19 冷徹の女帝≪エンプレス・オブ・ザ・サイレント・グレイシャ≫
ヴィオラ視点
昼休み。中庭のベンチに座って私はセレナが作ってくれたお弁当を広げていた。
いつもはシュヴァと屋上で食べているけど。
今日、彼は朝からいなかった。
なにも連絡を受けてない!
私とシュヴァは偽装恋人。
わざわざ連絡をする関係じゃない。
彼の性格からしてわざわざ連絡してくるわけがない。
と思いつつも、言ってくれてもいいのに。思う気持ちもある。
それが、少し寂しい。
「いた!ヴィオラちゃんこんなところでこっそり食べてるなんてズルいよー!」
軽やかな声と共にシオリが私の隣に腰掛けた。
同じクラスの女子生徒で、貴族である私にもフランクに声を掛けてくれる友人。
「セレナちゃん特製のやつ?あ、これ美味しそう!」
「勝手にとらないで」
注意をするが、シオリは迷わず手でとり一品を口の中に放り込む。
「おいひ~!最近ヴィオラちゃん彼氏さんとずっと一緒にいるから寂しかったんだよ?」
シュヴァと偽装恋人になる前は、シオリや友人と昼を一緒に食べていた。
恋人が出来たから、という理由で断るようになり、シオリ達も納得してくれていたけど。
「そんな風に思ってくれていたの?」
友人にそう言われるのは素直に嬉しい。
「そうだよ!次はいつセレナちゃんのお弁当を食べられてるかって!私のお腹が寂しがってたんだから!!」
シオリのことだから、そんなことだろうと思っていたけど。
「それで、彼氏さん……。えっと、なんて言うんだけっけ?変な奴さん?だっけ?」
「変な奴っていうのは名前じゃなくて侮蔑のようなものよ」
「そうだったの!あまりにみんなが変な奴って呼んでるからてっきり名前がそうなのかと思ったよ!」
確かにシュヴァはクラスのみんなから変な奴と呼ばれている。
そう呼ばれるに相応しいほど変な言動を繰り返しているから、もはや侮蔑として捉えている人はいないかも知れない。
教員もたまに変な奴と呼んで、訂正していることがあるほど。
変な奴が本名なんて普通に考えればありえないけど。
それほど浸透しているというのはある意味凄いとは思う。
「じゃあ本当の名前はなんていうの?」
彼の本当の名前。
シュヴァルツ・クリーガーというのが恐らく名義。
シンキ・ミナトっていうのが本名……。だと思う。
闇に生きる存在っていうのが広めたい自称。
どう答えるべきなのか、非常に悩ましいところ。
「一応シュヴァルツ・クリーガーという名前よ」
「シュヴァルツ・クリーガー……。なるほど、そういえばシュヴァって呼んでるもんね!てっきりシュヴァシュヴァ動いてるからだと思ってたよ!」
「シュヴァシュヴァ動くってどういうことよ」
「それはもうシュヴァシュヴァだよ!」
シオリは「シュヴァ!シュヴァ!と言いながらパンチを繰り出す。
どういう意味かさっぱりだけど、きっと聞いてもわからない。
それがシオリだというのは、友達になって数日で気付いた。
「それで。ふたりでいる時はなんて呼んでるの?」
「どういうこと?」
「だってふたりは付き合ってるんでしょ?だったら影で呼び合ってる特別な呼び方があるもんでしょ!」
影で呼び合ってる特別な呼び名?
本当の恋人たちってそういうことをしているの?
……なにを目的に?
だってシュヴァはシュヴァだし。別に呼び方を変える必要なんて。
「まさかシュヴァって呼んでるの?」
「えっ?いや、その」
「本当に付き合ってるの~?」
疑われてる!?
呼び方が変わらないってだけで!?そんなに呼び方って大切だったの!?
