家も救われる。すべて、キミのためなんだ」
耳元で囁かれた声に、ヴィオラが力なく頷いた。
そこに、彼女の意志は感じられない。
クラウスの声が聞こえたら頷く。
予めそう決められていたかのような動作。
2人を見守る王族たちの視線、祝福の言葉。
その華やかな光景の中で、ヴィオラの周りにだけは光が差し込まず。
闇に包まれている。
階段をあがり、司祭の前に立つ。
「クラウス・ザルヴァイン殿下。あなたはヴィオラ・グレイシャ嬢を生涯の伴侶とすることを誓いますか?」
「誓います」
そこ言葉には強固な意志と、この先にある幸せを掴むという自信が感じられる。
「ヴィオラ・グレイシャ嬢。あなたはクラウス・ザルヴァイン殿下と生涯を添い遂げることを誓いますか?」
問いに、暫しの沈黙。
ざわめきが目立つ前に――クラウスがヴィオラの耳元でそっと囁く。
「ヴィオラ。しっかりしないとダメだよ」
優しい声音に、ヴィオラの肩が大きく震える。
クラウスが再び司祭に目を向ける。
「ヴィオラ・グレイシャ嬢。あなたはクラウス・ザルヴァイン殿下と生涯を添い遂げることを誓いますか?」
「……誓います」
力も意思ない言葉。
そこで、ようやく違和感を覚えた者たちが現れる。
「なんだあの女。様子がおかしくねえか?」
横柄な態度で最前列に座り、そう苦言を呈したのは第一王子。
「まるで人形。生気を感じない。空っぽね」
その隣。興味がなさそうにぽつりと呟いたのは第二王女。
2人の言葉を口きりに、聖堂がざわめき始めた。
「それではこれより、はクラウス・ザルヴァイン殿下。ヴィオラ・グレイシャ嬢による血の制約を行う」
司祭はざわめきなど気にもせず、予定通りに話しを進める。
クラウスとヴィオラは目を合わせ、親指の腹を噛んで血を流した。
これをくっつけあえば血の制約は成立される。
その前に、クラウスは聖堂を向いた。
「陛下。氷獄の支配者の伝承をご存じですか?」
突然の問いかけに、聖堂内が静まり返った。
血の制約中に行われた異例の問いかけ。
場内はすぐにざわめきが広がり、王は眉をひそめた。
「クラウス、どうしたのだ?式の最中だぞ」
だがクラウスは言葉を止めなかった。
その声音は朗々と響き、まるで聖堂そのものに刻み込むように。
「かつてこの世界はひとつの国で成立していた時代がありました。国境も、争いも、分断もない。真の統一の時代が」
一同は息を呑む。
貴族たちの間にさえ不安の色が広がり始める。
だが、クラウスの微笑みは崩れない。
その瞳には燃えるような野心と狂気が宿っていた。
「何を言っているのだ、クラウス!」
王が立ち上がり、声を張り上げる。
だが、クラウスは微笑を浮かべたまま瞳に冷徹な光を宿す。
「氷獄の支配者はご存じでしょう?かつて世界を支配し、そして封印された存在です」
「封印されたのではない!あれは伝承。元より存在などしていない!」
クラウスは一切動揺せず、静かに頭を振った。
「お見せしましょう。これからボクがその封印を解き放ち、氷獄の支配者を従える。そして再び世界を統一してみせましょう。ザルヴァイン王国繁栄のために」
クラウスがヴィオラの方を向き、血が流れる親指を差し出すと、鏡合わせのようにヴィオラもそれに倣った。
行動に移したのは第一王子と第二王女。
その側近たちが剣を引き抜き祭壇に駆け寄るが、クラウスの部下。
王都騎士団の特別部隊がそれを阻む。
「始めよう。統一世界を」
血が触れ合う瞬間、眩い光が二人を包む。
赤と金の光が交錯し、聖堂を影で塗り替えるように輝いた。
空気が振動し、辺りの空間が捻じ曲がるようにしてそれは浮かび上がる。
黒曜石のように深い色を帯びた禍々しい杖。
氷獄の支配者を封印し、従えることが出来る力が呪具となって顕現する。
祭壇上に浮かぶそれをクラウスが強く掴み取る。
そこから何かを感じ取ったクラウスは、声にならないほどの高笑いを挙げる。
「待ちわびた。ようやく始められるぞ!世界の統一を!」
クラウスの魔力が呪具を通してヴィオラに放たれると、彼女の瞳が黄色く光る。
「力が……。溢れる。これが本当の力……」
「違うぞヴィオラ!もっとだ!こんなもんじゃない!いや、お前の本気を見せてみろ!氷獄の支配者!」
呪具から放たれた光がヴィオラを包み込む。
彼女はその光に呼応するように途方もない魔力が体内から溢れ出す。
