33 王城《キングスバスティオン》
初めて王城を近くで見たが、かなりの大きさと敷地があるようだ。
偵察程度に城壁をぐるりと一周しただけでそれなりの時間がかかった。
わかったことは、大きい城門は南に1つだけ。
隅には騎士が駐屯する小屋が建っており、常に監視されている。
他には小さい扉が複数個あったが、どれも門番が2人1組で見張っていた。
こんな夜中にご苦労なものだが、そのせいでなかなか侵入は困難。
城壁は高く、魔法を駆使して飛び越えることも可能だが、上のほうに微かな魔力を感じた。
恐らく魔具だ。近づいたら警報が鳴るか、騎士たちに連絡が行くか。
なんにしても試しで行くにはリスクが高すぎる。
となれば攻めるのは北東の隅に備わる一番ボロそうな扉。
城壁の角も近いため身を隠しやすいうえに正面は草むらになっている。
ということで北東の扉に向かい、離れた物陰に隠れて門番を確認する。
たまに談笑はしているが、門を離れる気配はない。
さてはてどうしたものかと辺りを見渡すと、門の正面。
草木が生えた茂みに影が見えた。
「l闇視の魔法」
魔法を目にかけて視界を暗闇に適応させた後、影の正体を確認する。
黒いフードを目深に被っている人影。
きょろきょろ辺りを見渡しているフードの隙間から見えたのは、見覚えのある整った顔立ち。
ヴィオラだ。
「なにやってんだあいつ」
不審者さながら、門番を見ては辺りをきょろきょろと見渡している。
なにやら頷いたあと後、一歩踏み出し。
「ぱきっ」
静かな夜に響き渡る小枝が折れた音。
「誰かいるのか?」
当然、その音は門番の耳にまで届く。
門番が近づいてくるのを見てヴィオラは木の裏に身を隠したが、見つかるのは時間の問題か。
1人の騎士が警戒しながら近づいていく。
「本当になにやってんだ」
放っておくわけにもいかない。
魔法を使用して指先に火を灯す。
「ん?なにかいるのか?」
門の前で待機していた騎士が反応すると、声につられてもう1人もこちらを見た。
指をゆっくり振った後、火の玉を城壁の曲がり角へと放り投げる。
2人の視線が火の玉を追いかけている――その瞬間に足音を殺してヴィオラのもとへ駆け寄った。
突然現れた俺に驚いた眼を向けるヴィオラ。
「シュヴ」
「じっとしてろ」
口を塞ぎ、強引に引っ張り包み込むようにローブで覆う。
もぞもぞと抵抗されるが、腕に力を込めて『黙れ』と強く締め付ける。
「俺はあっちを見てくる。お前はそこを確認してくれ」
1人の騎士が火の玉を追いかけ、もう1人がこちらに近づいてくる。
「l視界抹消。闇融」
認識阻害魔法の1つであるl視界抹消と辺りの闇を深くする闇融を重ねてかける。
バッとヴィオラが顔をローブから出してきた。
「しゅ、シュヴァっ。近いっ」
「もう少し黙ってろ。このままやり過ごす」
このローブは魔具だ。魔力を込めると気配が薄れる。
いま顔を出されるのはよろしくない。
ヴィオラの頭を押し付けるようにローブで包み直し、俺はフードを目深に被る。
足音を殺しながら騎士が草むらに入り、すぐ隣を通過していく。
「誰もいないのか?」
門番の声に反応してヴィオラの肩がぴくりと跳ねる。
髪の毛が腕を擽るが、気にしている場合じゃない。
騎士は少し進んだところで明かりを照らしながら周りを見渡している。
「ヴィオラ。歯を食いしばれ」
「な、なに?身体があたってそれどころじゃ」
ローブの中からなにか声が聞こえたが、相手をしている暇はない。
1人は城壁の角を曲がって行き姿を消した。
もう1人は完全に俺たちを見失っており、門の前はがら空き。
であれはとる行動は1つ。
俺はヴィオラを抱き上げて地面を蹴って跳躍した。
「んっ!?」
何か聞こえたが気にしている場合じゃない。
草むらを飛び越えて門の前へ着地する。
ノブに手をかけると、なんの抵抗もなく回転した。
そのまま扉を開いて中へと体を滑り込ませる。
城内に見張りの姿は見えない。
音を立てないように気をつけながら、月明かりを頼りに園芸場の中に身を隠す。
「ここなら大丈夫か」
辺りに人影はなく、草や花が生い茂っているため隠れる場所が多い。
ということでローブを広げてヴィオラを開放する。
ヴィオラは草むらにへたりと倒れこみ、荒い呼吸を整え始める。
