42 決戦前夜《デュエルズ・イヴ》
飛ばされたよくわからない場所。
殺意を持った魔物は当たり前のように特殊変異種。
地上の奴らが可愛く見えるほどの強い魔力と凶暴性を持っていた。
厄介なのは魔法をうまく使う知力を持っていたこと。
時には視力を奪われ、時には聴力を奪われ。
幻覚を見させられたり麻痺毒で身動きを止められたり面倒事のオンパレード。
厄介なのは魔物だけじゃない。
ひたすらに広がる高原があれば、同じ場所をぐるぐる回っていると錯覚するような迷宮もあり、とにかくストレスが酷かった。
それでも魔力を全域に展開させて地形を把握し。
「だあもう!魔物も多し出口わかんないし!鬱陶しいんだよ!
最後に石の扉を蹴飛ばして地上に戻れた。
どれほどの時間を地下で過ごしたかはわからない。
数時間と言われればそんな気もするし、数日と言われても納得はする。
それほど不思議な空間だった。
「おっ、川だ。ようやく一息つける」
地上に戻って早速の川は助かりすぎる。
久々の水を堪能しながら辺りを見渡す。
時刻は夜。場所は崖下。上流を見ても下流を見ても先は暗闇。
どこだかはわからないが、地下に比べれば幸せ過ぎる空間だ。
「いったん飯だな。l魔力探索」
周囲に魔力を溢れさせて索敵を行う。
崖の上には、さすがに高すぎて届かない。
川の中には数匹の小魚が泳いでおり、上流で弱々しい魔力を放つなにかが川辺で横たわっているのを感じた。
「死骸か?肉ならラッキーだな」
小魚よりも気分は肉だ。
川沿いを上流に進んでいると、お目当てのぶつが目に入る。
小柄な影がぐったり横たわっているところを見ると、もう死んでいるのか。
距離を詰めてその陰を確認する。
濡れた髪を川の水に浸し、傷だらけの白い肌――倒れているのは、セレナだった。
「おい。どういうことだよ」
心臓が強く跳ね、自然と足が早まる。
駆け寄り、膝をついて彼女の肩に手を置く。
「セレナ、しっかりしろ!」
呼びかけに、返事はない。
頬や心臓に触れて呼吸と鼓動を確かめる。
どちらも……ある。生きてはいるが、かなり弱々しい。
小さく苦しそうな呼吸に、今にも止まってしまいそうな鼓動。
体中が傷だらけになっており、今もなお血が流れ出ている。
体温の低下を感じるに、かなり危険な状態だ。
「火ノ息吹・抱擁。清風・癒糸」
震える身体を温めながら、治癒魔法で傷を癒していく。
同時に体内に魔力を流して内臓各種の機能を確認するが――酷い状況だ。
至る所で内出血を起こしており、中には潰れて機能していない内臓もある。
苦しそうに呼吸をしているのは様々な骨が折られているからか。
得意じゃないが。
「身心浄化・霊ノ施シ」
更に魔法を重ねて掛ける。
魔力を流し過ぎず、慎重に、身体を撫でるように治癒魔法を掛け続ける。
どれほどの時間が経ったかはわからない。
それでも、セレナの呼吸は安定した。
褐色もよくなり、暖め過ぎたか、頬が微かに赤くなっている。
「……変な、奴?」
薄っすらと開いた瞳。
寝ぼけ眼で暫くこちらを見続けた後。
「変な奴!ヴィオラ様がっ――つうぅ……」
勢いよく身体を起こしたせいで身体が痛んだんだろう。
腹部を抑えて蹲る。
「それだけ元気なら大丈夫そうだな。水でも飲んで待っててくれ。俺は飯を取って来るから」
「あっ、ちょっと。先に話しを」
セレナの言葉を無視して、俺は崖に向かって跳躍した。
微かな凹凸につま先を乗せて、さらに高く跳躍してから崖の上にあがる。
すぐに感じた魔物の気配。
美味そうな奴はどいつだと、俺は時間を掛けずに魔物を狩った。
