28 朝活の訓練《フェイズゼロ・トリガー》
早朝の闘技場といえば俺の朝活スポット。
他の場所より魔力が漏れないここは朝練をするにちょうどいい。
ヒルデに許可をもらい、教員にも話は通っている。
たまに熱心な生徒が覗きに来るが、俺を見ると『げっ』と言ってすぐに出ていく。
誰も俺と関わろうとしない。狂人の運命。
震えるぜ、みんなの扱いによ……。
「おはよう、シュヴァ」
闘技場の中央でストレッチをしていると、ヴィオラとセレナが現れる。
すでにひと汗かいた後らしく、頬にはうっすらと赤みが差していた。
訓練服を着ており、やる気は十分なようでよろしい。
「おはよう。走って来たのか?」
「ええ。毎朝走ってるのよ。セレナと一緒に」
むむっ、こいつらまさか朝活勢か?見込みがあるな。
「おはようございます。変な奴も早いんですね」
「おはよう。ってかセレナは普段から俺を付けてるんだから知ってるだろ」
「な、なんのことだかわかりませんね……」
目を泳がせて否定するセレナ。
どうやら尾行がバレてないと思ってるらしい。
何回も巻いてるのになんでバレてないと思ってるのか。
セレナの朝のルーティーンは恐らく。
朝起きて俺の尾行を開始したあと、すぐに巻かれてヴィオラと訓練。
んー。朝活検定審査員の俺から言わせてもらうとあまりよくない朝活ですねこれは。
まず俺を尾行してる時点でマイナス100点。話しはそれからね。
と、アドバイスしてやりたいところだが今はそんなことより朝活が優先。
「では、さっそく始めようか。朝活の訓練をな」
「変な奴はしっかり朝から変な奴なんですね」
「ええ。始めましょう。たとえ観測者に認識されていたとしても、私達は立ち止まれないのだから。これも呪われし娘の宿命かしら?」
「ヴィ、ヴィオラちゃん!どうしちゃったの!」
ノリノリな主にセレナがたじたじである。
俺もヴィオラが真似してきた時は恐ろしく驚いたからな。
朝から主のこんな姿見せられてちょっと可哀そうではある。
「セレナもやってみる?やってみると意外と楽しいものよ?」
「い、いや、わたしはいいかな」
ポーズまでバッチリ決めて誘ってくるヴィオラにセレナの動揺が止まらない。
「変な奴の影響がこんなところまで……」
ちらりとこちらを一瞥した視線が怖い。
いやこれ俺のせいじゃないから。俺だってヴィオラにやめて欲しいし。
ってかヴィオラこれやって楽しいと思ってんの?
これが楽しいとかストレス溜まりすぎだろ、心配になるわ。
「訓練の前に少しいいかしら?」
「どうした恋人ヴィオラよ」
「セレナに私たちの関係を話したわ。付き合っていることは演技だってこと」
「そ、そうか」
それは初めに言ってくれよ。
恋人面したせいでセレナがニヤニヤこっち見てるだろ、勘弁してくれ。
セレナにおちょくられるのはなかなかダメージあるんだよ。
「だから、ここにいる3人はクラウス様のことも含めて全て知っているという認識でいてね」
しかし、ここで狼狽えるのは二流。
ここは毅然とした態度を貫くのが男。
「であれば今後ともよろしく楽しむぞ、従事者の乙女。これからは協力者としてな」
「よろしくお願いします。変な奴。ヴィオラちゃんの恋人ではなく協力者として」
そんな釘をさすように言わなくてもわかってるって。
そもそも偽装恋人はヴィオラが言い出したことで、俺としては誤解がとけるならそれに越したことはない。
「みんなの前では恋人を続けるから。それは引き続きよろしくね、シュヴァ」
「それはそうか」
付き合う振りはクラウスとの婚約を遅らせるためのものだから、完全に解消されるわけじゃない。
ヴィオラが支配者の魔力を使い熟せるようになるまでは続けた方がいい。
「では、引き続きよろしく頼むぞ。恋人ヴィオラ」
「ええ。よろしくね」
「というわけだ従事者の乙女。よろしいか?」
「ぐっ。そ、それは。しょうがないですね……」
全く納得してない様子だが、主の命令。さすがに反論はしてこないか。
「で、でも!振りなんでキスとかはなしですよ!そういうのはダメです!」
せめてもの抵抗を見せるセレナ。子供かこいつは。
しかし。
「それは場合によってだな。偽りの誓約がバレないことを優先するなら抱擁も接吻もするのが道理。そうだろう?ヴィオラ」
「それは……。ば、場合によっては。じゃないかしら……」
語尾が弱くなり、恥ずかしそうに言うヴィオラ。
その恥ずかしそうにするやつ止めて!
