24 氷獄の支配者≪ルーラー・オブ・ジ・アイス・プリズン・クイーン・リージェント≫
ヴィオラの不思議な力。
魔力の性質が普通のものではない氷魔法。
彼女の言う通り、あれが本当に氷獄の支配者のものだとしたら?
氷獄の支配者の意志がヴィオラにの奥底に封印されているとしたら?
もし封印が解けてしまったとしたら?
伝承で読んだこととヴィオラが言っていることは一致している。
なにより森で見た黄色い瞳。
今まで見たことがない深みを感じた。
まるで何を考えているかわからない未知の領域。
そして、俺を値踏みするようにジッと見つめていた。
「伝承に出てくる氷獄の支配者の力が本当にヴィオラにあるとしたら。俺は」
時計を見る。昨日のことを考えていたせいで少し遅れてしまった。
制服に袖を通し、俺は朝練に向かうべく、部屋を出た。
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日が出始めた早朝の学園は静かだ。
やはり行動するなら朝か夜に限る。
誰にも出会わないから。
鳥のさえずりを聴きながら闘技場へ向かう途中、人の気配を感じた。
もはや当たり前のようにストーキングしてきているセレナのものとは別。
角を曲がった先。闘技場の入り口で蒼銀の髪が揺れた。
「おはよう、シュヴァ」
ぎこちなく、それでも微笑もうとするのはヴィオラ。
「こんなところでなにしてるんだ?」
まさか朝活の邪魔をするとでも?
だとしたら許さん。
朝活第一主義者の俺にそんなことをしていいわけがない。
その日の命運は朝活にかかっている。これ常識。
― 朝活 is GOD ―
「昨日のこと、ちゃんと謝っておこうと思って」
彼女は一瞬目を逸らした。
頬に薄く赤みが差して、長い睫毛が震える。
「いきなり戦いとか、お願いしちゃって。あと、暖めてくれたお礼もしたくて……」
声が尻すぼみになる。だが、その瞳は俺をまっすぐに見ていた。
そんな照れ照れな態度を取られると、俺まで恥ずかしくなってくる。
冷えきったヴィオラの身体が胸にすり寄ってきたあの感触。
冷えていたが、しかし感じたことがない柔らかみ、甘い香り。
「昨日はありがとう。本当に、嬉しかったから……」
「お、おう」
くっ、昨日の事を思い出してそんな返事しか出来ない自分が憎い!
いかんいかん!変な空気に飲まれるな!
俺は朝活をしなければいけないんだ!
こんなのを朝活にしてしまったら、今日と言う日が照れ照れデレデレラブラブハッピーみたいな感じになってしまう!
そもそも俺とヴィオラは偽装恋人。こんな雰囲気を醸し出す必要はない!
俺は孤高の存在。闇に生きる存在。
思い出せ、己の業を……。
「それよりも。ひとつ、確認させてくれ」
咳ばらいを挟んで、真剣な空気へ強引に持っていく。
「ヴィオラ。いや、冷徹の女帝よ。本当にお前には氷獄の支配者。氷獄の支配者の力が封印されているんだな?」
「氷獄の支配者。そう言う呼び方になったのね?」
「呼び名は俺が決めることじゃない。観測者が延々の討論会で発行する事象。言わば世界の理に導かれて日の目を浴びるというものだ」
「わかった。今後は氷獄の支配者という呼び名でいきましょう。それが導かれし答えなら、反対する権利など誰も持ち合わせていないのだから……」
いや物分かりいいな。まあさすがにこの言動にも慣れて来たか。
っていうかもうヴィオラにはこの喋り方する必要ない気がする。
わかりにくい上に言葉が長くなるだけだし。
「これで過去を記す書物も成長したということね。終末機関に気付かれなければいいのだけど。世界の終焉の兆しになりかねないわ」
むしろヴィオラの方がこの喋りかた俺よりうまくて困惑するわ。
貴族がどういう教育うければこう育つんだよ。逞しすぎるだろ。
「氷獄の支配者の件に関しては本当のことよ。私は呪われた血統、氷獄の支配者の血を受け継ぎし者。断片的にだけど、夢で彼女の記憶の回想を見ることがあるの。それが伝承に一致しているから間違いないと思う」
「記憶の回想を見たことがあるだと?」
「ええ。幼い頃から、ぼんやりとだけど彼女の記憶の回想を見ていたわ。そのあと『王の起源―氷獄の支配者からの解放―』を見たとき確信したの。私の中に氷獄の支配者の真名が封印されているとに」
ヴィオラにとって伝承は、夢で見ていた物語りだったってわけだ。
それも氷獄の支配者の真名視点で見ている。
ん?氷獄の支配者の真名?
呼び方って氷獄の支配者じゃなかったっけ?
えっ?継ぎ足した?俺が考案した呼び名からクイーン・リージェントって継ぎ足してきてない?
なんなのこの子。この喋り方で俺を超えようとしてきてるじゃん。
超えようとしないと継ぎ足さないでしょ、向上心高すぎるわ。
ってかなにを目指してるんだよ。
「伝承とは違う部分はないのか?氷獄の支配者の記憶を見て」
「氷獄の支配者の真名よ」
「……氷獄の支配者の真名の記憶を見てどう?」
なんで俺が訂正されてるの?おかしくない?