「どうしてあんなところにいたんだ」
「ちょ、ちょっと待って。少し落ち着く時間をちょうだい……」
ローブの中にいる時間が長かったか、息苦しかったのかもしれない。
「はぁ……はぁ……。なんで、こんな。いきなり……」
呼吸を整えながら、ちらちらこちらを見るヴィオラ。
顔が赤くなっているのは酸欠の予兆か。
酸欠になると顔が赤くなるかどうかは知らないけど。
「しゅ、シュヴァは平気そうね」
「どっちの魔法もそんな魔力を使うやつじゃないからな」
「そういう意味じゃないんだけど……」
なにやら不満げに睨まれているが、理由がわからん。
暫くしてから一息はいて、ヴィオラが立ち上がる。
ジッとこちらを睨むように見られる。
どこか不機嫌そうに見えるのは気のせいか。
「ありがと。助かったわ」
不機嫌と見せかけてお礼を言ってきた。情緒どうなってんだよ。
「それで。あんなところでなにやってたんだ?」
問いに、ヴィオラは目を伏せる。
「それは」
何かを言いかけたが、途中で口が閉じた。
視線が泳ぎ、指先がローブの裾を握りしめる仕草。
「言いたくないならいい」
無理に聞く必要はない。ここで問いただしても時間の無駄だ。
「ってかこの後どうするか」
俺の目的地が禁書庫にだったらつい城内に侵入してしまった。
ヴィオラがいるならいったん引いておくべきだったか。
不覚である。
「禁書庫に用があって来たの」
ぽつりと、ヴィオラが口を開いた。
「支配者の力を、もっと上手く使えるようになりたくて。その手がかりが欲しくて来たんだけど。こんなところでもあなたに助けられちゃったわね」
言い切った後、彼女の肩がわずかに落ちる。
作られた笑顔がぎこちなく、それが強がりだと見てわかった。
そんな理由で忍び込もうとしていたのか、と言ったらヴィオラに失礼か。
俺もセレナも訓練の成果が出ないヴィオラを責めたりはしていない。
セレナなんてヴィオラが自分を責めていないかと心配するほどなのに。
その心配が的中してたからヴィオラは禁書庫に忍び込もうとしてたんだろうけど。
気にするな。なんて言っても意味はないか。
ここでヴィオラを元気づけられるほど俺は器用な人間じゃない。
であれば。
「だったら都合がいい」
「えっ?」
「俺も禁書庫に用があって来たんだが、場所がわからないんだ。ヴィオラは知ってるか?」
禁書庫の場所を知らないのは事実だし、都合がいいのも事実。
城内に入っちゃったし、このまま一緒に進むのが楽な気がする。
「本当に?」
不安そうにこちらを見上げてくるヴィオラに。
「本当だよ。城に侵入しようとしたらヴィオラがいたからビックリしたぞ。ビックリし過ぎて勢いそのまま入り込んじまった」
「それは」
ヴィオラは僅かに考えた後、首を振ってからこちらを見つめる。
「ならよかった。禁書庫の場所は知っているから安心して」
ヴィオラの唇が少しだけほころんだ。
胸の奥の何かがほんの少しだけ温かくなるが、そんなことを考えている暇はない。
「それは助かる。あとこれ」
着ていたローブを差し出す。
「魔力を込めると気配を薄める魔具だ。ヴィオラのはただのローブだろ?」
ヴィオラは受け取ったローブを羽織り、試しに魔力を込める。
目の前にいるヴィオラが消えるような感覚に陥るが、それが効果だ。
「不思議な感じ。なんか存在が薄れた気がするわ」
「見ている側の方がより効果がわかるんだけど」
試してやるのは後ででいい。今は禁書庫に行くのが優先だ。
「ヴィオラ。そんなしっかり羽織らなくても大丈夫だぞ」
サイズが大きいローブを自分に巻き付けるように押し当てているヴィオラ。
襟元を引っ張り、顔を隠すようにして深く息を吸い込んでいた。
「そ、そうなの?けど、こうしていた方が効果が高くなると思わない?」
「あんま変わらんと思うけど」
羽織っている自分がどうこうというより、周囲に溶け込む魔法を放つ魔具だから、着込んでも意味はないと思う。
「いいの。さあ、こっちよ。行きましょう」
そのままヴィオラが歩き出す。
「すんすん……。シュヴァの匂いがする」
なにやら意識が散漫になってる気がするが、しっかり魔力を込めている。
魔具が使えているならそれでいいかと、周囲を警戒しながらヴィオラの後を付いていくことにした。




