27 本心《リアル・エゴ》
ヴィオラ視点
学園寮の自室。私はソファの背にもたれ、指先で薄い毛布の端をいじっていた。
頭の中が少しだけ熱くて心がざわついているのは、たぶん今日の約束のせい。
シュヴァに力の制御を教わる。
今までセレナとふたりでやったいたことに、彼を巻き込むことになる。
頼もしいという気持ちが半分。申し訳ないという気持ちがもう半分。
彼の弱味に付け込んで偽装恋人をお願いし、今度は訓練までしてもらう。
訓練に関しては快く受け入れてくれたけど、本心で言えばわからない。
いつか恩は返す。と伝えているが、なにをすれば喜んでくれるのか?
思えば私は彼の事を全然知らない。
過去を詮索しないと約束した以上、それは出来ない。
けれど、そうしなければ彼の事はわからない。
ぼんやりとシュヴァを思い浮かべると、カッと顔が熱くなる。
続いて脳裏に蘇るのは、彼に抱き着いてしまった時の事。
真正面から、飛び込むように抱きついた。
迷いも、遠慮も捨てて。自分でも信じられないくらい勢いよく。
その胸は思った以上に広くて、驚くほどあたたかかった。
頬が触れた布越しの感触も、彼の体温も、全部まだ肌に残っている気がする。
何より、耳元で聞こえた――どくん、どくん、という鼓動。
それが自分のものなのか、彼のものなのかもわからなくなって、余計に混乱した。
コンコン!と、ノックの音が響いた。
「ヴィオラ様。よろしいでしょうか?」
身体から熱を逃がすために服をはためかせ、深呼吸をして冷静さを取り戻す。
「いいわよ」
ドアを開けて入ってきたのはセレナ。
こちらを見ると、心配そうに駆け寄ってくる。
「顔が少し赤いようですが。大丈夫でしょうか?」
「ええ。ちょっと身体を動かしていただけだから」
適当に誤魔化かす。
セレナも思うところはあるだろうけど、強く言及はしてこない。
私がばつの悪そうな顔をすると、察してくれる。
いつもこうやって気を遣ってくれる優しい子。
「どうしましたか?」
「いつも通りでいいわ」
「わかった。それじゃあ、どうしたの?ヴィオラちゃん」
「セレナに伝えたいことがあるの」
そう言いながらソファへ移動し腰を下ろす。
セレナも向かい合う椅子に静かに座った。
真剣な雰囲気が出てしまっていたのか、セレナ表情も引き締まる。
けれど、急かすような事はしてこない。
気持ちの整理が出来るのを、何も言わずに待っている。
私はひとつ深呼吸をしてから口を開いた。
「シュヴァに鍛えてもらうことにしたの」
伝えると、セレナの目がすっと細くなる。
「魔力制御の件?」
「ええ。最近、氷獄の支配者の魔力が溢れることが多くなってきているわ。それなのに、私はまだ全然この力を制御出来ていない。だから彼にお願いしたの」
セレナは数秒の間、無言で私の目を見ていた。
やがて、ふっと小さく微笑む。
「それがいいかもね」
「えっ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。
セレナはシュヴァに対して肯定的な事を言ったことはない。
いつも『変な奴』だと、尾行している時の行動を報告してくれていた。
屋上で1時間、ひとりでボーっとしていたとか。目を瞑りながら歩いていたとか。
座学の時は何もないところをずっと見てたり、急にニヤニヤと笑いだしたり。
大した情報はなにもなかったが、それでも褒めるようなことはなかったはず。
だから、反対されると思っていた。
「わたしがすんなり受け入れて、意外だった?」
「え、ええ。反対されると思っていたから」
「お付き合いに関しては反対だけど。変な奴が強いってことぐらいわたしだってわかってるから」
シュヴァの実技成績は入学時からずっとトップ。
特殊変異種のダークウルフを一瞬で倒していた。
セレナも、彼に助けられた時にはその強さに動揺していたようだ。
感謝しつつも『変な奴は変だから変。あの強さも変だもん』と言っていったけど、セレナなりに強さを認めた言葉だったのかも知れない。
「変な奴の魔力。少し変なんだよね」
「シュヴァの魔力が?」
「うん。始めのうちは変な奴だから魔力も変なんだって思ってたんだけど。よくよく感じてみると違和感があるっていうか。説明は難しいいんだけど……」
幼い顔に皺を寄せて一生懸命考えた後。
「ヴィオラちゃんのと少し似てるのかも?」
「私のと?」
「この前の実戦訓練で、わたしのすぐ後に変な奴だったからそばで見てたんだよね。その時、変な奴の魔法、壁を少し貫通してたんだ。変な奴が圧倒してたから変に感じたのかな?とも思ったんだけど、よくよく考えるとたぶんあれ圧力領域だったんだと思う」
「あの魔法壁が」
この学園に入学したとき、どこで訓練するのがいいか場所を探した。
そこで候補の一つだったのが闘技場。その時に魔法壁の頑丈さは確認した。
あれは私達の魔法じゃ絶対に壊せない強固な魔法がかけらられている。
唯一貫通するのが氷獄の支配者の魔力が混じった魔法だけ。
それを貫通していた?シュヴァの魔法が?
「シュヴァの魔力が高すぎただけだったとか?」
「だったらボブは押し潰されてると思う」
確かにボブは圧力領域に耐えてた。
そう考えると桁違いの魔力が含まれていたわけじゃない。
だとすれば、私のように性質の違う魔力を持ってる?
シュヴァが?もしかして、だから私に鍛えると言ってきた?
