20 帰らぬ人≪ノーリターン・エグザイル≫
王都から少し離れた郊外の広大な森林地帯。
「全員整列!」
引率している教官の声が響き、学園用の鎧に身を包んだ生徒達が並ぶ。
今から始まるのは外部訓練。
森に入って魔物を討伐する、チーム行動と戦闘技術を磨く実戦訓練だ。
「今回の外部訓練は6人1組の小隊制。実戦行動は2人1組でローテーションを組み、交代で戦闘にあたる」
説明する教官の隣では治癒魔法を得意とする指導員と数名の騎士が控えている。
魔物を討伐するとは言え、生徒の訓練である以上、強い魔物は出てこない。
魔物は多くいるが害獣と強さはそこまで変わらない程度だ。
実戦訓練であり報酬がない仕事。
実際のところボランティアのようなものだ。
「魔物は弱いが油断は禁物。仲間との連携を意識しろ。それと、奥に進みすぎるなよ。お前らじゃ手に負えない奴等が出てくるからな。そうなったら命の保証はないぞ」
それは本当のことであり、なにかあったときの言い訳でもある。
仮に生徒が死んだとしても、奥に入り過ぎたと言い逃れするため。
そもそも騎士養成学園の生徒になった以上、訓練で死んでも文句は言えないが。
「うぅー。緊張するよー」
「怪我がないようにしようね」
生徒たちの中には緊張しているもの。
「よっしゃ!やってやるぜ!」
「今日は何匹の魔物に出会えるかな。ぐふふっ」
興奮気味な者も混ざっている。
俺は、どちらもでもない。
いつも通り目の前に出て来た魔物を殺すだけ。
散歩のつもりで行うとしよう。
「呼ばれた生徒は前へ。シュヴァルツ・クリーガー、ヴィオラ・グレイシャ」
「おいおい、いきなり俺をお呼びかよ?」
「はい」
ヴィオラと並んで前に出る。
偽装恋人になった途端にこれとは、教師が気を使っているのか、なにかあるのか。
他に呼ばれたのは、俺に嫌がらせをしてきた露出狂とハゲ。それと女子2人。
「げっ。変な奴とかよ。ついてねえな」
「そう?変な奴だけど、強さは間違いないからこういう訓練だと心強くない?」
「それは、まあ。そうかも知れねえけどよ」
好まれてはいないが、頼りにされているらしい。
ま、まあ。女の子にそんなこと言われたら、悪い気はしないけど?
にしても森の空気は美味しいな。
気分がいいから何かあったら助けてあげちゃおうかな?
頼られて気分がいいとかじゃなくて、空気が美味いから助けちゃおうかな?
「シュヴァ。なにか変なこと考えてない?」
表情に出ていたのか、袖を引っ張られてそう問われる。
「ふっ。なにを言うかと思えば。俺が変な事を考えてないことがあると思うか?」
「自分で言うのね、それ」
「己を客観的に見ることが出来なければ死ぬぜ?」
「私語は慎め!初手の組は東へ進め。少し待ってから次は北。そして次は西だ。いいな?」
「「「「「はい!」」」」」
生徒たちの返事が森に響く。
「さて、進軍するか。油断をするな?終末機関が仕掛けてくる可能性がある。俺の第六感がそう訴えてきているぜ。蝕の聖戦が行われる予兆かもな」
「ちょっと。恥ずかしいから止めてよ」
隣を歩くヴィオラに肘で突かれる。
「や、やめろ。容易く闇に生きる存在に触れるな。観測者の逆鱗に触れるぞ」
「だから止めなさいって。訓練の時ぐらい真面目にやって」
ぐっ、先頭を行くからにはと、わざわざ決めたのに。
「おいおいなんかイチャついてるぞ」
「本当に付き合ってるのかよあのふたり。未だに信じられん」
「ヴィオラ様。貴族なのに優しいよね」
「強いし綺麗だし。不思議な人だよね」
なんか色々言われる。
クソ、俺の威厳が……。
そんなこんなをしながら森の中を進む。
生い茂る木々と多くの草むら。そして、微かに感じる魔物の気配。
「やるか」
「待って」
魔物の位置を特定したところで剣を抜こうとしたが、ヴィオラに止められる。
なんだよ。魔物を瞬殺して後ろの奴に威厳を見せつけなきゃならんのだ。
彼女に対して立場が弱いキャラになってたまるか。
俺はこう見えて亭主関白なんだ。
「あなたと一緒に戦っても訓練にはならない」
