37 真実の愛《アモル・ヴェリタス》
時計塔から戻った翌日、ヴィオラは元気を取り戻したようだ。
朝活の訓練では。
「シュヴァ。もう1回支配者の魔力が溢れた時の魔力の動かし方を教えて」
「基本的には普通の魔力制御と変わらない。必要なのは支配者の魔力も自分のものだと強く思い続けることだ」
「そうじゃなくて」
ヴィオラが俺を手を取り、自分の胸に当てた。
呼吸を整え、瞳を閉じて。集中してから魔力制御を始める。
彼女の暖かさに触れながら、俺は手で魔力の流れを感じる。
感じるんだけど……。これって必要なことか?
ヴィオラは普通の魔力制御はほぼ完璧にできてる。
今更通普通の魔力制御について教ええることなんてない。
「どう?正しく感じられた?」
頬を主色に染めて、上目遣いでこちらを見上げてくるヴィオラ。
「問題ない。支配者の力が溢れた時もその調子で頼むぞ。大切なのは気の持ちようだからな」
と、セレナに睨みつけられながら、そんなことがあった。
模擬訓練の時、俺がいつもの定位置。訓練場の端でボーっとしていると。
「勝負あり!」
教官が終わりを告げ、ギリギリの勝負に勝ったのはヴィオラ。
汗をかき、荒い呼吸を整えながらやけに得意そうにこちらを見ると。
ヴィオラが駆けてきた。
「シュヴァ!勝ったわよ!」
息を切らせながら、報告というより褒められるのを前提にした声で報告してくる。
尻尾が付いてたらぶんぶんに振り回していただろう。
真っ直ぐな瞳からは『褒めて褒めて!』という気持ちが溢れ出ている。
「ふっ。さすがは俺の恋人。これなら対抗できそうだな。終末機関が来ても」
「シュヴァ」
「ん?」
「そういうのじゃなくて」
周りの視線を集めてたからこの言語で対応したんだけど、どうやら不満だったらしい。
ジッとこちらを睨みつけてきた後、頭をそっと差し出してくる。
……なに?俺につむじ見せて何になるの?
まさか新しくつむじ魔法でも開発した感じ?
なにそれちょっと気になる。つむじから魔法とか変な奴すぎんだろ。
「シュヴァ」
「な、なんだよ」
「撫でてくれなの?」
物欲しそうにそう伝えてくる。
……おかしい。そういう段階はもう終わったはずだ。
周り付き合っていることをアピールしてた時は、見せつけるようにやっていた。
だが、今ではもう俺とヴィオラが付き合っているということは知れ渡っている。
だから恋人がするようなことはしなくなっていたんだが。
「おいおい見せつけてくれるねえ」
「変な奴もヴィオラ様の彼氏が板に付いてきたんじゃねえの?」
「なんであんな奴が。オレの方が普通に喋れるのに……」
こうやってざわつかれるのも久し振りな気がする。
注目されてしまった以上しょうがない。
恋人関係が継続しているということは見せつけないといけないからな。
「悪くなかったぞ」
頭に手を伸ばす。柔らかい髪が汗で少し湿っていた。
ヴィオラは一瞬きょとんとした後、目を細めて嬉しそうに笑った。
「ふふっ、もっと褒めてくれてもいいのよ?」
「あまり調子に乗るな」
軽く小突いてやりとりを終える。
「なんだかお似合いになってきてるよね?」
「貴族と変な奴なのに不思議だよね。不釣り合いに思えるのに」
「でも幸せそうだよね……。羨ましい!」
周りのざわめきにギロリを決めてやろうと視線を動かしたとき。
ヴィオラの腕に浅い切り傷が見えた。
「ヴィオラ。それ」
「え?あ、これ?大したことないわよ」
そう言って隠そうとするが、彼女の手をとり傷口に掌をかざす。
「回復魔法は得意じゃないんだけど。清風・癒糸」
普通の魔法ではなく神の魔力を使用した魔法を唱える。
弱い風が傷口を縫うように流れ、赤かった線はみるみる消えていく。
「――っ!」
ヴィオラは何かを抑えるように俯いて息を殺し、全身を強張らせていた。
「すまん。痛かったか?」
「い、いえ……。大丈夫よ、ありがとう。そんなことより、シュヴァの手、あったかいのね」
手を掴まれて、謎に腕を触れられる。
もうすっかり治ったようなので、魔力を止めて「やめろ」と指をはがした。
「傷は放置すると残るからな。またなにかあったらすぐに言えよ」
「……うん。わかったわ」
微かに頬を染めたまま返事をする彼女は、微笑みながら頷いた。。
と、セレナに睨みつけられながら、そんなことがあった。
