38 明かされる真実《リヴェール・トゥルース》
翌日。
朝の訓練前、闘技場の端で軽く準備運動をしていると、足音が近づいてきた。
振り向けばセレナがじっとこちらを見て立っている。
「おはようございます、変な奴」
「おはよう。今日はセレナだけか?」
「そんなにヴィオラ様に会いたいですか?」
「会いたいっていうか。ヴィオラの訓練だからな」
ヴィオラの訓練にセレナだけ来られても困るのは当然だと思うが。
返答に、セレナは少し間を置き真剣な顔で口を開いた。
「正直に聞きます。最近のヴィオラ様、やたらと変な奴にべったりですよね」
「べったりっていうか。なんか距離近いよな?」
「なにかしたんですか?」
「なにかしたかって言われると」
ヴィオラの雰囲気が変わったのは禁書庫に行った日からだ。
「落ち込んでたからなんでも相談してくれって伝えた」
「それだけですか?」
まるで取り調べのような視線。
まあセレナになら言ってもいいか。
俺は周囲に誰もいないことを注意深く確認したあと。
「これは内緒にしてくれ、セレナにだから言うことだ」
こちらに向けられていた目がわずかに細まる。
「俺もヴィオラと似たような力を持ってる。氷獄の支配者とは別物だけどな。そのことを先日ヴィオラに話した」
セレナは瞬きをし、少し視線を落とした。
「それは本当ですか?」
その声音には疑いと警戒が入り混じっている。
疑われるのは当たり前か。だったら。
「少しだけ見せてやる」
指先をセレナに向けて、神の魔力を解放した。
空間が歪み、目に見えないそれは細い首元をゆっくりと這う。
「――っ!」
セレナの瞳が大きく見開かれ、瞬時に後ろへ飛び退いた。
呼吸が荒くなり、その額には冷や汗が浮かんでいる。
魔力を収めて手を下ろす。
「これで信じたか?」
セレナは唇を震わせ、数秒の沈黙ののち、ゆっくりと頷いた。
「変な奴は。どうやら本当に変な奴だったみたいですね」
「変な奴って。俺だって欲しくてもらった力じゃないんだぞ。ヴィオラと同じだ。使い熟せるようになるまで苦労したんだからな?」
「そ、それは……。すいませんでした。不用意な発言でしたね」
申し訳なさそうに謝るセレナ。
ヴィオラが制御するのに苦労しているからか、俺の過去を察してくれたんだろう。
だが、気を使われたくもない。
変な奴と言われ、ついムッと返事をしてしまったと少し後悔
「そういう意味で言ったんじゃないから気にしないでくれ。大変だったのは昔の話だ。むしろセレナに気を使われる方が困る」
「そう、ですか。ならいいのですが」
口ではそう言っているが、だいぶかしこまってしまったようだ。
これはよくない。
「我が切り札は提示された。しかしこれは序章に過ぎない。本心はまだ隠され、過去を記す書物は見つからぬまま。それでもなお従事者の乙女は彷徨うかよ?その程度では、冷徹の女帝の従者が務まると思えんな。拝めば変わるか?閻魔の背中をよ?」
決めポーズをバッチリと構えてセレナに見せつける。
暫く謎の沈黙が流れた後。
「そうですね。変な奴は変な奴ですから。それを変えるのは変な奴に失礼でしね」
「いや変な奴あつかいはしなくていいんだけど。まあそれでもいいか」
気を使われるよりは変な奴あつかいされてた方が楽だ。
「なるほど、ですが……。だからヴィオラ様は距離を縮めたのですね」
「似たような境遇だからな。いろいろ相談はしやすくなったのかも知れない」
「力に関する相談ならわたしも静かに見守れるのですが」
「同感だ。俺も困惑してる」
心を開いてくれた。と言えば聞こえはいいが。
俺としても彼女に頼られるのは嬉しくないわけじゃない。
が、それでもここ最近の距離の近さには戸惑ってしまう。
周りの視線や小言も鬱陶しいので、せめて人目がないところでして欲しいもんだ。
「なんならセレナが注意してくれ」
伝えると、セレナはこちらを真剣な瞳でジッと見据えた。
そして。
「それはわたしの役目ではありませんね。わたしはヴィオラ様の従者ですから」
「急になんだよ」
「変な奴が困っているならそれはそれで面白いと思いまして」
「そ、その喋り方やめてくれ。脳みそがいかれそうになる……」
なんなんだよこのセレナの喋り方。
どうんな声帯してたらそんなことできるんだ。
「ふふっ」
笑うセレナは。
「そうですが。ヴィオラ様が変な奴を……。であれば、わたしから何も言うことはありませんね」
小さくそう呟いた。
その時、背後から軽い足音が響いた。
「セレナ、なんで先に行ったの?」
振り向くと、頬を膨らませているヴィオラがこちらに歩いてきている。
「少し変な奴に言いたいことがありまして」
「いつもの口調でいいわよ」
「ごめんね、ヴィオラちゃん。変な奴に言いたいことがあったの」
「ならいいけど。次からちゃんと言ってよね。心配したんだから」
ヴィオラは「頼むわよ」とセレナの頭を軽く撫でた後。
「シュヴァ、ちょっといい?」
そう言うなり、彼女は俺の手を取って、自分の胸の上――心臓のあたりにそっと押し当てた。
「なんだいきなり」
「いいから。すごく弱い魔力でいいから、少しだけ使って。神の方を」
その真剣な瞳に、冗談を言う余地はなかった。
俺は息を整え、指先からごく微量の魔力を流す。
――瞬間。
ヴィオラの胸元から冷たい波のような感覚が広がった。
空気が張り詰め、俺の魔力がまるで引き寄せられるように吸い込まれていく。
同時に、彼女の瞳の奥で淡い光が揺らめき、黄色と淡い水色に点滅をする。
「……っ!」
ヴィオラの肩がびくりと震え、息を呑む音が聞こえる。
肌に触れている俺の手の下で、脈打つ鼓動と一緒に支配者の魔力が反応した。
すぐに魔力を断ち切り手を離す。
「今のは」
「ええ。やっぱり反応した」
ヴィオラは小さく呟き、胸元を押さえたまま俺を見上げた。
「ここのところ私がシュヴァにやたら触れたり、距離近かったりしたの気づいてた?」
「まあ、うん。少しは」
「これを調べるためだったの」
「へっ?」
「支配者の力がシュヴァの魔力にだけ反応するんじゃないかって思って。でも、それが勘違いだったら恥ずかしいでしょ?」
「まあ、そうか?」
「だからこっそりいろいろ試してたの。頭を撫でてもらったり、胸に手を当ててもらったり」
「……ふふっ」
笑い声に振り返ると、その主はセレナ。
どこか嬉しそうに微笑みながら、目があうとにったりと嫌な笑みにかわる。
「な、なるほどな」
平然と答えるが、胸の奥が妙にくすぐったい。
距離を詰めてきたのは、少しでも心を開いてくれたからだと思ってたんだが。
支配者の魔力が神の力に反応するかどうかを確認していただけらしい。
「な、ならいい。うん。ならいい……」
……いや、まあ別に落ち込んでるわけじゃないけどな?