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小さな焚火がぱちぱちと音を立て、赤い火の粉が宙に舞う。
その粉が今の俺には調味料にしか思えない。
枝に刺した獣肉を火にかざし、香ばしい匂いを漂わせながらゆっくりと炙る。
向かい側には、俺の上着にくるまったセレナが座っている。
体はまだ完全には治っていないが、命の危機は脱した。
今も治癒魔法、清風・癒糸で少しずつ身体を癒しているところだ。
万全な状態になるには時間がかかるが、命があるなら問題ない。
あと、必要となるのは血肉である。
「食えそうか?」
焼け具合を確かめてから肉を差し出す。
セレナはかすかに笑みを浮かべ、受け取らずに首を横に振る。
「いえ……。食べる前に話さなければいけないことがあります」
「そう言うなって。食わなきゃまた倒れるぞ?それでいいのか?」
ほら、と強引に差し出すと、セレナは恐る恐る肉をかじる。
表情を少し歪めたが、それでも噛みしめて飲み込むと、僅かに頬を赤らめた。
「意外と美味しいですね」
「肉なんて焼けばなんでも美味い。俺はそうやってヒルデに教わった」
いま思えばかなり無茶苦茶な教えだけど。
それでも今は栄養が不足している、それが一番の調味料になる。
セレナは肉を食べながらも、合間を縫って口を開いた。
「ヴィオラ様がご実家に呼び戻されたのは……。ご両親の体調不良というのは嘘でした。実際にはクラウス様との結婚を強引に進めるための罠だったんです」
その言葉に、思わず眉間にしわが寄る。
咀嚼してもなかなか噛み千切れない不愉快な肉を飲み込んでから。
「予想はしてたけど。クラウスも一枚噛んでたのか」
「はい。むしろ主導はクラウス様でした。かなり用意周到だったようで」
いよいよ本気を出したってわけか。
順序は不明だが、俺を地下へと送り、ヴィオラを騙して結婚を進めた。
敵意を明らかにしたということだ。
「わたしがそれを聞いて逃げ出そうとしたとき、クラウス様の刺客に襲われました。あの男は最初からわたしが邪魔になるとわかっていたのです。それでも放置し続けていたのは、きっと……。わたし程度なら、いつでも処分できると思っていたからでしょう。今回のように……」
言葉を終えると、セレナは深く俯き、それを隠すように肉に齧り付く。
焚火の光に照らされるその肩が震えているのは、悔しさか、或いは恐怖か。
「クラウス様……。いえ、クラウスは5日後に式を挙げると言っていました」
「5日後か。セレナがどれぐらい気を失ってたかっていうのは」
「わかりません」
「だよな」
なんにしても5日後。時間はないと考えていい。
「ヴィオラ様は恐怖で完全にクラウスに従わされていました」
「ヴィオラが恐怖で?」
「両親に裏切られたことで気が動転し、クラウスはヴィオラ様にあなたを殺したと嘘を吐いたのです」
「それを信じたのか?ヴィオラが?」
「はい。クラウスがヴィオラ様に渡した銀の腕輪には、あなたが持つ不思議な魔力が残ってしました。恐らくそれが決め手になったのかと。ヴィオラ様は、泣きながら蹲っていましまい、あとはクラウスの言われるがままです」
セレナはその時の事を思い出したのか、辛そうに自分の身体を抱きしめる。
「なるほどな」
してやられたってわけだ。
わざわざ俺を呼び出して戦ったのは、殺すこと、謎の地下に強制的に送ること、そして、偽物の腕輪に俺の魔力を込めてヴィオラを騙すためだった。
なかなか鬱陶しいことをしてくれる。
……本当に、本当に鬱陶しいことをしてくれたよ。
クラウス・ザルヴァイン。
ヴィオラを泣かせて、恐怖で縛り付ける?
それがお前のやり方か?