訓練場を出て、石畳の回廊を歩いていた時。
「シュヴァルツくん!」
小走りで近づいてきた子はにこっと笑って俺を見上げる。
前にヴィオラが元気ないって教えてくれたシオリだ。
「ヴィオラちゃんかなり元気になっちゃったみたいだけど。なにをしたのさ?」
にやにやと笑みを浮かべて肘で横腹を突いてくる。
慣れ慣れしいと思うが、それが彼女の持ち味か。
「まさかしちゃったの?えっちなこと」
「お前いきなりえぐいこと言ってくるな……」
これにはさすがの俺もドン引きである。
こいつは変な奴じゃなくて変態かも知れない。
「じょ、冗談!冗談だよ!ヴィオラちゃんが元気になったから気になっただけ!」
伝わったのか、慌てて誤魔化すシオリ。
「それで。なにしたの?」
それでも引かずに聞いてくるあたり、やはりかなりのパワータイプだ。
さて、なんて答えたもんか。
無視してもいいけど、元気がないと教えてもらった恩もある。
とはいえ支配者のことや俺の過去を話したことを言うわけにはいかない。
「俺と冷徹の女帝の関係を阻める暗闇の侵入者など存在するわけあらず。本心で繋がるすればそれすなわち当然。業を背負いし蝕の聖戦でさえ退くぜ?」
「ふーん、なるほどね。やっぱりしたんだ、えっちなこと」
「はぁ?」
「したんでしょ?ヴィオラちゃんとえっちなこと!」
な、何を言ってるだこいつは?
頭がおかしいのか?正気の沙汰とは思えない。
「シュヴァルツくんが変なこと言うならうちもこれで返すけど?返し続けるけど?」
こ、こいつ!やっぱり正気の沙汰じゃない!
しかもが頭ピンクな上にかなりのパワータイプ!
更に厄介!パワータイプで頭ピンクで厄介者とか終わってる!
誤魔化そうとすると、そういうことをしたと決めつけてくるつもりだこいつ!
なんだこいつ。厄介すぎんだろ……。相手にしたくねえ。
と、そのとき。廊下の先から、じっとこっちを見ている視線を感じた。
目をやると、そこにいたのはヴィオラ。
腕を組み、頬をふくらませ、こちらを射抜くように見ている。
あの顔はたぶん機嫌が悪いときのやつ。
もう面倒事が面倒事を呼んで頭がいかれそう。
勘弁して欲しい。
「ヴィオラちゃん。こっち見てるね」
シオリがそれに目ざとく気付く。
「シュヴァルツくんとえっちなことした子がいるね。あんなに可愛いのにシュヴァルツくんとえっちしたんだ、あの子」
「だからしてねえって」
うるせえこいつ……。もういっそうのこと殺してえ……。
「んー……。まあヴィオラちゃんは元気になったし、今日はこのへんにしておいてあげるね!じゃあまたね、シュヴァルツくん!」
「もう喋りかけてくるな」
「嫌だよ!」
「二度と俺に声をかけるな」
「絶対に喋りかけるよ!」
「早く逝け」
「生きる!」
なぜか強く拒否され、元気に走り去るシオリ。
本当に喋りかけてきて欲しくない。あいつ怖すぎ。
「シオリとなに話してたの?」
ヴィオラが歩み寄ってきた。
声は平静を装ってるが、不機嫌さが滲み出ている。
「ていうかシオリと話せる仲だったの?」
「少し前にヴィオラが元気ないって俺に忠告して来たんだよ。彼氏なんだから元気付けろってな」
「ふーん……。そう」
短い返事のあと、沈黙。
尖っていたヴィオラの唇が、次第にもとに戻っていく。
「……ごめんさない」
「なにが?」
「いえ。その、シュヴァが女の子と喋っていたから。少し、嫌な気持ちになっちゃって。それで、突っかかっちゃったから」
急にしおらしくされても逆に困る。理不尽に怒られるよりはましだけど。
「偽装恋人やってるからな。俺も不注意だった。これからは気を付ける」
他の子と喋ってたら、ヴィオラと別れたのか?と噂される事になるかも知れない。
陰でなにを噂されるかわからないし、なるべく気を付けることにしよう。
「いえ、今回のことは全部私が悪かったから。本当にごめんなさい」
「別にいいって」
と、やっぱりセレナに睨みつけられながら、そんなことがあった。
なにはともあれヴィオラが元気になったのはいいことだ。
シオリもヴィオラが元気になったと言っていたので、間違いないだろう。
元気になりすぎて、なんだか距離まで近づいてる気もするけど。
それで彼女の精神が安定するなら、それでいいか。