それならそれでいいからね別に俺はマジでいや本当にこれは本心から言えるから。
なんならセレナにヴィオラを止めて欲しいってお願いしてたぐらいだし。
……よかったー!ヴィオラが試してただけでよかったー!
助かったー!くぅー!つれぇー!試されてつれぇー!
なんか年中勘違いしてる痛い奴で、俺つれぇー!
かぁー!心を開いてくれてるのかと思ったー!違った―!つれぇー!
「次からは最初に言ってくれると助かる。試すだけならいつでも付き合うから」
冷静に考えて心を開いてくれてるなら『試したい』って言ってくるしな。
いや本当、ただの勘違い野郎で少し悲しいんだが?
「ち、違うの!それだけじゃなくて……。その、他にもいろいろあって」
慌てて手を振り、言い淀む彼女の耳まで赤くなっている。
「いいんだヴィオラ。もう、いいんだよ」
「本当に!それだけじゃなくて。本当はシュヴァに……」
そんなに必死に誤魔化さなくてもいいよヴィオラ。
逆にそのフォローが痛いから。
今日はもう帰って寝ようかな……。
「変な奴。これで訓練の内容は変わったりするんですか?」
ギクシャクする俺達の間に、セレナの声が割って入る。
俺も気持ちを切り替えて。
「なんで俺の魔力に反応してるかわからんが。今のを見た感じ、弱い魔力なら反応も弱くなるみたいだな」
「もう1回やってみて」
ヴィオラが深呼吸を挟み気持ちを落ち着けた後、手を向ける。
弱く。限りなく小さい魔力を放つと。
「っ!……ふぅ。んっ!」
顔をしかめ、苦しそうな声を漏らす。
唇を噛みしめるヴィオラの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
微かな冷気が溢れ出る。
「落ち着けヴィオラ。落ち着いて制御しろ。それはお前の魔力なんだ」
「ええ。わかっているわ。これは私の魔力。ほかの誰でもない。私の魔力なんだから」
弱々しい声ではあるが、そこには確かな意志が感じられる。
溢れ出ていた冷気が次第に弱まっていく。
それはヴィオラの周囲を渦巻くように漂い、彼女の身体に収まっていく。
やがて彼女は小さく息を吐き、ゆっくりと目を開く。
「できてる?」
目を開く。その瞳は普段の淡い水色の瞳ではない。
黄色と水色が混ざり合っているような、不思議な色だ。
だが。
「制御できてる。完璧だ」
その瞬間、ヴィオラの表情がぱっと花開く。
「やった!」
と声をあげ勢いのまま俺に飛びついてきた。
「お、おい!」
不意打ちの抱擁に、思わずよろめく。
柔らかな温もりが胸の中に収まって――胸の奥が、不覚にも高鳴った。
そして、そのせいで魔力制御が微かに乱れた。
意図せず漏れ出た魔力が抱きついているヴィオラに流れ込む。
彼女の身体がびくりと硬直し、次の瞬間、瞳がぎらりと強い黄色に染まった。
周囲が圧倒的な冷気に包まれ、俺の体温が一気に落ちる。
「ヴィ、ヴィオラ!もういい!その勢いのまま制御しちまえ!」
そんな俺の声は届くはずもなく、
「氷槍陣列」
無慈悲に唱えられる氷魔法。
「結局これかよ!」
「まったく。なにをじゃれあっているんですか?」
背後から落ち着き払った声。
セレナがすっと距離を詰め、いつもの剣でヴィオラの意識を断ち切る。
「……んっ」
ヴィオラはかすかな声を漏らし、糸が切れたように崩れ落ちる。
セレナは慣れた様子でヴィオラを支えながら、冷静に俺を見上げた。
「やれやれ。困ったものですね。変な奴にも。ヴィオラ様にも」
「なにも言い返せねえよ。まあ、進展したからよしとしないか?」
「調子がいいことを言いますね。ですが、今は納得しておきますよ」
言いながら、セレナがヴィオラが起きるまで、優しい瞳で見つめていた。




