2 第六感≪イクスサイト≫
昼休み。人気のない屋上の縁に立ちパンをかじる。
昼休みは校舎の屋上に限る。
なぜならここには滅多に人が来ないからだ。
「こうして身体を休めることが俺の務め。いつ封印機構殲滅戦が始まっても不思議ではない。それゆえに」
呟きながら空を見上げる。
「なんて」
雲一つない空。その澄み渡る青に、一瞬だけ自分の言葉が虚しくなる。
「シュヴァルツ・クリーガーさん、少しいいかしら?」
不意に聞こえてきたその声。
振り向くと、薄い蒼銀の髪を耳元で揃え、ショートボブに整えている少女──ヴィオラ・グレイシャが立っていた。
顔立ちは整っており微かに吊り上がった鋭い目つき。
薄く色づいた唇と新雪の様に白い肌。
緊張でわずかにこわばる肩の線まで、すべてが品位と威厳を放っている。
淡い水色の瞳の少女。訓練場で俺をずっと睨みつけていた奴だ。
こいつ……。なにをしにきた。
そんな俺の「ギロリ!」が癇に障ったのか?
なら素直に謝るから許してほしい。ほんとごめんって。
屋上にまで追いかけてこなくてもいいじゃん。
「なんの用だ?氷の姫君よ」
心の中では謝るが、表にそれを出すわけにはいかない。
彼女は貴族出身のヴィオラ・グレイシャ。
本来であれば騎士養成学園に来るはずがないお嬢様だ。
あまりにもしつこく睨まれたからそれだけは調べておいた。
まさか声を掛けてくるとは思わなかったが。
「氷の姫君?」
「っふ。隠そうとしても無駄だ。俺の真実の目からは逃れられない。真名がバレたということだよ、つまりそれが意味することは」
「あなたにお願いがあるの」
彼女の声で屋上に静寂が訪れる。
まだ俺が喋ってる途中だったのに、遮ることなくない?
まさこいつ、俺の話しを聞かない素振りを見るにパワータイプだな?
要件をゴリゴリ押し付けてこちらの言い訳を聞かないタイプ。
……嫌な予感がする。俺の第六感がそう告げている!
こういう奴は決まって厄介事を持ってくる!
なにかはわからん!だが、なにか嫌な予感がする!
「私と付き合ってくれないかしら?」
……ん?
「なんて?」
思わず零れた素の言葉。
真剣が眼つきが、意外な言葉のせいで見開かれる前に。
「誓約を結ぶ?なんのつもりだ、この俺、狂人の運命≪ルナティックス・フェイト≫を背負いし孤高の常闇・闇に生きる存在をバカにするとは。死を意味すると知れよ?」
冷静さを取り戻して言葉を返す。
突拍子もない告白のせいで思わず我を見失うところだった。
危ない危ない。
で?ん?なんだっけ?付き合ってくれ?
……はぁ?つ、付き合う?
い、いかん。冷静になって考えたら頭が痛くなってきた。
「バカになんてしてないわ。正確に言えば『付き合う振り』をして欲しいの。偽装恋人と言った方がわかりやすいかしら?」
こいつ、さっきからなにを言ってる?意味がわからん。
付き合う?付き合う振り?偽装恋人?
……有り得ない、この俺と振りとは言え付き合うだと?
そんな人間いてたまるか!
こんなおかしい言動してる奴と付き合う奴なんていてたまるかっていうんだ!
誰も騙されないだろ、そんなことしても!
「ふっ。これはこれは。始まりの物語は既に終わりを告げたと言うのに、とんだお嬢様だな。流石は氷結の嬢王と言ったところか」
心は熱く。外面はクールに対応する。
「氷の姫君じゃなかった?」
何か言われた気がするが、都合の悪いことは聞かなかったことにして。
「知らんのか?俺が|狂人の運命≪ルナティックス・フェイト≫を背負いし孤高の常闇・闇に生きる存在と恐れられていることを」
「初耳だけど。よく『変な奴』とは呼ばれてるわよ?」
し、浸透していない!闇に生きる存在が!
