39 突然の帰郷《ノクターナル・リターン》
ここ最近のヴィオラは目に見えて変わってきている。
俺の魔力を少し流すだけで以前なら暴走寸前まで高ぶっていた支配者の力を、ぐっと押さえ込めるようになっている。
もちろんまだ不安定だ。
呼吸を乱し、肩を震わせながら必死に抑え込んでいる姿は見ていられない。
支配者の力を開放させている量はかなり微量。
暴走したときの魔力量を感じるに、まだどれぐらいだと言えないほど少ない。
それでも、彼女は少しずつ成長している。
暴走することもないので負担もかなり和らいだ。
魔力制御は精神を擦り減らす訓練だが、魔力が尽きることはない。
となれば訓練をする量は必然的に増えて朝と深夜に行うようになっている。
「……どう?」
支配者の力を収めて、汗を拭いながら不安げに尋ねてくる。
「できてる。前よりずっとな」
「そ、そう?よかった」
ほっと胸をなでおろすヴィオラ。
安定とはほど遠いが、あとはコツを掴むことができれば一気に制御出来るようになるはずだ。
これは経験則だから間違いない……と思いたい。
俺の時は神の魔力を微量に発動させる手段がなかったから大変だったけど。
思い出したくもない。何年間もヒルデに殺されそうになった日々……。
っと、朝活に悪いイメージを持ち込むのはよろしくないな。
ともあれ、何故か支配者は神の魔力に影響される。
そのお陰でヴィオラが急成長しているのは間違いない。
そういえば訓練に夢中で何故影響されてるか、というのを考えている暇がなかった。
手が空いた時にでも書庫に行って本を漁ってみるのもありか?
「そういえばこの前、魔力が溢れそうになった時、問題なく制御できたのよ!」
「今までだったら厳しかったのをか?」
「ええ。クラウス様に会う時も、ここのところ問題なく過ごせているわ」
それは朗報。着実に実力が付いてきていると言っていいだろう。
クラウスにバレることは……この際しょうがないことか。
今はとにかく支配者の力を制御できるようになることが先決だ。
伝承に記されていた呪具。支配者の力を操る道具。
クラウスがそれを持っているかどうかはわからない。
だが、対抗できる可能性は支配者の力を完全に制御することの他にない。
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朝活を終えて寮へと戻り、汗を流して学園へ向かう途中。
女子寮の玄関先で荷物をまとめているヴィオラを見つけた。
お出かけか?と少し眺めていると、こちらに気付き駆け寄ってくる。
「シュヴァ。ちょっといい?」
「どうした」
「一度、実家に帰ることになったの」
実家に帰る?
ヴィオラの実家と言えばここから離れた田舎の村だった気がするが。
「少し前からお父様に呼ばれてたの。今まで無視していたけど」
初耳ではある。
が、ヴィオラの両親はクラウスとの結婚に前向きだと言っていた。
俺と付き合っているという情報が耳に入れば呼び出すのも当然か。
「シュヴァとの関係を知られてから、何度も帰ってきなさいって言われてたんだけど。帰ったらもう戻ってこれなくなると思って無視してたの」
戻ってこれる可能性があるなら、クラウスと結婚し終えた後だろう。
少なくとも俺の存在が邪魔であるうちは学園に戻すわけがない。
「でも、ここ数日で体調が悪いって手紙がきて。さすがに放っておけないから」
「なるほどな」
俺に両親の記憶はないから、親がどれほど大切な存在かはわからない。
だが、ヴィオラがそうすると決めたのなら、反対する理由はない。
「すぐ戻るから。心配しないで」
彼女は笑おうとするが、その笑顔はどこかぎこちない。
「なにかあったら連絡してくれ」
「どうやって連絡すればいいの?」
「それがないから困りものってわけだ」
なによそれ、とヴィオラは微笑む。
「安心して。支配者の力も少しずつ制御出来てきているんだから。何かあったら自分でなんとかしてみせるわ」
「なら、俺は帰りを待ってるよ」
「ええ。……そろそろ行かないといけないから」
「あいよ」
ヴィオラの付き添いか、荷物を持って学園の外まで歩いていくのを見送る。
「セレナじゃないんだな」
「わたしはお留守番です」
いつの間にか隣に立っていたのはセレナである。
セレナもセレナでだいぶ身を潜める技術を磨いているようだ。
俺としては尾行に気付けなくなるからやめて欲しいんだけど。
「一番の付き人じゃないのか?」
「ご当主より今回は“来るな”と。同行の許可は下りませんでした」
「なんだそれ」
いつもヴィオラの傍に控えていた彼女が外されるなんてあまりにも不自然。
セレナ自身そう思っているはずだ。
騎士養成学園にまで付き添わせてるのに、実家への動向をよしとしないなんて。
「さすがに怪し過ぎないか?」
「ええ。ですからわたしはこっそり後を追うつもりです」
「命令違反だな」
「わたしの一番の主はヴィオラ様ですから」
毅然とした言葉と態度。
今までセレナが見せてきた忠義をいまさら疑うことはない。
だが。
「実際どうなんだ?ヴィオラの両親は」
問いに、セレナはわずかに目を丸くし、ふっと小さな笑みを浮かべた。
「変な奴がわたしにヴィオラ様のことを尋ねるなんて。珍しいですね」
小さい身体、幼い顔立ち。それでも浮かべる笑みには余裕を感じる。
いつもならからかい返すところが、そんな気にならない自分に驚く。
「ちょっと気になっただけだ」
セレナはしばし考え込むように視線を落とし、それからゆっくりと口を開いた。
「ヴィオラ様はご両親にとても愛されております。それは確かです」
その言葉には揺るぎはない。
「しかし、グレイシャ家の復興という重責。そして、クラウス様というあまりに大きすぎる存在の前に、ご当主もまた変わってしまわれたのです」
セレナの横顔にはほんのわずかに哀しみがにじんでいた。
「愛がなくなったわけではないと思います。クラウス様と結婚すればヴィオラ様も幸せになれると考えるのは当然のこと……。しかし、その愛の形がヴィオラ様を縛る鎖に変わってしまったのかも知れませんね」
娘を愛していないわけではない。
第三王子と結婚すれば、没落したと言われるグレイシャ家を建て直すことができ、娘もなに不自由ない生活を送ることが出来る。
「俺みたいな変な奴と付き合ってるなんて聞いたら、そりゃ説得するのは当然か」
「変な奴という自覚はあるんですね」
「さすがにな」
そもそも変な奴を演じて孤立してるわけで。
そんなことしなくても世間知らず過ぎて変な奴あつかいされてるだろうけど。
「実際、ヴィオラはどうするつもりなんだろうな」
思わず、独り言のように漏らす。
セレナがちらりとこちらに視線を向け、わずかに口元をゆるめた。
「それはわたしではなくヴィオラ様が決めることですよ」
そう言って彼女は静かに微笑んだ。
その笑みには確信めいた強さが宿っている。
すでにヴィオラの心の行く先を知っているかのように。
軽く一礼したセレナは、ヴィオラの後を追っていった。
「俺に頭を下げるなんて。嫌な予感がするな」
その背中が遠ざかっていくのを見送る。
胸にで言葉にできない感情が広がる。
不安か、期待か……あるいは、その両方か。
「さてと。なにをして暇を潰そうか」
自分で言って違和感を覚える。
暇を潰す。なんてなにかを待っているような言葉だ。
「……俺がなにかを待つなんて。そんなことをするようになるとはな」
ぽつりと呟いた声は、朝の空気に吸い込まれて消えた。