ただセレナをからかいたくて言ってるだけだから!
そんな本気感だされちゃうと俺まで照れて恥ずかしくなっちゃうから!
「ぐっ。そ、そうですか。ヴィオラちゃんが、言うなら、しょうがないですね……」
ん?あれ?おかしいな?
聞こえた言葉と意味が違うように感じたのは気のせいかな?
なんか同時に2つの声が聞こえた気がするけど、それどういう能力?
それとも俺の気のせいか?
「理解はします。納得はしませんが……。くれぐれも節度は守ってくださいね!」
な、なんだこいつ!ここに来て新たな言語を生み出してきやがった!
さすがはヴィオラの付き人か、主とは違った方向で変な奴だ。
つまり似た者同士。こいつらはやばい。
やっぱり鍛えるの辞退しようかな……。
「わかりましたか!」
「ぜ、善処しよう」
1つの言葉で2つの意味が頭に入って来て気持ち悪くなってきた。
くそっ、なんだこいつ。禁術だろこれもう。
「よかった。セレナとシュヴァが仲良くしていけそうで」
なにを見てそう思った?
全く持って理解し難い事象だが、説明しても無駄っぽそうだから止めておこう。
さっさと朝活に移行した方が有意義だ。
「じゃあ2人が今までどんな訓練をしてきたか教えてくれ」
氷獄の支配者の魔力を制御するにはなにが必要なのか気になるところ。
「まずは目を閉じて。心を落ち着けて。魔力を大きくして、安定させて。小さくして、また安定させる……」
ヴィオラの魔力が変化しては安定するのを感じる。
ほうほうなるほど。魔力制御の基礎だな。
騎士を目指さない人でも魔具を使うために親にならうほど常識的なことだ。
まずはこれをしないと魔力制御は始まらないと言っても過言ではない。
過言ではないが……。随分と長く続けているな。
次の段階を早く見せて欲しいんだけど。
「ヴィオラ?」
呼んでみたが、返事はない。そうとう集中しているのか。
目を閉じて何度も魔力を変化させては安定させてを繰り返している。
まさか。
「これが私達がしてきた訓練よ」
だよね。1分ぐらい経ったあたりで察したけどさ。
セレナが俺を見てちょっと焦ってたのわかったもん。
表情に出すつもりなかったんだけど、たぶん戸惑いが出てたんだろうな。
魔力制御の基礎練習をひたすらやっていたのかと。
「ヴィオラの魔力制御がうまい理由がわかった。この訓練をしていたからだな」
いったん褒めておく。
「ええ。魔力制御なら騎士にも負けない自信があるわ」
自信があるのはいいことだからね、うん。
「あ、あと!筋トレとかもしてましたよ!身体を鍛えるのは大切ですから!」
「そうかそうか。……偉いね、セレナは」
「なんですかその優しい目は!」
「よしよししてあげようか?」
「子供扱いしないでください!わたしたちは同じ歳です!」
フォローしようとしするセレナの姿があまりに幼く健気で子供扱いしてしまった。
ここで筋トレの報告はフォローになってるか微妙なところだけど。
「よし。さて。どうするか」
あまりにも1からのスタート過ぎて訓練内容が思いつかない。
ちょっと考える時間が欲しいところだが。
「ごめんなさい、シュヴァ」
突然、申し訳なさそうにするヴィオラ。
「言いたいことはわかるわ。私もこれで支配者の魔力を制御できるようになるって思っていたわけじゃない。ただ、ほかに方法が思いつかなかったの」
なにも言ってないが、俺の動揺がそこまで表情に出ていてしまったか。
「別に責めてるわけじゃない。魔力制御の基礎練習で支配者の力を少しでも抑えられてるんだから、成果があったってことだろ?凄いことだと思うぞ」
「本当に?」
「本当だ」
事実、ヴィオラはその訓練を続けたお陰で少しは支配者の魔力を制御できてる
ならそれは素晴らしいこと……。ということにしておこう。
さすがに疑ってきているヴィオラの視線に気付かぬ振りをして。
「いったん整理したいんだが。ヴィオラとセレナが知る支配者の魔力が溢れてくるタイミングはクラウスがいるときだけか?」
「ええ。私はそういう認識よ」
「わたしもです」
「他の王族の近くにいったことはあるか?」
「ないけど。……そうね、この力がクラウス様に反応しているのか、伝承で関りのある王に反応しているのか。はっきりさせておいた方がいいかも知れないわね」
その通り。この2つの違いでかなり話しが変わってくる。
