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中二病を演じる最強騎士は、氷令嬢と偽りの恋人になる  作者: すなぎも


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36 優しい理由《ヴェイルド・リゾン》

 ヴィオラを背中に担いだまま寮についた。

 ここまで来れば見回りに見つかる心配はない。

 まだ辺りは暗いので、外出していたことはバレないだろう。

 ヴィオラを下ろして向かい合う。


「もう落ち着いたか?」


「ええ、今日はありがとう。何度も助けてもらって」


「気にするな。ヴィオラのお陰で禁書庫で読みたい本は読めたからな。むしろ助かったぐらいだよ」


「そう。ならよかったわ」


 ヴィオラはそう言った後。


「あなたはいつも、そうやって……」


 小声で何か零したが、語尾が弱く正確には聞き取れない。。


「今日は訓練なしでいいな?あと、学園は休むことにする」


「どこか行くの?」


「寝るんだよ。成績なんてどうでもいいからな。なんて言ったら、ヴィオラも休みたがるか?」


「そうね。2人して休みにしちゃう?」


「セレナが俺に突っかかってこなければいいぞ」


 ヴィオラの意志で休むと言っても、セレナのことだ。


『変な奴の悪影響が出てるんですよ!』とかいちゃもんをつけてくるに違いない。


「じゃ、俺は行くぞ」


「あっ」


 男子寮に戻ろうとしたところで、、ヴィオラが小さく息を吸った。

 何かを言おうとして唇がわずかに開いたが、すぐに閉じられた。

 こちらに伸ばされた手は、行き場所を失い宙を彷徨う。

 ヴィオラは自分を誤魔化すように首を振った後。


「またね、シュヴァ」


 胸の前で小さく手を振る。

 作られた、元気がない笑み。

 それを見てふと思い出す。


『最近、ヴィオラちゃんが元気ない気がするんだけどな』


 ヴィオラの友人が言っていた言葉。

 ひとりで支配者の力を制御するための本を禁書庫に探したに行ったんだ。

 思い詰めていたとすれば、その理由は魔力制御がうまくいっていないから。

 禁書庫にこそ行けたものの、恐怖で本はまともに読めなかったと言っていた。


 また侵入出来るか?と言えば怪しい。

 見つからずに侵入出来るからは微妙なところだ。

 それに、ヴィオラが俺に『また一緒に行ってくれる?』とは言ってこない。


 彼女は俺に遠慮している。

 頼ってはくれているものの、それでも踏み込み過ぎないようにしている。

 俺としてはありがたいこと。


 だが。


「困ったことがあったらなんでも言ってくれ。俺にできることなら協力するから」


 一歩踏み出してそう伝える。

 ヴィオラは小さく瞬きをして、俺を見上げた。


「……なんで。なんで私にそんなに優しくしてくれるの?」


 その問いに、俺はすぐ答えられず、視線を夜空に逸らした。

 らしくない。がらじゃない。俺は今まで誰とも関わらないように生きていたのに。

 これ以上、できることならヴィオラにも近付かない方がいいと思っているのに。


 それでも。


「少し、話すか」


 ヴィオラは驚いたように目を瞬かせ、それでも黙ってついてきた。


――――――――――――――――――――――――――


 時計塔の最上部に足を踏み入れると、冷たい風が頬を撫でた。

 王都が一望できるここは、前にヴィオラと偽デートをした時に来た場所だ。


 地平から淡い光がじわりと滲み出している。

 ヴィオラは手すり越しにじっと遠くを見つめていた。

 朝焼けに照らされた横顔。


 俺は何も言わず、暫くその光景を眺めた。


「……きれい」


 小さく呟いた彼女の声。

 俺は視線を街へ向け、口を開く。


「こうしてるといろんなことが小さく見えるな」


 この場所なら、少しだけ本音を話せる気がした。

 朝焼けに染まる王都を見下ろしながら、少しだけ息を吸い込み。


「ヴィオラ。俺はな、大陸の人間じゃない」


「えっ?」


 横目でヴィオラを見ると、驚きで目を見開いている。


「神ノ島って場所で育った。地図にも載ってない。世界に隠された島だ」


 ヴィオラは慌てた様子で口を開く。


「ま、待って!シュヴァの過去を聞くのは」


「俺が話したいと思ったんだけど。聞きたくないか?」


 問いかけに、ヴィオラは少し間を置いた後、静かに首を横に振る。

 王都に目を向け、目を閉じて故郷を想う。

 あの湿った潮の匂いや、やけに冷たい夜風を思い出す。


「そこには神と呼ばれる存在がいた。姿を持たない、意志がある強い魔力の集合体みたいなもんだ。その魔力は天候を操ったり、汚水を浄化したり、田畑を整えたり……。本当に神みたいなことをやってた」