「あー……。まあ、それはそうか」
「だから、私ひとりに任せてくれない?」
淡々とした口調だが、鋭く澄んだ水色の瞳。
既に心の中では自分でやると決まっているような意志を感じる。
まあ、ヴィオラがそういうならいいか。
前方に感じる気配は3匹のホワイト・ウルフ。
そこまで危険ではないし、なにかあればフォローしてやればいい。
「ひとりでやれるか?冷徹の女帝」
「もちろんよ。あなたはそこで見ていて」
「なにかあったらすぐにフォローする。落ち着いてやれ」
こうすれば俺の指示でヴィオラが戦いを挑むように見えるから、威厳も戻るだろう。
「なんで変な奴が偉そうにしてるの?」
「男なのにヴィオラ様を前に出して自分は後方腕組みなんだ。サイテー」
なんか著しく評判が落ちている気がする。
だが、これはヴィオラが望んだこと。
しょうがない。だってあいつが言ったから……。
なんて心の中で言い訳をしていると、草むらの奥から3匹のホワイトウルフが現れる。
四足歩行に獰猛な牙。魔力は少ないが顎の力は木を砕くほど。
3匹いるのは厄介だが、冷静に立ち回れば苦戦はしないだろう。
「ホワイトウルフ3匹?これをひとりでやらせるのかよ」
「あいつやっぱりヤバいやつだな」
どうやら俺との評価が違うらしい。
だが、ヴィオラであればなんとかなるはず。
彼女の実力も確かなものだ。
警戒して威嚇しているホワイトウルフに対し、ヴィオラは自分の剣に冷気を纏わせる。
すぐさま地を凍らせて魔物の隊列を崩させると。
「氷の槍!」
鋭い氷の槍が放たれる。素早く槍を躱す魔物。
そこに、ヴィオラは先回りしていた。
魔物を躊躇なく斬りつける。
呻き声を上げながら倒れる魔物。仲間が殺されもう1匹がすかさず襲い掛かる。
ヴィオラは身を翻して噛みつきを躱すと、すぐさま剣を喉元に突き立てた。
最後の1体。跳躍する魔物がヴィオラの死角から飛びかかる。
彼女も気づいていたが、剣を引き抜くのに一瞬の隙がうまれる。
「稲妻の波」
俺の手から放たれた稲妻がホワイトウルフに直撃する。
跳躍していた身体が勢いを失い、ヴィオラに触れることなく地に伏せた。
ピクピクと動いているのは筋肉が痙攣しているだけで、既に命はない。
「っ!シュヴァ」
ヴィオラが何か言いたげな顔でこちらを睨む。
「なにか言いたいことは?」
「……いえ。ありがとう。助けられたわ」
お礼を言うほどの余裕はあったか。
睨まれた時は『余計なことしないで!』なんて怒鳴られるかと思ったけど。
「力が入り過ぎているんじゃないか。本来の動きに見えないぞ」
「……じゃあどうすればよかったのかしら?」
ムッとした表情に、刺々しい口調。
プライドに触ったか。それでもここは素直に言わせてもらう。
「ホワイトウルフは魔法を使えない。ヴィオラが得意な中距離で戦えば問題なかった。チャンスがあっても接近戦する意味はない。違うか?」
冷静に立ち回れば問題なく倒せたはずだ。
氷の槍を避けた魔物の足元はヴィオラの作った氷の上だった。
氷の拘束魔法を使えばそれで終わり。わざわざ前に出る必要はなかったのだ。
ヴィオラは考えるように瞳を閉じた後。
「あなたの言う通りよ。急ぎ過ぎてたものかも知れない。次からは気を付けるわ」
そう言ってこちらに歩いてくる。
「ありがとう。シュヴァ、参考になるわ」
「お、おう……」
真っ直ぐな瞳でそう言われると、少し照れてしまう。
「それじゃ、次はお願いね」
ヴィオラが露出狂たちに声を掛ける。
先頭を行くふたりの背中を見ながら、隣のヴィオラをちらりと窺う。
すると、眼があった。
「……なんだよ」
「いえ。強いだけじゃなくて戦い方も知っているのね。出来れば次はアドバイスしてくれると助かるんだけど」
「そう言うならいいけど。参考になるかわからないぞ?」
「ひとりで考えるよりずっといいわ。思ったことがあったら何でも言って」
あまり人に何かを教えるのは得意じゃないが、もともと2人1組の訓練だ。
それぐらいしないと危険だろうし、精一杯アドバイスを考えるとしよう。