正直シュヴァとしか呼んでないけど。
「も、もちろんふたりっきりの時は……。シュヴァルン」
「へっ?」
「しゅ、シュヴァルンって呼んでるのよ!恋人同士だもの、当然でしょ!」
シュヴァルンなんて呼んだこと1度もないけど、ここはしょうがない。
……恥ずかしい。顔が真っ赤になってるに違いない。それをど顔が熱い。
恥ずかしすぎてシオリの顔が見られない。もうどうにでもして。
「いい!いいじゃんシュヴァルン!すっごい可愛い!」
シオリは目を輝かせて私の顔を覗き込んできた。
「いいな~、シュヴァルン。うちも誰かと付き合いたいな~」
ほっ。どうやら誤魔化せたみたい。
それにしても、そんなにいい呼び方だった?それなら今度呼んでみようかな?
シュヴァルンって。
「ん?なんでそんなに顔赤くなってるの?」
「なんでもない。なんでもないわ」
心の中で呼んだだけで恥ずかしい!
やっぱり止めておこう、きっと彼も喜ばないだろうし……。
「いいなぁシュヴァルン。それで、ヴィオラちゃんはなんて呼ばれてるの?」
当然、そう来るわよね。
私はなんて呼ばれてる?
基本的にはヴィオラ。
あと冷徹の女帝。
人前だと恋人とも呼ばれている気がする。
「やっぱりシュヴァルツくんは言い回しが凄いから、ヴィオラ嬢とかプリンセスとかなのかな?」
「それは」
確かにシュヴァなら言いそう。
もしかしたらそう呼んでいたこともあったかも知れない。
でもそれは私が呼ばれたい呼称じゃない。
騎士養成学園に貴族が入学することが珍しいせいで、影で私がお嬢様と呼ばれていることは知っている。
だから、嬢とか姫とか。そういう言い回しを使われるのは、少し寂しい。
せっかくだったらもっと軽くて、可愛い感じで。
「ヴィオヴィオよ」
「ヴぃ、ヴィオヴィオ!」
さすがにこれはやり過ぎた?
「いいじゃんいいじゃん!ラヴラヴって感じがするじゃん!ヴィオヴィオ!」
よかった、シオリには受けがよかったみたい。
ここまで来るとなにがダメになるのか逆に気になるけど。
「いいなー。うちもヴィオラちゃんのこと、ヴィオヴィオって呼ぼっかなー」
「それは勘弁して。恥ずかしい……。じゃない。これは私とシュヴァの特別な呼び方だから」
「言うねぇ!ヴィオラちゃん言うねぇ~!ここまで見せつけられるとうちはもうなにも言えないよ~!ふたりきり限定の特別な呼び名!本当に羨ましい~!」
か、身体が熱い。
汗でシャツが身体にくっ付いて気持ち悪い。
偽装恋人を始めてからほとんどシュヴァといたから問い詰められることはなかったけど、こうして問い詰められると誤魔化すのが難しいし、なにより恥ずかしい。
なにやってるのよシュヴァ、あなたがいればこんなことにならなかったのに!
「今度はシュヴァルツくんと一緒にいる時にいろいろ聞かせてもらっちゃおうかな~」
「それは勘弁して!」
シュヴァがいない今でも恋人の振りをするのが恥ずかしいのに、この場に彼がいることなんて想像できない。
『じゃあ目を合わせてシュヴァルンって言ってみてよ!シュヴァルツくんはヴィオヴィオって言ってね!』
なんて言われた日には、私の命が持つ気がしない。
シュヴァが私を『ヴィオヴィオ』だなんて……。
「ダメ!絶対にダメ!」
「じょ、冗談だよ。そんな泣きそうにならなくてもいいのに」
あまりの恥ずかしさに涙が出て来た。いったん冷静にならないと。
深く息を吸い込んで、吐いて……。
「あははっ!」
急にシオリが笑う。
「私を泣かせてそんなに嬉しいの?」
「違うよ!ヴィオラちゃんが楽しそうに恋愛してて嬉しいなって思っただけ」
楽しそうに恋愛?あまりの恥ずかしさに涙を流しているのに?
