21 内臓≪コア≫
訓練の終わりを告げる合図が森に響き渡る。
それぞれ顔を見合わせ。
「帰るか。オレが先頭を行くからな」
露出狂が先頭を行き、薄暗い森の中、集合場所へと歩き出す。
だいぶ魔物を片付けた。これで暫くは周囲の村や街に現れることはないだろう。
みんな怪我もなく無事終了といったところだ。
ヴィオラも最初こそ俺がフォローしたが、その後はいつもの動きを取り戻し、アドバイスをするところが特になかった。
それでもなにか欲しいと目で訴えられたので、それとなく伝えたけど。
「無事に終わってよかったね」
「へっ。オレ達にかかればこんなもんよ。早く騎士になりてえぜ」
先頭を行くふたりが暢気に会話している。
完全に油断しているようだが、それもしょうがない。
露出狂もハゲも意外と強く、なんなら女子ふたりの動きもよかった。
嫌がらせをされたので『怪我しろ』ぐらいの気持ちだったが、危なげなく魔物を倒していた。
どうやら強さと内面の良さは比例しないらしい。
「確か集合場所はこの辺だったよな?」
露出狂がこちらを振り返る。
その瞬間だった。
バキィン!と前方の茂みが大きく揺れ、巨大な影が飛び出した。
狼のような獣性を備えながら二足で跳躍している。
黒く染まった体毛、裂けたような口。
背丈と肩幅は人間の倍はあり、目は赤く、理性のかけらもない。
「ワッツ、危ない!」
露出狂が前を見る。その頭部に魔物は勢いそのまま強靭な爪を振り下ろす。
「加速魔法」
身体に加速魔法を掛けて、俺は一気に地を蹴った。
――ガガァァァン!と巨獣の爪と剣がぶつかり合い、火花が散る。
身体は俺の倍ほどあるが、押し潰されるほのど力は感じない。
「身体強化」
瞬時に身体強化魔法を掛け、身体を逸らしながら剣の角度を変えて魔物の腕を受け流す。
地面を殴る魔物。がら空きになった腹部に向けて魔法を唱える。
「稲妻の波」
眩い稲妻は魔物に直撃し――毛皮を滑るように四方に散った。
「ダークウルフよ!魔法は通じないわ!」
巨大な腕が振り下ろされ、それを正面から受け止める。
身体強化をしているとは言え、力比べとなれば部が悪い。
「ハゲ!さっさとこいつを後ろに持ってげ!」
「お、おう」
後ろで倒れ込んでいた露出狂を、ハゲがすかさず引きずって後退する。
「魔法が効かないんじゃ援護もできないよ!」
「そんなのはいらない」
剣で受け止めていた強靭な爪。
呼吸を整えて、一気に剣を横に振り抜く。
音もなく爪を切り裂き、ダークウルフがバランスを崩した。
ダークウルフはホワイトウルフの特殊変異種。
特殊変異種は内臓を持ち、それを破壊するまで再生を繰り返す。
つまり、やるなら一撃が最適。
狙うは変異を促した、謎の魔力を生み出す内臓。
瞳を閉じて呼吸を止める。
周囲の魔力を感じ取り――強く鼓動したのは頭部。
膝を曲げて脚部に力を込める。
そのまま腰を回転させて剣を振り切る。
「死の旋風」
剣圧が風になりダークウルフの頭部を襲い――音もなく真っ二つになり吹き飛んだ。
そこから見えるのは不気味に輝く内臓とは思えない内臓。
内臓が――パリィン!と音を立てて弾け飛ぶ。
「見えたかよ?閻魔の背中が」
そのままダークウルフは息絶え、地に崩れ落ちた。
横たわる巨大な身体が黒い粒子を生み出し消滅していく。
普通の魔物とは違う死に方は、不気味であり、神秘的でもある。
「正義執行。神の選択は俺を祝福したってわけだな」
キリッ!と決めて剣を払って鞘に収る。
さあ、いつも通り変な奴だといじってくれと振り返る。
が、なんのリアクションもない。
そこにいたのは俺を呆然と見つめている生徒達。
な、なに?いつも通り変な奴扱いしてくないと気まずいんだが。
せめて黙ってないでなにか言ってくれ。
「ふっ。狂人の運命も辛いものだぜ。まさかこれも終末機関が仕組んだ陰謀か?おもしろい、ならば聞かせな。お前たちの業を」
ここでもう一発、追撃の言語を決める。
ここまでかませばいつもの囁きが聞こえる――と思ったが、やはり反応がない。
あれ?これってまさかみんなで俺を黙って見るって嫌がらせ?
やるじゃんクラウス。今までで一番精神的にキツイかも、これ。
……頼む!誰でもいいからなんか言ってくれ!
っていうかヴィオラはなにをやってる!
こういう時のための偽装恋人じゃなかったんか!
早く俺と助けろ!
「ヴィオラはどこに行った?」
彼女であれば反応しないはずがない。
呆れた顔をして肘で突いてきたり、頭を小突いてきたり。
しかし、その姿は見えなかった
「そういえば変な奴がダークウルフと戦ってる途中、遠くの方で悲鳴が聞こえて。もしかしたらそのとき走って行ったのって」
「どの方向だ?」
「たぶんだけどあっちの方だったかも」
「っち。加速魔法」
喋っている途中、指をさされたその方向へ走り出す。
「一匹じゃなかったってわけだ。偶然であればいいが」
脳裏に過るのは偽りの笑み。
油断していた。
ヒルデが釘を刺したと言っていたから。
しかしここは郊外だ。ヒルデの庭である学園じゃない。
であればこうなることは予想できた。
だがなぜ俺だけを狙わない?いくらでも方法はあったはず。
他の生徒を巻き込むメリットがなにかあるのか?