「わたしの勘違いかも知れないけど。でも、だから変な奴に教わるのは悪くないと思うよ。……ごめんね、ヴィオラちゃん」
「なによ、急に謝ったりして」
「わたし魔力量とかも普通だし。あんまり役に立てなかったから」
たはは。と笑いながら言うセレナに、わっと胸に熱いものが込み上げてきた。
「わたしがもうちょっと強かったら、ヴィオラちゃんの力にもっとなれたのにって。ずっと思ってたから」
「そんなことない!そんなこと思ったことない!」
セレナの小さい身体を包むように抱きしめる。
「セレナがいてくれたから今まで頑張れたんだから。ここまでこれれたのは絶対にセレナがいてくれたか。だから、そんなこともう言わないで」
グレイシャ家の付き人という立場なのに、セレナは私の味方でいてくれた。
他の使用人だったらこの力のことを知ればすぐにお父様に報告していたはず。
それなのに、セレナは私に寄り添って、ずっと一緒に考えて、支えてくれていた。
「セレナがいなかったら今の私はいないの。だから、自分を責めるようなこと言わないで」
「ヴィオラちゃん……」
「それに、まだセレナには頑張ってもらわなきゃいけないんだから。訓練の時も一緒にいてもらうわよ。最近シュヴァの目線が厭らしくて……」
「えっ?な、なに!なにそれ!」
「だから。ちゃんと見張っててもらわないと」
「そんな感じなの!ゆ、許せない!わたしのヴィオラちゃんにそんな目で見てるなんて!たとえ恋人だったとしても、わたしの眼が黒いうちは絶対にヴィオラちゃんに触れさせないんだから!」
ぷりぷりと怒り出すセレナを見て、思わず笑ってしまう。
シュヴァには後で謝っておかないと。
け、けど。最近シュヴァはこっちをちらちら見ている気がするのも事実だし。
……ごめんね、シュヴァ。
空気が和んだところで。
「あとね、セレナ。もうひとつ、伝えておきたいことがあるの」
「もうひとつ?」
思い当たる節がないのか、首を傾げるセレナ。
「私がこの力を制御している理由は知っているわよね?」
「クラウス様に迷惑を掛けないように、ですよね」
私は、静かに頷く。
許嫁であるクラウス様と結婚した後、この力が暴走したら迷惑をかける事になる。
それ以前に、この力の存在を知られれば婚約を破棄される可能性がある。
グレイシャ家を復興させるためにも、なんとしてもそれは避けなければいけない。
だから、結婚までにこの力を完璧に制御出来るようにして、クラウス様にバレないようにする。
セレナにはそう伝えてある。
けど、それは違う。
「ごめんね、セレナ。それは嘘なの」
セレナのまなざしがわずかに揺れる。
けれど、驚きや疑念ではなく、ただ続きを待つまなざしだった。
そして私はセレナに話した。
シュヴァとの偽りの関係と、その必要性。
なぜその氷獄の支配者の力を制御しないといけないのか。
そして、クラウス様がなぜ私なんかを婚約を申し込んできたのかを。
セレナからしたら驚くことが多かったと思う。
なんでも相談している風で接していたのに、大きな嘘を吐いていたのだから。
話しを聞きを終えた後、セレナは――安堵の息を吐いた。
「よかったー。じゃあヴィオラちゃんと変な奴は恋人じゃないんだ」
「えっ?」
そこ?力の制御とか、クラウス様が婚約を申し込んできた理由とか。
そっちのことは?
「本当にビックリしたんだから。小さい頃から一緒にいたヴィオラちゃんが、なんでこんな変な奴のこと好きになっちゃったの!って、しかもいきなりだからね!ビックリし過ぎて家に帰らせてもらおうか悩んだぐらいだよ」
「そ、そんなに衝撃だったのね」
「そうだよ。クラウス様が婚約を申し込んできた時より驚いたんだよ?」
「それはさすがに、じゃないかしら」
「いやいや本当に。だって変な奴だよ?変な奴なんだから。ヴィオラちゃんが好きになるなんて有り得ないって!」
確かにシュヴァは変な人だけど、悪い人じゃないし、良いところもいっぱいある。
私も彼と接してみるまでわからなかったからしょうがないけど。
けど、王子が婚約を申し込んでくるなんて普通だったら有り得ないこと。
氷獄の支配者の力がなければ、私なんて見向きもされなかったと思う。
絶対に私がシュヴァと付き合うより、クラウス様に婚約を申し込まれる方がおかしいと思うけど。
「それに、なんとなく察してはいたから。ヴィオラちゃんがクラウス様になにか思うところがあるんだろうなって」
「そ、そうなの?そんな素振り見せたかしら」
「そうじゃなかったらわざわざ恋人なんて作らないでしょ?許嫁にまでなってるのに」
それは、そう。
本当に好きな人が出来てしまったからお付き合いします!
なんてクラウス様に失礼だし、どう考えても私がクラウス様を遠ざけようとしているのはわかること。
ましては私の一番近くにいてくれるセレナが気付かないはずがない。
きっとまた、気付いているのに、気付かない振りをしていた。
私がこうして喋るのを、何も言わずに待っててくれていたんだ。
「ごめんね、セレナ。今まで騙してて」
「全然。ヴィオラちゃんが大変な立場にいるってこと、わたしは知ってるから」
こうやって、いつも優しい笑顔で許してくれる。
だから、彼女がいたから、私は今まで頑張ってこれた。
「それにしても変な奴!付き合ってもないのにヴィオラちゃんを厭らしい目で見てるって!それが許せないよ!」
「えっ。あっ、待って。セレナ、それは」
「訓練はいつからやるの!?まずはあいつにわからせてあげないと!わたしが先輩だってことを!」
張り切るセレナ。
「そういえばヴィオラちゃんと変な奴、キスしたんだよね!演技とは言え辛かったよね!いますぐお風呂に入ってあらってこようよ!」
シュヴァの誤解を解くのには、暫く時間がかかりそうだった。