 未だにその存在がなんなのかはわからないが、呼び名がないので神と呼んでいる。


「神ノ島で生まれた子供は神の肉体になる器――神器になるために特殊な訓練を受けながら育てられる。俺もそうだった。……ヴィオラは俺の本名を知ってるだろ?」


「カミキ・ミナトでしょ?」


 答えたヴィオラに、俺は首を横に振る。


神器(カミキ)No.3710(ミナト)。それは俺に付けられた番号だ。本名じゃない」


 風が吹き抜け、ヴィオラの瞳が大きく開かれる。

 そう、それは俺の呼び名であって名前じゃない。

 呼ばれれば苦い記憶が薄っすらと蘇る、呪の呼び名だ。


「細かいことはあんまり覚えてないんだけどな。ただ、毎日が試練みたいなもんだった。何人もの同郷に勝って、殺して……。最終的に俺が神の器になることが決まった。それで、儀式で神が俺の中に入れられた」


 そこまで言った瞬間、胸の奥で冷たいものがざわめく。

 血の流れが速くなるのを感じ、呼吸を整えて魔力を抑え込む。


「儀式の途中、神が俺の中に入ってきた瞬間。気がついたら力が暴走してた。……目覚めたときには神ノ島は焼け野原だ。人も、建物も、何も残っちゃいなかった」


 手すりを握る指に、自然と力が入る。


「なにが起こったのかわからない。呆然としてた俺の前に現れたのがヒルデだ。強い魔力を感じて飛んできたとか言ってたな。本当のところはどうからわからないけど」


 だが、これだけは今でもはっきりと思い出せる。

 ボロボロになる俺を、警戒して睨みつけているヒルデの瞳。

 ヒルデのあんなに冷たい瞳を見たのは、あれが最初で最後だ。


「その瞬間、俺の中に眠っていた神の力が溢れ出して――ヒルデに押さえつけられた」


「神の力って凄いんじゃないの?天候とかを操れるんでしょ?」


「ああ。けど、ヒルデは強かった。暴走した俺がどれぐらいの強さかもわからないけど、ボコボコにされたよ」


 胸の中で溢れ出る魔力をぶつけても、ヒルデが平然としていたのを思い出す。

 神のこともわからないが、ヒルデのことも未だによくわかっていない。

 もはやわかろうとも思ってないが。


「それで。俺をボコボコしたヒルデは神の魔力を制御出来るように訓練するって言い始めたんだ」


 思い出すだけで、肩の筋肉が無意識に強張る。


「そこからは地獄だった。制御できなきゃ容赦なく攻撃される。で、毎回気を失って、また叩き起こされる。それの繰り返しだ」


 あの訓練の日々は体よりも心を削った。

 それまで教わっていたことは神に身を捧げるための訓練。

 ヒルデが俺に教え込もうとしていたのは神の魔力を屈服させる、使い熟せるようにする訓練。


 真逆のことだ。

 出来なければヒルデに死ぬ寸前まで痛めつけられ、それでも神の魔力で体は回復し、死にはしない。


「あれがあったから今の俺があるのは間違いない。思い出したくもないことだけど」


 ヴィオラは口を開きかけたが、すぐに閉じ、代わりに静かに俺を見つめた。


 その視線から、同情とも尊敬ともつかない感情が滲んでいるのが分かる。


「訓練はうまくいったの?」


「一応はな。ただ」


 俺は左手首を少し持ち上げ、そこに嵌められた銀の腕輪をヴィオラに見せた。


「神の意志はまだ俺の中で眠ってる。魔力を延々と生み出し続けてるんだ」


 指で軽く金属を弾くと、低く鈍い音が響く。


「これがその対策だ。ヒルデが魔具を作った張本人だってことは知ってるよな?」


「ええ。今でも魔具の仕組みを知り尽くしているのはヒルデさんだけだって」


「これはヒルデが作った魔力吸収の腕輪。俺の魔力を吸い取り、王都の地下にある巨大な魔具に転送してる」


 ヴィオラが目を丸くした。


「前にヴィオラは言ってたよな。王都は田舎と違って、いつも噴水が動いてて、夜も煌びやかで、少ない魔力で簡単に魔具が使えるって。……全部、この腕輪から送られてる魔力を使ってるからだ」