或いはなにか他の目的がある?
それともこれは、クラウスの仕業ではないのか?
低く唸る魔物の咆哮と人々の騒めき。
木々をかき分けた先にいたのは、双剣を手に魔物と対峙する少女。
セレナがダークウルフとひとりで戦っている。
その後ろには怪我をしている生徒達。
引きつけながら戦っているのか、防戦一方だ。
小さい身体を駆使しし、巨躯な身体の周りを素早く動き錯乱している。
隙を見て攻撃をしているようだが、威力が足りていない。
傷をつけた程度では内臓から生み出される魔力で回復される。
内臓を見つけられていないのか。
厚い筋肉を超えて一撃を与えることが出来ないのか。
「……ッ!」
魔物が抉った土がセレナの視界を覆い隠した。
動きを止める小さい身体に、容赦なく強靭な腕が振り上げられる。
「下がれセレナ!」
振り下ろされた腕がセレナを襲う前に、斬り捨てる。
肉を切り裂く確かな感触に、血が飛び散る音。
「グオオオォォォォォ!」
切り口から黒い繊維が飛び出し、宙に舞う腕と接合する。
繊維が縮むと腕がくっ付き、傷口が見る見る塞がっていく。
これが特殊変異種がもつ再生能力。
だからこそ内臓を潰す必要がある。
剣でこの技を使うとは思っていなかったが、一瞬で片付けるならやるしかない。
剣を鞘に納めて腰を下ろす。
こちらを見下ろす獣を睨み返す。
「居合。刹那の千裂」
剣を幾度も振り切り、最後に鞘に納める。
チン!と音が鳴るとダークウルフの体中から鮮血が噴き出した。
「グッォォ……。グオォォォォォ!」
時間差でパリィンと内臓が弾ける音がすると、巨躯が膝を付き淡い粒子と共に姿を消していく。
「へ、変な奴がどうしてここに」
「話してる暇はない。俺はヴィオラのところに行く」
辺りを見渡す――北の方角。そこに普通ではない魔力を感じた。
「よく時間を稼いだ。後は任せろ。他の生徒を連れて教官の所まで戻っとけ」
そう言い残して魔力を感じる方へと走り出す。
「ダークウルフを一瞬で……。本当に、何者なんですか?あなたは」
背中から聞こえて来た問いに答えている暇はない。
再び木々を突き進むと、あたりの温度が下がっていることを感じる。
やがて視界が開け、地面が白く変色している場所へたどり着く。
「マジかよあいつ……」
ダークウルフが、一体、いや、二体。氷の塊と化している。
全身が霜に覆われ、生命の気配は一切感じられない。
辺りの木々も霧のような冷気に包まれ、枝が凍てついている。
広大な森の中。この空間だけが銀世界になっていた。
人の気配。
「ヴィオラか?」
雪のような白銀の髪を揺らし、白く染まった世界に立ち尽くしている。
いつものように凛とした背筋と整った顔立ち。
それはヴィオラそのものだが。
「……誰だお前は」
瞳の色が彼女のものではない。
淡い水色のはずの瞳が、光のように黄色く輝き、どこか遠くを見つめている。
反応はない。警戒しつつも、慎重に一歩近づく。
立ち尽くす少女がゆっくりと振り返り、黄色い瞳と眼があう。
澄んでいるのに濁っている。静かなのに狂っている。
一目見ただけで俺の中に眠る魔力がざわついた。
言葉では言い表せない、何かがそこに宿っている。
値踏みするような瞳。
不愉快。
「品定めかよ?腹が立つな、それは」
と、その時。
「……シュヴァ?」
ふと、瞳の色がスッと淡い水色に戻る。
疲れ果てたように微笑むヴィオラ。
そこに、先ほどまでの威圧感はない。
「少し、やり過ぎちゃったかも」
倒れていく身体を素早く駆け寄り受け止める。
氷のように冷たい肌に小さく震える肩。
意識を失ってもなお、ヴィオラの身体からは冷気が流れ出ている。
「火ノ息吹・広域」
炎の魔法を唱える。
俺を中心に熱気が溢れ、それは白く染まった世界を溶かして緑に戻していく。
辺りがいつもの森に戻ったところで、ヴィオラの額に手を当てる。
「火ノ息吹・抱擁」
冷えた身体を暖めていく。
抵抗するように流れ出ようとする冷気を抑え込むように、熱気を彼女に流し込み続ける。
暫くすると、冷気が弱まり始めた。
それに合わせて魔力を弱める。
「こんなもんか」
華奢な身体を抱き上げて、声が聞こえる方を向く。
この状態で戻ったら生徒達に騒がれそうな気もするが。
かと言ってヴィオラを置いていくわけにはいかない。
都合よくセレナが来てくれると助かるんだけど、教官の所に戻れと言ってしまった。
「どうしたもんか」
ため息を吐いて、静かな呼吸を繰り返すヴィオラを見る。
「黄色い瞳、か」
頭に浮かぶのは図書館で読んだ伝承。氷獄の支配者。
それに、先ほどの魔力。
ヴィオラが意識を失ってなお溢れ出ていた魔力。
あれは普通の魔力ではない。
冷気そのものを出していたような、どこか特異な質をしていた。
「どうしたもんか」
そう呟いて、俺はヴィオラを抱きかかえたまま集合場所へ進んだ。