なんかちょっと悲しい気持ちになるんだけど?
ヴィオラこの喋りかた好き過ぎない?俺もうよくわからないよ。
だか、この言語では俺が先輩。
命名権ぐらい譲ってやろう。
「残念ながら伝承以上の情報はないわ。申し訳ないけど」
「なるほどな」
複雑な気持ちだけど、情報は整理できた。
あくまで可能性の話しだが、ヴィオラに氷獄の支配者が封印されている。
そして、その力を制御しきれていない。
短くまとめるとそんな感じか。
「自分のモノではない力に振り回されるのは不安だからな。誰かに頼りたくなる気持ちはわかる」
「えっ?」
「なんでもない」
口から言葉が出てしまったようだ。
ヴィオラは首を傾げているので、聞こえていなかったようだ。
それならよしとしよう。
「ヴィオラさえよければ俺はその力。氷獄の支配者の力を」
「氷獄の支配者の真名よ」
「その呼び方は無駄に長いから普段使いはしないことにする」
「そ、そうなのね……」
なんで肩を落として寂しそうにする。
どう考えても不便だろ、いちいちそう呼ぶのは。
それを俺が言う?って感じだけど。
「それで、だ。氷獄の支配者の力を制御する訓練に俺も付き合わせて欲しいと思ってるんだが」
「えっ?」
ヴィオラは淡い水色の瞳を大きく見開く。
「いいの?」
「その力は俺としても気になる。あの冷気は普通の魔法じゃないからな、知っておいて損はない。なにか役に立つかも知れない」
見たことも聞いたこともない種類の魔法を身近で感じられる。
貴重な体験になるし、俺の成長にも繋がるかも知れない。
この学園では得られない、なにかを得られるチャンスだ。
「そう、よね。役に立てばいいけど……」
どこか寂しそうに呟くヴィオラ。
そこにどんな感情が含まれているかはわからないが。
「それに。ヴィオラが魔力を制御出来なくて氷獄の支配者が復活なんてしたら大変だろうしな。一時代を支配していた大物。ただじゃ済まない」
氷獄の支配者が世界を凍てつかせていたのはどれぐらいの期間だったか?
もはや覚えてないが、かなり強力な魔力を秘めているのは間違いない。
復活すれば、また氷の時代が来る可能性すらある。
「そうなった時、止めるのは俺の役目だ。なぜなら俺は狂人の運命。封印機構殲滅戦の進行を妨げられるのは俺ぐらいだろうからな。最悪、ヴィオラを殺すことになるかも知れんが」
「っ……」
ヴィオラは、苦しそうに目を逸らす。
制御出来なかった時は殺す。そう宣告したんだから当然か。
だが、氷獄の支配者が伝承通りの存在なら殺さなければ止まらない。
それが世界を凍てつかせていた支配者だ。
「けど、できればそれはしたくない。俺達は偽装とはいえ恋人になった。そういう関係になった奴を、俺は殺したくはない」
そう、知ってる奴は殺したくはない。だから俺はずっとひとりでいたのに。
ヴィオラが余計なことをして、こんなことになってしまった。
ここまで距離が近づいてしまったのなら、もう一層のこと、思い切り近付いてしまった方が楽だ。
「俺に殺されたくなかったら精々強くなることだな、ヴィオラ」
ここで言葉は濁さない。覚悟がなければこの先に進めない。
優しい言葉はいらない。
「強くなって、ちゃんと制御出来るようになって、普通に暮らせるようになれ。そうすれば近付くんじゃないか?自由を渇望する者に」
ヴィオラの瞳が揺れる。
「やれるのかって言ってんだ」
「やれない、わけないじゃない」
いつもの調子で強がるその声は、かすかに震えていた。
口元はきゅっと結ばれ、目尻には涙が滲んでいる。
「こんなところで泣いてたらキリがないぞ。俺はスパルタだからな」
「な、泣いてなんか……。泣いてなんかないわよ!今までだって上手くやって来たんだから!あとちょっとで上手く行く予定なんだから!」
勢いのある言葉だが、声の端に震えが混じってる。
それが強がりだと言うことはわかりきっている。
ヴィオラだって、それが嘘で、見破られることなんて気付いているはずだ。
だから俺に鍛えて欲しいとお願いしてきた。
「そのちょっとが上手くいかないだけ!だから……」
語尾が弱くなっていく。
大きなしずくが瞳からひとつぶ流れ落ちる。
「だから。シュヴァに協力して欲しいの。私も、この力で誰かを傷つけたくないから」
そう。そうだ。そうなんだよ。
ヴィオラ。お前の気持ちは痛いほどわかるよ。
だから俺がやれることは、やれるだけやってやる。
「でも、だから。本当の事を伝えさせて」
ヴィオラが深呼吸をして、こちらを見据えた
その視線には覚悟が灯っている。
「なんでクラウス様が私に婚約を申し出て来たのかを」