「いやっ……! や、やめ……っ!」
ヴィオラは必死に抵抗する。
手足をばたつかせ、声をあげる。
それでも呪具の力は容赦なく彼女の内に潜む氷獄の支配者の魔力を呼び覚ます。
身体を振っても消え去らない光に、ヴィオラの動きは鈍くなっていく。
そして、彼女を包み込んでいた眩い光が弾け飛ぶ。
そこに現れたのはもはや人間の少女ではないヴィオラだった。
身体から溢れる冷気は圧倒的で、聖堂の床や壁、触れたものすべてを瞬時に凍てつかせていく。
強すぎる魔力が具現化して渦を巻き、周囲の温度を下げていく。
禍々しい輝きを放つ氷がヴィオラを覆い、その姿はもはや支配者そのもの。
全身に氷の鎧を纏い、光を反射して眩く輝いている。
背中には巨大な氷の翼が生え、軽く動かすだけで凍気の旋風が巻き起こる。
まるでこの世界のすべてを支配するかのような存在感。
氷獄の支配者の力が完全に彼女の内で解放され、姿として具現化していた。
「ようやくだ。さあ、氷獄の支配者よ。まずはこのボクに力をよこせ」
クラウスは呪具を握りしめ、低く、しかし確信に満ちた声で言った。
氷獄の支配者の身体から溢れる魔力が、クラウスの元へと流れ込む。
凍てつく冷気が彼を纏い、氷の装備を作り上げる。
そして。
「この漲る魔力、間違いない……。完全に支配下に置いたぞ」
吐息混じりに低く呟くと、彼の目は鋭く光った。
呪具によって支配された氷獄の力は、もはやクラウスの命令ひとつで形を変え、世界をも凍らせる力となった。
「ク、クラウス様……」
声をかけてきたのは部下たちだった。
彼は霜に覆われ今もに凍り付きそうになっている。
「おっとすまない。氷獄の支配者よ。腕に赤い腕章を付いている者たちは我々の同士だ。彼らにはキミの冷気が効かないようにしてやってくれ」
支配者は頷きも返事もしない。
ただ、手を払うとクラウスの部下達に氷鎧が備わり、弱っていた彼らが立ち上がる。
「っち。こいつは参ったな。どうすんだよ、オヤジ」
危機的状況さらされながらも平然としている第一王子。
「これが氷獄の支配者。まさか本物が見られるなんて。感激」
なぜか嬉しそうに微笑んでいる第二王女。
「まさかクラウスがこんなことを企んでいたとは!」
絶望している王。
部下たちが必死に防御壁を張り冷気を抑えているが、破られるのは時間の問題。
祭壇に近付くほど冷気は強くなり、攻める事もできなければ守り続けることも叶わない。
「ジェットとブリッツはどうした!」
「死んだよ」
冷静に答えたのは第一王子。
王の側近は、既に氷漬けにされて頭部と身体が崩れ落ちていた。
「なっ、なんでお前たちはそんな呑気にしていられるのだ!」
「しょうがねえだろ。だってよ」
「クラウスは私達を殺すつもり。あれが氷獄の支配者なら。抗う術はない」
「よくご存じで。流石はボクの兄上と姉上だ」
クラウスは笑みを浮かべながら王族を見下ろす。
「考え直せクラウス!なんでこんなことをした!なにを理由に!」
「世界を自分のものにするのに、理由が必要ですか?」
「必要だろう!なにが気に入らない!今の世界の!」
「ボクが上に立ってない世界なんて必要ないでしょう?そして、ボクの統治する世界に、あなた方は必要ない」
クラウスが氷の剣を王に向ける。
「ク、クラウス、お前は……」
次第に魔力が高まっていき――剣先から鋭い氷柱が放たれる。
それが王に突き刺さる瞬間、キィン!という甲高い音が響き渡った。
「火ノ息吹・広域」
聖堂に熱風が吹き荒れる。
それはすぐさま全体に広がり、氷を溶かして聖堂内の温度を上げる。
「遅かったか」
王の前に現れたのは――鉄仮面を被った謎の少年。
「ずるいですよ!変な奴だけそんなのして!」
そしてもう1人。幼い少女が隣に立つ。
「バレるのは面倒だからな。セレナもすればよかっただろ?」
「嫌ですよ、そんなださいの。……この人はシュヴァルツ・クリーガー。騎士養成学園に在籍している2年生です!」
「バカ!余計なこと言うな!」
じゃれ合っている2人に――圧倒的な冷風が吹き荒れる。
「劫火ノ咆哮・灼域」
少年が放った熱波は冷気と衝突し――押し勝ち、祭壇の氷を溶かしていく。
何かを察したのか、氷獄の支配者の瞳が静かに少年に向けられ、少年もそれに返す。
「随分とカッコよくなったじゃないか?ヴィオラ」
剣を引き抜き、少年は堂々と剣先を氷獄の支配者へと向けた。