「こんなこと言ったら殺されちゃうかも知れないけど。クラウス様といる時のヴィオラちゃん、少し無理してるように見えてたから」
それを言われてしまうと、なにも言い返せない。
クラウス様といて気が休まったことはない。
自分の立ち振る舞いを気を付けて、王子に失礼がないように気を付けて。
常に顔色を窺って、一挙手一投足に神経を張り巡らさないといけない。
それは、王子と貴族という立場の違い上しょうがないこと。
笑顔を浮かべるタイミングですら、自分の意志で判断しないといけないから。
「別に。殺されなんてしないわよ」
「ほんと?よかったー。まあ殺されてもいいけどね!」
相変わらず。この子の死生観はよくわからない。
「でもさ。最近シュヴァルツくんと一緒にいるでしょ?楽しそうにいちゃいちゃしてるから」
楽しそうにいちゃいちゃしてる?
付き合っていることが広まってから、恋人のように振る舞うことはなくなった。
ただの友達のように接しているだけで、そんなつもりはなかった。
「意識していちゃいちゃはしてないけど?」
「だとしたらかなり好き合ってるんじゃないの!自然とあれだけ見せつけられますかって!」
このっこのっ!と肘で突いてくるシオリ。
好き合ってる?私とシュヴァが?偽装恋人なのに?
一緒にいるようには意識している。
そうした方が恋人らしいし、周りからいろいろ聞かれずに済むから。
でも、接している時は自然体。
それなのに好き合っているように見えるということは……。
実際にそう想いながら接しているということ?
「い、いえ。それはない。それはないわ」
私がシュヴァの事が好き?
ないないない。それは絶対にない。
彼には一時的に協力してもらっているだけで、恋愛感情は一切ない……。はず。
それに彼も私の事をそんな風には思ってないはず。
だって彼は一方的に私に脅されて、偽装恋人に付き合っているだけだから。
「実戦訓練の時も、ヴィオラちゃんが熱くなってルイくんを攻撃しようとしてた時。真っ先に声を出してたのシュヴァルツくんだったしね」
「そうなの?」
「そうだよ。初めてシュヴァルツくんが大声聞いたもん。『ヴィオラ!』って。いや~、見せつけられちゃったね~ってみんなと言ってたからね」
「そう、だったの……」
あのとき止めてくれたのはセレナだったから、シュヴァが呼びかけてくれたことに気付かなかった。
周囲の目を気にせず、シュヴァが大声で私を止めようとしてくれていた。
その時の事を思うと、胸が少し熱くなった。
「ここだけの話し。うちはクラウス様よりシュヴァルツくんの方が似合ってると思うんだよね。シュヴァルツくんといるときのヴィオラ、本当に自然体だからさ」
「そう、かしら」
「外から見てるだけの友人が無責任に言ってるだけだから。あんまり真に受けないで欲しいけどね!」
言いながら、シオリは立ち上がる。
「それに、シュヴァルツくん。変な奴だけど、悪い人ではなさそうだからね」
「そう思う?」
「うん!もしかしたら……。もしかしたら、彼がヴィオラを助けてくれる本当の王子様なのかもね」
シオリは振り返り、ニコッといつもの元気な笑みを見せる。
「なんて、うちもヴィオラちゃんの熱々な恋愛にあてられてロマンチストになっちゃったかな?クラウス様には内緒だよ?こんなこと言ってたら本当に殺されちゃうから!」
「大丈夫。言わないわよ。あなたは私の大切な友達だもの」
そこで、昼休みの終わりを知らせる鐘が鳴った。
急いでお弁当をしまって立ち上がると、もうシオリの背中は小さくなっていた。
「早くしないと遅刻しちゃうよー!」
元気そうに呼びかけてくる、彼女に置いて行かれないように。
私は彼女を追いかけた。