炎の揺らめきに、ヴィオラの顔がぼんやりと浮かぶ。
笑った顔、変なポーズを決めている顔。
照れて赤くなった顔から褒められて喜んでいる顔。
泣きそうになりながらも支配者の力を必死に制御しようとした時の顔も。
その全部が頭から離れない。
熱くなる胸をのうちを、深呼吸をして落ち着かせる。
改めて考える。
クラウスは言っていた。
『キミがいれば、もっと簡単に世界と統一できると思ってたのに』
そんな大層な事をを言う奴が、恐怖という可能性にかけて仕掛けて来るか?
ヴィオラが気丈に振舞うことが出来れば、式が台無しになる可能性を残して。
それはあまりにも不確定する。
他の線をもっと探るべきだ。
違和感は……特殊変異種の魔獣がクラウスを攻撃する様子を見せなかったこと。
魔物や魔獣を操るなんて聞いたことがない。
なんであいつらはクラウスに従うように動き、俺だけを攻撃してきた?
思い当たる節はひとつ、氷獄の支配者を操る呪具の存在。
しかしそれを持っているならなぜ普通に使わない?
ヴィオラとの結婚に拘らず、今すぐにでも使えばいい。
まだ持っていないとしたらどうやって手に入れる?
あいつがいま進めていることはなんだ?
ヴィオラを実家に帰して絶望を与えさせ、無理やり従わせた。
俺を呼び出し、不用意に世界を統一する宣言をして殺そうとした。
それで押し進めたことが結婚式?
だとすると、そこになにかがあるのか?。
「かぁー……かぁー……」
夜空を切り裂くような鳴き声が響いた。
崖の上、夜空には小さく飛び回る黒い影が旋回している。
「鴉か」
思わず口にすると、セレナが首を傾げる。
「ここら辺では見ない鳥ですね。魔獣ですか?」
「ただの鳥だよ」
空を見上げながら答える。
あれは神ノ島でよく見かけた鳥だ。
戦場に群がり血の匂いを嗅ぎつけては集まってくる。
普段はこちらをジッと見ているくせに、睨みつけるとすぐに逃げ出す。
死にそうな生き物がいればその周りに付きまとい、息絶えるのを静かに待つ。
そういえば大陸に来てから一度も見たことがなかったな。
「変な鳥ですね。まるでこっちを監視しているかのような」
「そういう習性があるんだよ。不吉だから説明しないでおく」
鴉の群れは鳴き声を残しながら、ゆっくりと森の闇へと消えていく。
俺にはその陰が妙に残った。
久し振りに見た姿だったからか、なんでこんなところに?という疑問が胸に引っかかるが。
……が、いまはそんなことを考えている場合じゃない。
「まずは王都に戻るか」
焚火の灰を踏み消し、俺は短く言った。
セレナも同意するように頷く。
だが、セレナはまだ全快な状態じゃない。
歩けないほどではないが、とても全力で戦える状態じゃない。
俺は背を向け、膝を軽く折る。
「乗れ」
「え?」
驚いた声を上げたセレナが、真っ赤になって両手を振る。
「わ、わたしは子どもじゃありません! おんぶなんて……!」
「生きてることを知られればそのまま間違いなく狙われる。今は少しでも身体を休めておけ。近くにいた方が治癒魔法の効きもいい」
セレナは口を開きかけて、閉じた。
反論の言葉が見つからないのだろう。
しばらく沈黙が流れ、小さくため息をつく。
「わかりました。でも、これは仕方なく、ですからね」
恥ずかしそうにそう言って、彼女はおずおずと俺の首に腕を回した。
「軽いな」
口に出すと、背中でセレナの体がびくっと震える。
「余計なこと言わないでください!」
その声に思わず苦笑する。
俺はセレナをしっかりと支え、下流へと足を運んだ。
夜風が頬を打つ。黒い鳥の鳴き声はもう遠い。
俺たちは王都へ、クラウスの待つ決戦の地へと歩を進めていった。