だが、それもしょうがない。俺がちょこちょこ小声で自称しているだけだからな。
次からはもうちょっと気付いてもらえるように努力するとしよう。
「恐れられてはいるみたいだけど」
ふぅ、よかった。そっちは浸透してた。
「変な奴だって」
余計なこと付け加えるな。
まあ恐れられてるなら別にいいか。
「けど、それを踏まえたうえで私も言っているのよ。私と付き合う振りをして欲しいって」
その瞳は本気。
感情が込められ、気持ち高まっているせいか魔力が少し漏れている。
冷気のような魔力が肌を撫で、彼女の本気さが伺える。
なんで俺なの?とも思うが、理由を聞かずに首を横に振る。
「断る。誓約。しかも偽りの誓約を結ぶだと?あまり舐めるなよ、この俺を」
彼女の冷気に対抗するように、魔力を溢れさせる。
それを感じ取ったのか、微かに表情を歪めるヴィオラ・グレイシャ。
「やっぱり、そう言うと思ったわ」
苦しそうにしながらも微笑を浮かべる。
けれどその瞳の奥にはなにか見透かしているような色がある。
「シュヴァルツ・クリーガー。あなたが何を考えているかはわからない。けれど」
淡い水色の瞳の中に意志が溢れる。
同時に強い冷気のような魔力が辺りを満たした。
「なんとしても私と付き合ってもらうわ。絶対に諦めないから」
その瞳を見て、俺は鼻を鳴らす。
「なかなかどうして。理解できない奴というのはそれだけで面白いのだろうな?しかし、神の選択は既に下されている。偽りの誓約が結ばれることが無いとは知れよ?」
問いかけに、彼女は返事を返さない。
「また来るわ。シュヴァルツ・クリーガー」
背を向ける彼女に、最後の問いかけをする。
「俺のこと好きなのか?」
「ふざけたこと言わないで」
そう言い残して彼女は去っていった。
「ふざけたこと言わないで、か」
その言葉が俺の胸に突き刺さる。
いや俺を好きなる要素なんてないよ?
普段から変な口調で喋ってるし。
今日もコミュニケーションなんてまともに取れてなかっただろうし。
「……でも、面を向って言われるのはちょっと悲しいかも知れない」
そんな俺の本音は、誰にも届かなかった。
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その日の午後。教室でも廊下でも、生徒たちがやけにざわついていた。
「ヴィオラ様が変な奴と話してたらしいぜ」
「あの変な奴と?まさか呪われたか?」
「滅多なこと言うな、貴族の娘だぞ。それに彼女は――」
俺は無言で歩く。
『変な奴』という呼び名が定着していて驚いてはいるが、無言で歩き続ける。
にしてもあのお嬢様、厄介なことをしてくれた。
変な奴と呼ばれるのはいい。
いやよくわないけど。
だが、それ以上に生徒達に声を掛けられるのは勘弁したい。
周りの噂している生徒たちが『本当にヴィオラ様と喋ったのか?』と聞きたそうにこちらをちらちらしているのがわかる。
「あまり騒がしいと……。滅ぼすかよ?世界の終焉が来る前に。この世をな」
牽制の意味を込めてそう呟き、俺は窓の外を見つめた。
すると、ヴィオラ・グレイシャが男と中庭を歩いているのが見えた。
若々しく整った顔立ち。伸びた背筋に高い背丈。
光輝く鎧には王都の紋章。となれば王都騎士団に所属している騎士か。
「随分と眼がいいな」
騎士の隣に立つヴィオラ・グレイシャと目が合う。
立ち止まる彼女を、男が背中を押してエスコートした。
そして、男がこちらを見上げた。涼し気な瞳に爽やかな笑顔で会釈をされる。
「偽りの笑みか。不快だな」
王都騎士団に所属している騎士が、騎士候補の俺に会釈するとは。
よほど出来た人間なのか、或いは誰かと見間違えているのか。
どちらにしても、顔に張り付けられたような笑みは、まともに受け取れるものではなかった。