クラウス以外の王にも反応すればいいけど、クラウスだけとなるとわけがわからなくなる。
他の王子が腹違いの子供となれば、第三者王妃が支配者と関係していたことになるけど。
そこらへんはどうなのか。
「そう簡単に謁見できる相手じゃないのが問題ね」
「そうなんだよな。なんかつてとかないのか?貴族だろ?」
「説明したでしょ?グレイス家は田舎貴族よ。王族に会える機会なんてもらえない。クラウス様に会えてることだって他の貴族から見ればおかしなことなんだから」
そういうものか。
クラウスはヴィオラの婚約者。
そして、騎士団にも属しているので近付こうと思えば近付く機会はある。
他の王族がなにをしているかは知らないが、簡単には会えないようだ。
少なくとも騎士養成学園の生徒が会えるような王族はいない。
「ちなみにクラウス相手だとどれぐらいで反応するもんなんだ?」
「見られれば疼くわね。実戦訓練を行った闘技場でも、魔力が疼いたからクラウス様が見に来ていることに気付けたわけだから」
「ヴィオラがあのとき特別観客席を見てたのはクラウスがあそこにいたからか」
「そういうことよ。だから、他の王族に近付かなくても、見てもらえれば力が反応するかは確認出来ると思うけど」
それなら出来なくないかも知れないが。
「厳しいですね」
そう言ったっのはセレナである。
「クラウス様はヴィオラ様が他の王族に会わないよう細心の注意を払っているので。婚約者であるヴィオラ様を頑なに王城に近付かせませんし、遠回しにそうするよう伝えられたことがあります」
「クラウスが真実を知ってて会わせないようにしてるのか。或いは知らないけど他の王族にバレる可能性を少しでも減らすためにしてるのか」
「どちらにしても王族とヴィオラ様を会わせるのはなかなか難しいと思います。どこにクラウス様の眼があるかわかりませんからね」
訓練をするうえで重要なのは支配者の力を溢れさせること。
王族であればだれにでも反応するなら、クラウス以外の王族に近付くのが手っ取り早いと思ったが、難しいようだ。
「力が溢れる条件で、他に思い当たる節はあるか?」
「あるにはあるけど……」
「言いにくいことなのか?」
「いえ。確かじゃないのよね」
「違ってもいいから教えてくれると助かる」
情報なんて多ければ多いほどいいからな。
「間違うことも成長だし、違うとわかることも成長だ。何でも言ってくれ」
というのは前にヒルデが言っていたこと。
とにかく思ったことがあれば何でも言ってくれたえ。ということである。
キミの判断より、私の判断の方が正しいことが多いだろう?
と言われたのは、事実だが少しイラっとした思い出だ。
「私が危険に陥った時に溢れることがあるの。クラウス様に見つかったパーティーでも犬に襲われて溢れたし、最近で言えばダークウルフの時ね」
「ダークウルフの時は圧倒してたように見えたけど」
「支配者の力が発動してからはそうね。けど、そうなる前に手酷くやられていたのよ。あまり言いたくないけど、この力がなかったら死んでいたと思う」
俺が駆け付けた時、ヴィオラには傷一つなかったが。
もしかしたら力の一部に回復魔法が含まれているのかも知れないな。
血とは魔力の根源、と言っていたのはヒルデ。
支配者の血だ、どんな魔法が発動するかは予想できない。
「前からなんとなくそうかも知れないとは思っていたけど、私とセレナじゃ確認できなくて」
「なるほど。命の危険か」
一歩間違えば死に直結する。試すのはさすがにリスクが高い。
それに、過保護なセレナは試すことに反対するか。
なら。
「ダメもとで試してみるか」
「どうやって?」
俺は訓練用ではない。
銀に輝く剣を鞘から抜いてヴィオラに向ける。
「ヴィオラと直接やるのは2回目か」
夜の屋外訓練場でヴィオラに挑まれた時。
確か告白されると勘違いした俺が恥ずかしさに耐え切れずヴィオラのプライドをボキボキにへし折りに行ったんだけっか。
……冷静に振り返ると俺やってることヤバくね?あまりにも小さい器。
いやいや過去は振り替えならない。なかったことにしておこう。
「あの時は手加減中の手加減をしてたが。今回は本気で行くぞ」
「殺すつもりで来るということ?」
「必要であれば。やるしかないな」
いかにヴィオラに危険を感じてもらうか。
それが重要だ。




