4 偽りの誓約≪フォビドゥン・ギアス≫
「お前。今なんて」
「カミキ・ミナト。小さい島国にいる人の名前よ」
ヴィオラ・グレイシャがゆっくりと顔を上げる。
その表情は、絶対に引かないという強い意志が溢れている。
「どこでその名を」
「教えるわけないじゃない。これが私の切り札なんだから」
こ、この女……。なんで……。なんで俺の呼び名を知ってやがる!
誰がこいつに教えた?有り得ない。有り得てはいけない!こんなこと!
消すか?ここで。この女を。
容易い。俺からしたら女をひとり殺すことなど造作に過ぎない。
塵も残さん。証拠も残さん。……やるか?
「私を殺す?けど、そうすればあなたの秘密は国中に広まることになってるわ」
「どういうことだ」
「正直に言うと思う?」
「この女……」
「それが本当のあなたの言語なのかしら?」
ぐぬっ!?
落ち着け。落ち着くんだ俺。なにも取り乱すことじゃない。
たかが呼び名が知られただけのこと。大したことじゃない。
呼び名だけであれば大したことじゃないはずだ。
「随分と用意周到だな。冷徹の女帝。その真名に相応しい冷徹さを兼ね備えているようだ」
「偽りの誓約を結ぶなら条件が必要でしょう?当然のことよ。私はこれ以上、あなたの過去や言動には口を出さないし、調べもしないことを誓う。もちろんこの名も口には出さない」
なるほど。弁えてはいるようだ。であれば話しが変わってくる。
「侮っていた、貴族のお嬢様だと。これからは相応の相手として認識する。だが、荷が重いと知れよ?」
「当然。なにせ私達は恋人。いえ、偽装恋人になるのだから」
「ふっ、偽装恋人。偽りの誓約、か」
ならばしょうがない。
こいつが俺の過去をどこまで知っているかはわからない。
だが、俺の過去を掘り返されるのはまずい。
どこで呼び名を調べたか知らんが、これ以上、俺のことを調べないと約束してくれるなら、受け入れざるを得ないのか。
……嫌だ嫌だ嫌だ!やっぱり嫌だ!
こんなの絶対に面倒なことになるやつじゃん!勘弁して!
今までどんな思いで俺が孤立してきたと思ってたの?
それをいきなり騎士養成学園に来てる貴族様とお付き合い?
厳しいって。それはちょっと、厳しいって!
付き合う振りはさすがに厳しいって!
「偽装恋人……。さすがにそれは。今からでも相手を考え直してみては」
「カミキ・ミナ」
「いいだろう。その誓約。闇に生きる存在が請け負う」
ダメだ。断れない。俺の過去を探られるのはよくない。
これからのことを考えると頭が痛くなるが、これはどうしょもないこと。
なぜ?なぜこんなことになってしまったんだ……。
「こんなやり方になってごめんなさい。少しだけ私に付き合って。終わったら相応のお礼はさせてもらうわ」
彼女はそっと手を差し出す。
「脅しておいてよく言う」
「だから、ごめんなさい」
その言葉は本心か、どうやら悪気はあるようだ。
だったら俺をこんなことに巻き込まないで欲しいというのが本音だが。
彼女にも彼女なりの理由があるのかも知れない。
なんにしてもここで言い合うのは分が悪い。
「俺を持ってしても時は巻き戻せない。観測者が望む未来を無下にすれば道理に反する。神の選択が進展し、過去を記す書物が更新されれば……。聞こえてくるぜ?終末機関の呼び声が」
差し伸ばされた手を掴む。
「私は――。私はヴィオラ・グレイシャ!」
突然、彼女が大声で叫ぶ。その声は騎士養成学園に響き渡った。
ここは屋上の縁。今は昼休み。
当然、中庭でくつろいでいた生徒たちが一斉にこちらを見上げる。
「お前!まさか」
「今日からシュヴァルツ・クリーガーと付き合うことになった!彼は私の恋人よ!だから!」
ヴィオラ・グレイシャに手を強く引っ張られる。
身体の自由がきかない。足元には幾つにも複雑に張り巡らされた魔法陣。
こいつ、俺が動揺している隙に魔法陣を練ってやがった!
そのまま俺の身体はヴィオラ・グレイシャと衝突する。
眼前に迫る唇が、俺の唇と重なった。
――こいつ、やりやがった。
瞬時に足元の魔法陣を解析して無効化する。
身体の自由を取り戻し、肩を掴んで身体を話す。
「お前!」
「ごめんなさい。でも、これが私の覚悟だから」
氷のように冷たく気高い言葉。
だが、頬は真っ赤に染まっており、瞳は大きく震えている。
「わ、私は……。はじ、初めてよ。あなたは?」
「ぐっ!愚問だ!くだらないことを聞くな!」
下から騒がしい声が聞こえてくる。
中庭で今のを見ていた生徒達がキャーキャーと騒いで止まらない。
「それじゃ、今日からよろしくね。シュヴァルツくん」
そう言い屋上を後にする彼女の声は、手は、肩は、足は、身体は、震えていた。
「なんということだ……!」
くそっ!なんてこった!
初めて……。初めてだ!俺だって!初めてのキスだった!
こんなところで俺の初めてが失われるなんて!
初キスはもっとこう、何年か背中を預け合った信頼している相手と、とあるちょっとえっちなハプニングを境にお互いを意識し合うようになって暫くはギクシャクしながらもその間に絆は深まっていき相手が敵にさらわれてピンチになっているところに俺が颯爽と現れて助け出し怖かったと泣きながら抱き着いてくる子の頭を撫でていると顔を上げてその顔は満月に光に照らされていつも以上に可愛く見えていたと思ったら瞳が閉じられてそこで俺が男を決めてキッスをする。
そんな展開を日に3回は想像していたというのにっ……!
「犯罪!犯罪よ!あいつは犯罪者よ!」
「おい変な奴!すぐに降りてこい!言い訳は聞かないぞ!」
「オレ、グレイシャ様ねらってたのに。くそう。ぐすんっ」
こいつら好き勝手いいやがって。言っておくが泣きたいのは俺の方だ。
はぁ……。
これから本当に、どうなってしまうのか。考えるだけで頭が痛い。