 彼女はしばらく腕輪を凝視していた。


 その表情には、驚きと――どこか切なさが混じっている。


「何年も神の魔力を制御できない俺を見かねて、ヒルデが作ったものだ。初めは魔力を弱めて制御しやすくするためのものだったんだけど、魔力を制御できるようになった今でも無限に魔力が溢れ出てくるからな。こいつが無駄にならなくて済んだってわけだ」


 生み出され続ける魔力。それで完璧に制御できているのか?と言われれば疑問だが。

 それでも腕輪に魔力を送るのは俺の意志で、供給を止めようと思えば止められる。

 その場合、大量の魔力に呑まれて暴走するんだけど。


「魔力をそのまま放つと魔物を呼び寄せるから、使ってもらえるならそれに越したことはない。俺をここまで育ててくれたヒルデは、俺という存在を秘密にしつつも国に大きな貸しを作り続けて地位を得てる。国も、周りの国には魔具を使いこなす強い国だと思われてる。悪いことはなにひとつないな」


「そう、ね。腕輪があれば魔物も寄ってこないし、街の人も助かると思うわ。王都も、そのおかげで繁栄してる」


 納得したような声を出しながらも、表情は曇っている。

 言葉と感情が噛み合わず、胸の奥がもやもやしているのが隠しきれていない。

 ヴィオラははっとしたように顔を上げた。


「じゃあ……」


 少し間を置いて、声が小さくなる。


「変な言動をして、ずっとひとりでいた理由は。その力が悪さした時のことを考えてってこと?」


 まっすぐな視線に、一瞬言葉を失う。

 その問いには、からかいも疑いもない。

 ただ純粋に心配だけが滲んでいた。

 その視線から逃げるように地平線に目を向ける。


「俺は1人でいいって言ったんだ。やりたいことも別にないし。けど、ヒルデがな……。どうしても。大丈夫だから。なにかあった責任はとるから。普通に生活してみて欲しいってな」


 俺には理解できなかった。

 なんでこんな危険な状態で普通の生活をしないといけないのか。

 そもそも俺は神器になるために育てられたモノのような存在だ。


 生きる意味も特にない。

 死んでしまっても構わないとさえ思っていたのに。

 この魔具が壊れれば大量の魔力が溢れ続けて、魔物が王都に押し寄せるだろう。

 今は寝ている神の意志が目覚めたとき、暴走すれば神ノ島の二の舞になるかも知れない。


 だとしたら、俺はこんなところにいるべきじゃないのに。


「……そっか。ヒルデさん、優しいんだね」


 ヴィオラはふっと柔らかく笑った。

 ヒルデなにを考えてそうお願いしてきたのかはわからない。

 だが、ヴィオラはそう受け取ったようだ。


「世間を知らない俺は、知り合いを作らないように学園で変な奴を演じることになったってわけだ」


 ヒルデの遠回しな口調と、たまたまそのとき読んでいた本の意味のわからない読み仮名。


 それらを組み合わせて出来上がったのが今の言葉だ。

 もっと簡単に人を避けられたと、今の俺なら簡単に気が付くのに。

 他の生徒が褒められているのを見て、羨ましいと思い、実力を隠さなかったのも失敗だ。


 俺も俺で、まだまだ幼かった。


「でも、そのおかげで私はシュヴァに救われてる。普通の生活をしてくれてよかった」


 ヴィオラの目がわずかに潤んでいるのに気づき、俺は息をついた。

 その瞳を正面から見据え、ゆっくりと言葉を落とす。


「俺も神の力に何年も悩まされた。だから俺は、ヴィオラが普通の生活を送れるように。俺みたいにならないように、全力で協力する。これが、俺がヴィオラを気に掛ける理由だ」


 本心からそのことを伝える。


「俺みたいになるなよ、ヴィオラ。友達といる時のお前は、楽しそうに笑ってる」


 ヴィオラはきゅっと唇をかみ、こぼれそうな涙を無理やり堪えている。

 やがて、ほんの一瞬だけ、笑顔が浮かぶ。

 けれどその声は小刻みに震えていて。


「……そんなの、反則だよ」


 か細くつぶやくと、また視線を落とした。

 その横顔は、強がりと弱さがせめぎ合っていて――放っておけるはずがなかった。

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